第17話 東の鉱山
「おはようございます」
「おはよう」
当日の朝、東門で待ち合わせ。
「早いね」
「メランさんこそ」
メランさんは俺たちの2分くらい前に来たという。
「じゃ、行こう」
俺たちは一般に開放されているという鉱山目指して歩き出した。
夏の日差しは朝から暑い。
帽子を持ってこいと言われた意味がよくわかる。
俺は頭には麦わら帽子、半袖のTシャツにいつものジーンズ、安全靴。背中に荷物一式の入ったリュックのような袋を背負い、手には1メートルほどの棒。
ライカは薄手の長袖シャツ、薄い皮のベスト(ポケット多し)、丈夫そうなグレーの半ズボン。腰には短剣を下げ、革の半ブーツだ。帽子代わりにバンダナのような布を頭に巻いている。
一方メランさんは……黒い。
魔法使い然としたとんがり帽子にローブ、ブーツ、全部が黒い。
手にはこの前修理した杖。肩から小さな鞄を提げている。
「鉱石採取か? 気をつけて行ってこいよ」
城門を守る警備の人に見送られ、俺たちは東にある鉱山目指して歩いていった。
「……」
メランさんは無言ですたすた歩いている。……ローブ姿で。
暑くないのだろうか? こっちは半袖でも暑いというのに。
気になったので聞いてみた。
「このローブは魔法のローブ。耐熱性、耐寒性がある。着ていれば夏の暑さなんて感じない」
なにその反則装備。さすが魔法のある世界、と感心させられた。
「その帽子も?」
「そう。あと、耐衝撃性も付与されている」
異世界凄い。
……そうか、こうした魔法道具も持ち帰れたら、高く売れるかもしれないな。
あ、でも向こうで機能を発揮できないかもしれん。そうだとしたら『袋』の貴重な容量を消費するだけか。うーむ。
考えながら歩いていく俺。
しっかりと踏み固められた道が、彼方に見えるごつごつした山まで続いている。周囲は岩が点在する草原だ。
「あとどのくらいあるんだ?」
隣を歩くライカに聞くと、
「片道3時間くらいですね」
と答えが返ってきた。そんなに遠いのか……歩かなくなった現代日本人にはきついな。
途中で1度小休止をしただけで、あとは延々と歩き続け、腕時計で午前10時半、鉱山に着いた。
切り立った岩壁に幾つもの坑道が穿たれている。
「ちょっと休憩」
メランさんの指示に従い、俺たちは岩陰に腰を下ろした。
「今日は魔宝石を採取するから、3番坑道に入る。中は危険があるので落ち着いて食事ができないから、少し早いけどこれからお昼にする」
「わかりました」
今日はメランさんがリーダーだ。リーダーの指示には基本服従である。
パンと水という味気ない昼食を済ませた我々は、3番坑道へと向かった。
「今日は人がいない」
確かに、俺たち以外には誰もいない。
「静かすぎて気になる。気をつけて」
「脅かさないでください」
「違う。私がいるといっても、油断は大敵。自分の身は自分で守る、が基本」
「……はい」
頷く俺。ライカは、その辺の心構えはできているようで、見かけは平然としていた。
ゆっくりと歩いていくメランさん。次が俺で、ライカが殿だ。
魔物がいるとすれば坑道の奥なので、この順は間違っていないのだろう。
そして。
「……いた。『ウインドバースト』」
メランさんが杖を構え、詠唱。そして杖の先から目に見えない……風? の爆弾みたいなものが出たらしく、天井にへばりついていた蜘蛛とムカデを足して2で割ったような魔物3匹に命中。粉々になって降ってきた。
「『ケイブインセクト』。鉱山に棲む一般的な魔物。弱いけど、噛まれると痛い」
鉱山の岩そっくりの色をしている。人間には見分けが付かないらしいが、ダークエルフのメランさんには岩肌と虫の違いがはっきりわかるらしい。ダークエルフの視力、どうなってるんだ。
そしてケイブインセクトは50センチもある虫である。
「こいつらなら、心配はいらない。噛まれても死なない。せいぜい麻痺するくらい」
噛まれても命に別状はないらしいが、痛いだけじゃなく、麻痺することもあるのか。
……まったく安心できない。
「それより、こいつらがいるということは、他の魔物はいない。少し安心していい」
メランさん曰く、雑魚らしい。それが多いということは、強い魔物がいないということなのだそうだ。その点では安心か。
それからもメランさんが3匹、4匹とまとめて退治してくれて、俺とライカは胸をなで下ろしていた。
「こいつらは魔宝石を持っていないから、つまらない」
とはメランさんのセリフ。
「でも、この杖のおかげで、魔法を放つのが楽になった。感謝してる」
この前修理した杖は好評なようだ。
「軸部分、魔力がすっと流れてくれる。こんなの、初めて。使うごとに手に馴染んでくる」
木目の素直なトネリコを使い、断面は真円に、全体を真っ直ぐに仕上げただけなんだけど、倍近い効率アップをしたらしい。
「抵抗が少ないから、軸が長持ちする」
なるほど、魔力を通す……ということは、電線の抵抗と発熱の関係のようなものなのか。少しだけわかってきた……気がする。
歩いていく坑道内は、はじめは少し狭かったが、30メートルほど進むといきなり広い空間に出た。
「ここが採掘場。……魔物の気配は……ない」
そう宣言したメランさんは、採掘場の入口付近になにやら置き時計のようなものを置いた。
「魔物が来たら知らせてくれる」
採掘に夢中になって、万が一にも魔物の接近を見逃さないためのものだそうだ。
そしてメランさんは、採掘のコツを少しだけ教えてくれた。
「魔宝石は白っぽい岩の隙間に見つかることが多い。そういう岩を見つけたら、こうして、砕く」
メランさんは、目の前の岩壁に突き出ていた白っぽい岩を魔法の杖で一突き。
「『クラッシュ』」
その言葉……言霊? 詠唱? に従って、白い岩が爆ぜた。
やはり今のも魔法なのだろうか。
「んー……品質のよくない原石が2個」
散らばった破片の中から、メランさんは緑色の小さな石を2個拾い上げた。
俺はそれを見せてもらう。
「これが魔宝石なんですね」
「そう。原石。質のいいものは透明度が高い。……あ、それから魔宝石は白い岩よりずっと硬くて丈夫だから」
つまり、遠慮せずに白い岩を砕いていいと。
「わかりました」
俺とライカも岩壁を調べていく。
白い岩を見つけると、ハンマーとタガネでコツコツ砕いていく。地道な作業だ。
その間にもメランさんは魔法を駆使してバンバン採掘を進めている。
いやほんと、魔法って便利だな……。
「……そうか!」
俺はスキル『穴空け』を思い出した。
使い慣れない……というか使い道があまりないスキルなのですっかり忘れていた。
「岩にも穴が空くかな?」
俺は指先を岩に向け、念じた。
指先から何か『力』が出て行く感触があり、岩に穴が空いていく。相変わらずゆっくりだが、タガネでコツコツやるよりは早い。
というか、やっぱり穴を空ける相手によらず、穴空け速度は一定のようだ。
穴を複数並べて空けたあと、タガネを当ててハンマーでぶっ叩けば、これまでよりずっと楽に岩を砕くことができた。
それで、俺が穴空け、ライカがタガネで岩を崩す、と分担して作業を進めることにした。
そして1時間。
「あ、この石って結構綺麗な色ですね。……メランさん、これってどうでしょう?」
ライカが、親指の先くらいの石を拾い上げて尋ねた。
それまでは計5個の、低品質の魔宝石の原石を見つけていたが、今回見つけたのは、小さいがほとんど透明に近いものだ。
「どれ? ……うん、これはかなりいい。80点。もし、今日これ以上のが見つからなかったら、これを使いたい。そのくらいの石」
おお、やった。この調子でどんどん行こう。
「……それにしても、シュウ君は、変わったスキルを持ってる。興味深い」
一応、今日の目的は最低限果たされたようなものなので、メランさんはちょっと手を休めて俺の手元を見つめていた。
「ふむ、やっぱりスキル。魔法じゃない」
岩に穴を空けていく俺の指先を見て、メランさんは納得したように頷いた。
「なんでわかるんです?」
と聞くと、単純明快な答えが返ってきた。
「あなたの体内の魔力がまったく使われていない。だからスキル」
「なるほど」
スキルというのは体内の魔力を使うことなく発動するものらしい。
つまり、自然界にある魔力? を使うので、俺にも使えるということなのだろう。
そしてもう一度、岩を砕く。
「お、これもよさそうだ」
俺は、きらりと光った石を拾い上げる。
「うん、それもいい。85点」
おお、いい感じ。
時間は……午後1時か。あと1時間、行けるか?
結局、85点(メランさん基準)を超える石は見つからなかったが、80点のものを4つ採取することができた。
85点1個、80点4個。それ以下が5個、というのが俺とライカの収穫だ。
メランさんは80点のものを8個も見つけていた。さすがだ。
「……外は暑いな……」
坑道の中が涼しかっただけに、外の暑さが身に染みる。
時刻は午後2時、一番暑い頃だ。
それでも、なんとか目標をクリアできたので、足取りは軽かった。
途中、魔物に遭遇することもなく、俺たちは無事ハーオスの町に帰り着くことができたのだった。
* * *
持ち帰った原石は、すべてメランさんの知り合いの宝石加工屋に加工してもらった。
加工賃は、80点のもの1個を譲ることで折り合いが付く。
俺は85点の魔宝石を使い、タリスマンを修理した。
「うん、まずまずの出来。シュウ君、ありがとう」
メランさんも満足してくれたようだ。
この依頼達成により、俺のKPは140まで増えていた。




