第25話 神殿へ
『元の世界に帰れるのか』。それが、目下の俺の悩みだ。
この世界に来る時、『女神様』から、こっちの世界でお金を稼ぎなさい、と言われたわけで。
その後、『帰り方はもう少しKPが溜まったら教えてあげましょう』とも言われた。
そしてそれから、音沙汰がない。
まさか忘れている……ってことはないよな?
わざとではないにせよ、忙しさに取り紛れて、ということだってあるし。
何しろあの『女神様』、結構人間くさかったし、うっかり忘れていてもおかしくない。
KPだってかなり溜まっているはずだ。なんといってもレベルアップしてるんだから。
そして、そもそもKPってなんだろうと考えてみる。
KP……カルマポイント。カルマって、確か『業』って意味だったよな。
で、『業』って……『行い』だったっけ? 倫社の時間に習ったような習わなかったような。
とにかくKPは、俺の『行い』あるいは『業績』で変化するわけだ。そこまではなんとなくわかった。
「これが200になった時、レベルアップしたもんな……因果応報じゃないけど、何かあるのかな」
「シュウさん、スキルの話ですか?」
おっと、口に出ていたようだ。ライカに聞かれてしまった。
「う、うん。KPが300になったら、またレベルアップするのかな、と思ってさ」
「そうですね、その可能性は高いでしょうね。なにしろシュウさんのスキルは『女神様』から直接いただいたものなんですから」
ライカによれば、生まれつきスキルを持っている人もいるし、神託を得て身に付ける人もいるという。
そして、神託を受けて身に付いたスキルは強力なものが多いのだそうだ。
だが、スキルを持たない者が神託で身に付けられる可能性はとても低いので、神殿に日参しても期待外れに終わる者がほとんどらしい。
「そういう意味では、シュウさんはとても運がいいですよね。『女神様』に直接お会いしてスキルをいただいたんですから」
運がいい……のか?
……向こうの世界では債鬼につきまとわれていたんだがなあ……。
あ、向こうで運が悪かった分、こっちで運がいい、ということはある……かも。
そうだ。
「ライカ、近いうちに神殿へ行ってみないか?」
「神殿ですか?」
「うん。この前雨漏りを直した部分がちゃんと機能しているかを確認しつつ、女神様に参拝するということでさ」
「確かに、仕事のアフターケアは大事ですからね。いいですよ。明日、行きましょう」
そういうことになった。
* * *
翌日の朝食後、特に急ぎの修理依頼が入っていないことを確認した俺とライカは、工房に施錠してから神殿へと向かった。
俺は、ライカが買ってくれた服に身を包んでいる。
ボーナス……という習慣はこっちの世界にはないが、ライカとしては俺の働きに感謝して、と言って服を3着買ってくれたのだ。
今日着ているのはその中の1着で、よそ行き用のものだ。
少し前には作業着だけでいいと強がったが、やっぱり少し寒かったので有り難い。……もっと正直に言えば嬉しい。女の子から贈り物を貰ったのは初めてだったし。
「シュウさん、似合いますよ」
「そうかい?」
照れてしまい、ぶっきらぼうな返事しかできなかった。これではいかん。
「……ライカが選んでくれた服だもんな。温かいよ。ありがとうな」
と、補足する。そうしたら、
「ふふ、どういたしまして」
ライカは笑ってくれた。うん、いい笑顔だ。
神殿までの道、麦畑は種まきが終わった頃で、まだ芽が出ておらず殺風景だ。
「春になれば、またここも一面の緑になるんだろうな」
「そうですね。……シュウさん、春、お好きなんですか?」
「うん。春はいいよな。日が長いし、暖かいし、桜が咲くし」
俺は、桜の花が大好きだ。こっちの世界には桜……あるのかなあ?
「そうですね。ずっと寒い冬を越えて、花が咲き出す春……私も好きです」
「そっか」
ライカも春が好きか。なんとなく嬉しいな。一緒に花見に行けたらいいんだが。
そう言うと、この世界に花見という習慣はないそうだが、春になると野山へ出てのんびり過ごす、ということは行われているらしい。要するにピクニックだな。
「ライカとピクニック……うん、それも楽しそうだな。……あ、酒は抜きでな? また酔っぱらわれたらかなわん」
「も、もう飲み過ぎませんから!」
「ほんとかなあ?」
「ほんとですよ!」
そんな他愛もない話をしていると、神殿が見えてきた。
参拝は後回しにして、まずは修理した箇所の確認だ。
「……下から見上げている限りじゃ剥がれてはいないか」
雨漏りがないかどうかは住んでいる人に聞かないとわからないか。
修理してから2度、雨が降っているから、不完全なら雨漏りしているだろうし。
「ローゼさんに聞かないとわからないな」
「それじゃあ、参拝しちゃいましょう」
「そうだな」
おそらくローゼさんは、神殿内のお賽銭箱の横に立っているだろうからな。
そこでライカと共に神殿に足を踏み入れた。今日は空いているな……。
「あそこにローゼがいます」
いつもの定位置にローゼさんがお賽銭箱の横に立っていた。
あ、『お賽銭箱』というのは、俺が勝手にそう呼んでいるだけで、実際は『浄財』と書かれた箱のことだ。
「ようこそ、ライカ、シュウさん」
「こんにちは。ええと、雨漏りは大丈夫ですか?」
お賽銭を入れながら、雨漏り状況の確認をする。
「ええ、大丈夫ですよ。わざわざご確認に?」
「そうです。万が一、雨漏りしていたらすぐに直さないといけませんからね」
「それはそれは、ありがとうございます。雨漏りはぴたっと止まりましたから、ご安心ください」
それを聞いて、ほっとした。
「それから参拝もしたいしね」
と、ライカが言い添えると、
「それはよいことですね」
と微笑んだローゼさんは、手にした麦の穂を俺たちの頭の上で振って、祝福の言葉を唱えてくれた。
「あなた方に女神様のご加護がありますように」
そして参拝だ。
人が途切れたところを見計らって、女神様の像の前に立ち、手を組んで一心に祈る。
(女神様、大分この世界にも慣れてきました。ありがとうございます。……つきましては、そろそろ元の世界に帰る方法を教えてください)
すると、頭の中に声が響いてきた。
(シュウ、頑張っているようですね。ですが、帰るにはまだKPが足りません)
……まだ足りないのか……。
(シュウには、こちらの世界にもう少し貢献してほしいと思っています)
……貢献、か。それがKPを増やすコツ、なのかな。
(シュウ、いつも見守っていますよ…………)
女神様の声が小さくなっていく。見守ってくれている……か。
ほんとかなあ……うっかり忘れていたりしないよなあ……?
(ほんとですよ!)
わ、びっくりした。
(こっちにもいろいろ事情があって忙しい時もあるんです! 決してうっかり忘れていたとかじゃないですからね?)
……聞かれてたのかな? 確かに見守ってくれているようだ……ごめんなさい。
(わかればいいのです。……それではね。シュウ、精進しなさい………………)
……今度こそ、女神様の声は聞こえなくなった。
しかし、貢献か。そしてまだKPが足りない、と。
「頑張りますか」
見捨てられたわけではないということがわかっただけでも、やる気の度合いが違う。
頑張って、この世界に貢献して、お金稼いで(これ大事)……帰ろう。
「シュウさん、女神様の神託……ありましたか?」
ライカに聞かれたので頷く。
「そうですか、よかったですね……」
「ライカは? 何か言われたのか?」
ライカは心なしか元気がないように見える。
「いえ、別に……何も。……あ、『頑張りなさい』って言われましたけど……」
そうか、女神様はライカにも声を掛けていったんだな。しかし、女神様も忙しいのか……。
女神様って、普段はどんな仕事をしているんだろう。まあ考えてもわかるわけないけどさ。
「じゃあ、帰ろうか」
「は、はい」
俺が歩き出すと、ライカは少し後れて付いてきた。
「それじゃあ、ローゼさん、また」
「はい、またお参りくださいねー」
ローゼさんに一言声を掛け、俺たちは神殿をあとにした。
そのまま、来た道を戻る……が、ライカはいつものように俺の隣に並んでこないで、後ろを歩いている。
どうしたんだろう? 気になるな。
「(……シュウさん……やっぱり帰りたいんですね……)」
後ろを歩いているライカが小声で何か呟いていた。
「(そうですよね……ご自分の生まれ育った世界の方がいいですものね……)」
小さな声なので聞き取れないが、なんとなく落ち込んでいるみたいだから心配だな。
女神様に何か不吉なことでも言われたのだろうか?
「なあライカ、何か気になること言われたのか?」
「え、ええ? ち、違いますけど」
「それならいいんだが……」
慌て方がいかにも気になるな。
「何か不都合があったとしても、俺が力を貸すから、大抵のことは乗り切れる。……と思う」
やっぱり、できることとできないことはあるから、最後の方が尻すぼみになってしまった。馬鹿正直な俺。
「ふふ、シュウさんらしいですね」
でも、そのおかげか、ライカが笑ってくれたからよしとしよう。
* * *
ずっとあとになって、ライカから聞いたのだが、この時女神様からは『シュウの帰還のために援助してあげなさい』と言われていたらしい。
そのため、少し落ち込んでいたのだった。
……ライカの気持ちがわかるだけに辛いな……。
* * *
そうそう、今の俺のKPは260になっていた。
300になったら、レベルアップしてまた何か別のことができるようになるのだろうか?
楽しみだ。




