第20話 湖での戦い
湖での釣りに味をしめた俺は、週に一度、釣りに行くようになった。
店はライカに見ていてもらい、俺1人で半日の釣りだ。
魔法道具である冷蔵庫があるので、氷は手に入る。そこで桐のような軽くて保温性のいい木でクーラーボックスを作り、中に氷を詰めていけば、4~5匹は持ち帰れる。
これにより、焼き魚がただで食卓に上るようになった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」
ライカに見送られ、湖を目指す。
これで4回目。大分足も丈夫になった気がする。
氷の入った木製クーラーボックスが少し重いが、1時間弱で湖に到着。
いつものポイントへ行く。そこには……。
「こんにちは」
「おお、シュウ君か」
シーガーさんが、糸の付いていない竿を構えて座っていた。4回来て4回とも出会っている。
ひょっとして毎日来ているのかな?
「失礼します」
一言断り、ルアーをいつものポイントへ向けてキャスティングする。
普通なら先客の釣り人がいる横でこんなことをしたらマナー違反もいいところだが、シーガーさんは釣りをしているわけではないのでOKなのだ。もちろん本人からも許可を得ている。
「しかし、そのルアーと言ったか。面白い仕掛けじゃの」
投げたルアーをリーリングしていると、珍しくシーガーさんから声が掛かった。
「ええ。俺の世界の釣り道具なんです」
シーガーさんには、2度目に会った時に『お主は異界人じゃな?』と見破られており、それ以降出自を隠すことはしていない。
『言いふらすことはせぬよ』と言ってくれていることもあって、シーガーさんとは比較的なんでも話せる関係になっていた。
出会った時の『太公望』の話も、俺の世界の故事だと話してある。
「なるほどのう。釣りが純粋に娯楽となっている世界だけのことはあるわい」
この世界での釣りは、もちろん娯楽の側面もあるが、獲物が主目的だ。あまりに小さい魚はリリースするが、基本的に釣った魚は確保することになる。
シーガーさんには、話の流れでバス釣りを代表とするスポーツフィッシングの話をした時に驚かれてしまい、俺が異界人であることを見抜かれる切っ掛けの1つとなった。
そんな会話をしていても魚は掛かる。
「お、釣れた釣れた」
30センチほどのニジマスだった。
「今日の晩のおかず、1匹ゲット」
この日は入れ食いで、俺は続けて3匹を釣り上げた。
「見事じゃな。シュウ君は名人のようだ」
「いえいえ、ここの魚がスレてないから釣りやすいんですよ」
そんな会話をしていたら4匹目が掛かった。1日4匹を上限にすることに決めているので、今日はこれで納竿(その日の釣りをやめること)だ。
「今日はやけに掛かりがよかったな……」
朝まずめ、夕まずめに比較して、日中は釣果が落ちるのが普通なのだ。
魚を木製クーラーボックスに入れ、挨拶をして帰ろうとシーガーさんを見ると、これまで見たこともないほど怖い顔をして湖を見つめていた。
「シーガーさ……」
だが、オーラというのか殺気というのか、なにか目に見えない空気のようなものがシーガーさんからあふれ出しているようで、俺は言葉を出せなくなってしまった。
「シュウ君、騒がないように」
「は、はい」
シーガーさんの雰囲気に、俺はただ頷くしかできなかった。
「……これは……誰かが余計なことをしたのかもしれん」
なんのことかわからないが、俺はただ言われるまま、静かにしているしかできない。
「……来おった」
シーガーの言葉に合わせるかのように、湖の表面にさざ波が立った。それはすぐ小波になり、大波になっていく。
「あ……あれは!?」
俺も、さすがに声をあげざるを得なかった。湖に顔を出した巨大な『モノ』。
生物なのか、それとも人造物なのかわからない。それくらい現実離れした外見をしている。
鎧のように見える金属光沢を放つ鱗に覆われた、全長10メートルはある蛇だ。
いや、水蛇か?
「アーマーサーペント。湖に棲息する凶暴な魔物じゃ。普段は水底にいて、滅多に上がってこないのじゃが」
「ええっ!」
なんでそんなものが今ここに。そう言おうとしたが、
「『エアドリル』!」
シーガーさんが何やら詠唱したかと思うと、釣り竿の先からドリルのように渦巻く風が飛び出したのでびっくりして言葉を忘れてしまった。
ていうか、あの竿、魔法の杖だったのか。
だがその魔法も、アーマーサーペントの鱗に弾かれてしまった。
「……やはり硬いのう。なら、これはどうじゃ? 『サンダーボルト』!」
「おお!」
またしても、思わず声をあげてしまった。
シーガーさんの竿(……杖かな?)から、まばゆく光る稲妻が発せられたのだ。
それは狙い過たずアーマーサーペントを直撃した。
だが、これもまた痛痒すら与えられてはいないようだった。
俺が見たところ、雷の威力の大半は湖に流れてしまっているようだ。そこで俺は我慢できず、シーガーさんに声を掛けてしまった。
「シーガーさん! 雷の大半は水に流れてます!」
「やはりそうか! ……シュウ君、下がるぞ」
俺が言ったことを理解したのか、シーガーさんは水辺でアーマーサーペントを迎え撃つのをやめ、後退した。俺も慌ててそれに倣う。
「シュウ君、巻き込んですまんかったのう。今なら逃げられるから逃げた方がええ」
静かにしろと言ったのは、あのアーマーサーペントは動くものに攻撃を加える性質があるからということだった。
だが今は、2度の攻撃魔法でシーガーさんにゲームでいうところの『タゲ』が向いているので逃げるチャンスだという。このタゲとはターゲットのことで、攻撃対象になったことを指す。
「いや、シーガーさんを見捨てて逃げられませんよ! 逃げるなら一緒に逃げましょう!」
魔物は確かに怖いが、さすがに1人で逃げるなんていう鬼畜なことはできない。
「シュウ君……」
シーガーさんが何か言いかけたその時、アーマーサーペントがその大きな口をぱかりと開けた。
「いかん! シュウ君、こちらへ!」
シーガーさんに怒鳴られ、俺は反射的にそちらへと跳躍した。
「『プロテクション』!!」
シーガーさんが何か防御系の魔法を使うのと、アーマーサーペントが水の塊を吐き出すのとは同時だった。
直径1メートルはある超高速の水の弾丸だったが、シーガーさんが張ったバリアみたいな魔法に阻まれて消滅した。
「今度はこちらじゃ。『サンダーボルト』!」
再び青い稲妻が飛ぶ。身をくねらせてそれを避けようとするアーマーサーペントだったが、稲妻の方がずっと早く、胴体に直撃した。
だが。
「大したダメージにはなっておらん、か……」
水の中にいた時よりはダメージが通っている感じは受けるのだが、分厚い鎧状の鱗に守られているようだ。『アーマー』サーペントの名は伊達ではないってことか。
「あの鱗が厄介じゃのう……『サンダーボルト』!」
シーガーさんは魔法を放ちながら顔を顰めた。
「鱗がなければ倒せるんですか?」
「うむ。本来なら投石機のような遠距離攻撃をして鱗を何枚か剥がし……『サンダーボルト』! ……そこへ攻撃を加えるのがセオリーなのじゃ」
なるほど、倒し方も研究されているわけだ。
しかし、運の悪いことに、ここにはそういう攻撃手段がないと来ている。
しかも、魔法で攻撃をしていないとこちらがやられてしまう。つまり、このままではジリ貧だ。
「まずいのう……『サンダーボルト』! ……シュウ君、君は逃げ損ねたようじゃぞ。奴は君にも狙いを付けたようじゃ」
まじか。ますますヤバくなってきたようだ。あの鱗をなんとかしないとまずいわけか……。
と、ここで俺はスキルのことを思い出した。時間はそれなりに掛かるが、大抵のものに穴を空けることができる。
「シーガーさん、あいつを20秒……いえ、15秒止めることってできませんか?」
「『サンダーボルト』! ……何? うーむ、そうじゃな……できなくもないが……何をする気じゃ? ……『サンダーボルト』!」
「俺のスキルで、鱗に穴を空けてやります。そうすれば雷が通るようになるかも」
「そんなことができるのか。じゃが、危険じゃぞ? ……『サンダーボルト』!」
「ですが、このままではまずいでしょう。シーガーさんがその魔法をやめたら、さっきの水の弾丸を撃ってくるでしょうし」
「それはそうじゃの。……『サンダーボルト』!」
今はシーガーさんが雷魔法を放っているので、アーマーサーペントも警戒しておいそれと口を開かないのでなんとか均衡がとれているが、それだって長続きするとは思えない。
「……わかった。気をつけるんじゃぞ? ……『フリーズ』!」
「おお」
アーマーサーペントとその周囲が一瞬で凍り付いた。
「長くは保たんぞ! 儂もあと何回魔法が使えるか……」
「はい!」
ということは、凍結魔法を再度掛けてもらえるほどの余裕はないと思わないといけない。
俺は急いで駆け出し、アーマーサーペントの胸と思しきあたりに手を当てた。そしてスキルを発動する。
イメージするのは直径50センチの大穴だ。できるかどうかじゃない。やるんだ!
アーマーサーペントの鱗は確実に削れていっている。鱗対俺のスキルは、俺に軍配が上がった!
だが、まだ鱗は貫けない。やけにゆっくりと時が過ぎていく。
感覚でわかる。あと少しだ。
だがその一方で、夏の陽気も手伝って、凍結したアーマーサーペントはどんどん融けていく。
少し動きやがった。畜生、あと2秒待ってくれ……。
「シュウ君!」
シーガーさんの声が聞こえたと同時にアーマーサーペントは動き始めた。そしてその瞬間、俺のスキルによって鱗に大穴が空いた。
俺は大急ぎで逃げた。だが、アーマーサーペントの方が速かった。
「うわあ!」
穴を空けられて痛かったのか、身を捩らせるアーマーサーペント、その尾に俺ははじき飛ばされたのだった。
だが、幸か不幸か、足下はまだ凍っており、摩擦が少なかったおかげで衝撃が軽減された。
そして飛ばされた先は湖。
水しぶきを上げて着水した俺の目に、シーガーさんの雷魔法がアーマーサーペントの鱗の穴へ直撃するのが見え、それを最後に俺の意識は途絶えた。
* * *
「ここ……は……」
目が覚めると見覚えのある天井。俺の部屋だった。
「あ、シュウさん、気が付きましたか!」
ライカが叫んで俺にしがみついてきた。
「痛ててて……」
胸の痛みに呻く。
「シュウさん……無茶、しないでください……」
涙声のライカ、無言の俺。
それからしばらくの間、ライカは俺に縋り付いて泣くだけだった。
「ごめんなさい、取り乱して」
落ち着いたライカは、少し顔を赤らめながら謝ってくれた。
「……もう、大事な人がいなくなるのは嫌です……」
「ごめん」
俺も、謝るしかできない。
「本当に、びっくりしたんですよ」
落ち着いたライカは、あれからのことを話してくれた。
気を失った俺をここまで運んでくれたのは騎士団の人たちだったこと。
シーガーさんは騎士団に命令を出せる立場の人だったこと。
俺は肋骨が4本折れているということ。
だが、
「シーガーさんが回復魔法を掛けてくださったので、1週間もすれば完治すると思います」
ということ。
回復魔法は治癒力を何倍にも高めてくれる魔法のようだ。
はっきり言ってまだ現実感がないが、俺はシーガーさんと協力してアーマーサーペントを倒したらしい。
「これが戦利品ですよ」
と言ってライカが指差した先にあったのは、俺のスキルで大穴が空いたアーマーサーペントの鱗であった。
「シュウさんのスキルで穴を空けたんですってね。騎士団の人たちも驚いてましたよ」
俺のスキル『穴空け』は対象を選ばないからな。
それから、本来なら湖の底で眠っているはずのアーマーサーペントが現れたのは、誰かが魚を大量に捕ろうとして毒を撒いたために目覚めたらしい。
毒を撒いた犯人は調査中だという。
とにかくこうして、俺の釣りシーズンは終わりを告げたのだった。




