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第15話 柱時計(後)

 動かないという柱時計。

 俺とライカは、その原因を調査している。振り子の紛失以外の故障がないか、と。

 外した機械(ムーブメント)は、洗い油という洗浄用の油にしばらく漬けてから軟らかいブラシで擦ってやれば、軽い錆も含め、綺麗に落ちる。

 ちなみに、この『洗い油』は、地球では灯油を使うことが多いが、ここでは植物性らしい。

 おおう、ファンタジーだぜ……。

 その間、ライカには筐体の掃除をやってもらった。


「すっごくきれいな木目ですね」


 なんの木かはわからないが、磨けば磨くほどツヤが出てくるという。ガラス部分も煤けていたが、綺麗に磨き上げてくれた。


「ゼンマイも切れていないな……」


 だが、ゼンマイを巻くための『ゼンマイ巻き』あるいは『巻き鍵』と言われている部品もなくなっている。

 これじゃあ時計を動かせないわけだ。


「そうすると、ゼンマイ巻きと振り子があれば直せるな」


 その2つは自作するしかないが、この工房では作れない。

 例によってドドロフのおっちゃんに頼むしかないな……材質は、他の部品に合わせて真鍮でいいだろう。

 俺は、簡単な図面を書くと、


「おっちゃんとこに行ってくるよ」


 とライカに断り、店を出た。



*   *   *



「ボウズ、またこまっけえものを持って来やがったな……まあ、任せろ」


 そう言いながらもおっちゃんは『ゼンマイ巻き』と『振り子』の製作に取り掛かった。

 ドドロフのおっちゃんは、大きなものから細かい細工まで器用にこなす。

 本当、ドワーフっていうのは器用なものだと思い知らされる。

 

 まずは『ゼンマイ巻き』から。

 ゼンマイ軸は四角い棒でできている。『ゼンマイ巻き』は、同じサイズの四角い鋼の棒を用意し、それを真鍮の丸棒に空けた穴に少しずつ打ち込み、四角い穴に仕上げる方法を取っている。

 これが正しいのかどうか、俺には判断できないし、する気もない。

 結果として望む『ゼンマイ巻き』が手に入ればいいのだ。

 丸棒に四角い穴が空いたならば、つまみをリベット(びょう)で留めて完成だ。

 このつまみは蝶の形に細工されており、おっちゃんはセンスもいいんだなあと感心させられた。


 次いで振り子の製作に掛かる。

 俺は、背板にうっすらと付いていた擦り傷から、元々の振り子の長さをだいたいの線で算出しておいた。

 振り子の重さと周期には関連性がないから、あまり重くしないように頼んだところ、おっちゃんは振り子の重り部分は中空に仕上げてくれた。さすがだ。

 もちろん、ねじで全体の長さ調整ができるようにしてあるので、時計の時間調整も可能だ。

 この振り子もまた、棒部分には彫金で模様を入れ、また振り子の重り部分には小さな貴石をはめ込んで、振り子が揺れた時、角度によってきらりと光るように作ってくれた。


 ここまで計3時間。さすがの速さだ。


「おっちゃん、ありがとう。手間賃は明日代金を貰ったらすぐ払いに来るから」


 と言ったら、


「おう。頼むぜ」


 と答えが返ってきた。ほんと、頼りになるおっちゃんだ。



*   *   *



 工房に帰った俺は、機械(ムーブメント)に機械油を差し、慎重に組み立てていった。

 長針短針は元の位置に取り付け直し、柱時計をそっと立てる。立てていないと振り子は動かないからだ。

 機械(ムーブメント)のフックに振り子を引っかけ、ちょっと指で押してみると、ゆっくりと振り子が揺れた。

 往復で2秒の振り子のようだ。

 それを確認したところでゼンマイを巻く。おっちゃんの加工技術はさすがで、固くも緩くもなく差し込めた。

 ギリ、ギリ、と音を立ててゼンマイが巻かれていく。10回転ほどで抵抗が大きくなったので手を止める。

 これは時報の音が鳴らないタイプなのでゼンマイは1つきりだ。


「これでよし」


 俺は振り子を再度動かしてみた。

 カッチカッチというリズミカルな音と共にガンギ車が回り始める。脱進器というこの仕組みが、振り子の往復に合わせて歯車を動かす。

 つまり振り子の運動が時計の正確さを決めるわけだ。

 まず腕時計を用意する。こいつはソーラー電波式なので、電波のないこの世界では時刻合わせはできないが、いまだに動いている。

 これを使って10分単位での振り子調整を行った。

 7回ほどでかなりいい線になったようなので、翌日まで様子を見ることにした。



*   *   *



 翌朝、柱時計を確認すると、一晩……10時間ほどで1分遅れていたようなので、少しだけ振り子を上げた。

 これで、おそらく日差1分以内に追い込めたと思う。


「しかし、見れば見るほど立派なものだな」


「ほんとですねえ……」


 黒光りする重厚な木でできた筐体。正面はガラス扉となっており、そのガラスにもくどくない程度に彫刻が施されている。

 文字盤は、おそらく暗い色に着色された真鍮。逆に、針は磨かれた金色で、視認性がいい。

 カッチカッチと規則正しく時を刻む柱時計は、俺から見ても職人技の塊であり、芸術品でもあった。


 その時、店の扉が開かれると同時に、驚いたような声があがった。


「おお……! 本当に直してしまうとは……!」


 セバスシャンであった。


「やはり噂は本当でしたね。お見事です」


 俺とライカは、あらためて相談コーナーで何を直したのか説明していく。


「なるほど、その『振り子』がなかったため動かなかった、と」


「そうです。ガラスが割れないよう、搬送時には振り子は外しておく必要があります。おそらく、そういった過程で紛失したのではないかと」


 『ゼンマイ巻き』も同じで、時計内部に引っかけておくポケットが付いていたから、搬送時に外れてガラスを割る可能性を考慮し、別にして運んだのだろう。

 そしてなんらかの理由で、振り子とゼンマイ巻きが行方不明になってしまったと。

 そのへんの憶測を伝えた俺は、動かす際の注意事項を一通り説明し、それらをまとめたメモ書きをセバスシャンに手渡す。


「おお、これはありがたいですね。感謝します。……では、これが礼金です」


 “ちゃり”ではなく“じゃりん”という重い音のする袋がテーブルに置かれた。


「また何かありましたらよろしくお願い致します」


 そう言い残すと、セバスシャンは従者2人に柱時計を担がせて帰っていった。

 ちゃんと振り子とゼンマイ巻きは自分が持って。


 袋を開けてみると、金貨が10枚入っていた。10万マルス、日本円だと100万円である。


「シュウさん、す、すごいです!」


 予想外の大金だったのでライカはにこにこだ。

 俺はそのうち2枚をおっちゃんに持っていくことにした。そして残る8枚のうち3枚が俺の取り分である。


「これでようやく一息つけそうです」


 自転車操業からの脱却ができそうだと、ライカは嬉しそうに微笑んだ。



*   *   *



 だが、これは1つの始まりだった。

 翌日にはエルフの執事が柱時計を持ってやって来たのである。

 これもまた振り子とゼンマイ巻きが紛失しており、動かなくなっていた。

 俺は前と同じようにおっちゃんにその2つを作ってもらい、振り子調整をして翌日納品。

 再び『マイヤー工房』は金貨10枚をゲットした。


 そしてその次の日には、ドワーフの執事と獣人の執事、それに魔人の執事がそれぞれ2人の従者に運ばせて柱時計を持ち込んだのである。

 初めて目にする魔人が初老の男とは……と、がっかりしていたのは俺だけの秘密だ。

 その3人は我先にと修理を依頼してきた。


「我が家のものを優先して修理してもらいたい」


「いやいや、是非我が家のものを」


「とんでもない、我が家のものを」


 表面上は争いごともせずに共存している3種族であるが、決して仲がいいわけではないんだなあ、と思い知らされる一幕もあったが、


「お客様の差別は致しません」


 というライカの一言で、3人は渋々ながらも頷いたのであった。


「明日の昼頃、受け取りにおいでください」


 ……は?

 3人の執事と6人の従者が帰ったあと、俺はライカに尋ねた。


「お、おい、明日納品って言わなかったか!?」


「言いました」


「冗談じゃないぞ?」


「いえ。シュウさんには申し訳ないのですが、昨日はエルフの方が依頼に来たでしょう? これってもう完全に町議会議員のトップ連中が柱時計の自慢をし合っているんですよ。なので、なんとしても直さないといろいろ面倒なことになりそうで……」


「……」


 こういう時のライカは毅然としていて、いかにも店主らしい。

 言いたいことはわかるので、それ以上はライカに文句を言えなかった。


「すみません。無茶を言っているとは承知してますが、どうか、どうかお願いします」


「仕方ない。大急ぎで直すとするか」


 ということで、3つを並行して修理することになった。

 幸いにして、いずれも振り子とゼンマイ巻きの紛失だったので、まず真っ先におっちゃんのところへ行って振り子とゼンマイ巻きを頼んできた。

 訳を話すとおっちゃんは仕方ねえな、という顔をしつつも、注文を受けてくれた。

 そしておっちゃんが作ってくれている間にできることはやってしまおうと、俺は一旦マイヤー工房に引き返した。


「急いでも壊すんじゃないぞ」


「はい、わかってます」


 2人で針と文字盤を取り外し、綺麗に磨き上げる。

 機械(ムーブメント)は俺が外して洗い油に漬け、錆と汚れ、固まった油を綺麗に落とし、機械油を差す。

 その間ライカは筐体の掃除だ。


 そして夕方、俺はおっちゃんのところへ向かった。


「おうボウズか。今さっきできたところだ。……ったく、お前の依頼じゃなきゃこんなこと受けねえぞ」


「いつもすまないねえ」


「まあ仕方がねえやな。ほれ、持ってけ」


 ……そこは、『それは言わない約束でしょ』なんていうお約束の返しをしてもらいたいところだが、今はそんなこと言っている場合じゃないな。

 とにかく3台分出来上がっていたのはありがたい。

 おっちゃんにはいつもより少し多めの礼金を払って、大急ぎで工房へ戻った。



 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ……。

 夜の工房に、振り子の音が響く。

 振り子の規則正しい音を聞いていると眠くなってしまいそうだが、今眠ってしまうわけにはいかない。

 今は、3台並行して振り子の調整をしているところだ。

 とはいえ、同じ型ではないので、振り子の長さも同じにしてOK、とはならないところが悩ましい。

 正直、これは想定外だった。

 3台のうち2台はネジによる調整だけでは追い込みきれず、仕方なく振り子のフック部を曲げ直して再調整する羽目になったのだ。

 これは完全に俺のミス……自業自得。

 外形がほとんど同じ大きさだったので、振り子も同じだろうと早合点してしまったのだ。

 実際には3台の振り子はそれぞれ2センチくらいも差があり、それを手直しするのに時間を取られてしまった。


「シュウさん、お茶どうぞ」


「ああ、ありがとう」


 もう夜中だが、ライカも寝ずに付き合ってくれている。

 俺は貫徹には慣れているが、ライカは見るからに眠そうである。

 先に寝てていいと言ったのだが、


「いえ、3台いっぺんに修理してくださいと無理を言ったのは私ですから」


 と言って聞かなかったのだ。

 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ……。

 よし、あと2台。


 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ……。

 あと1台……。


 カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ、カッチ……。


「よし、これでいい!」


 なんとか夜明け前に3台の粗調整を終えることができた。

 あとは、数時間このまま動かし、時差を確認しての微調整をすれば自信を持って引き渡せる。


「夜明けまで仮眠をしよう」


 とライカに言って、俺は椅子に腰掛け、目を閉じた……。


 ピピピ、という電子音で目が覚めた。

 腕時計のアラーム音だ。時刻は午前6時、朝である。

 伸びをして椅子から立ち上がり、柱時計を確認する……うん、まずまずの時差だな。必死で調整しただけのことはある。3時間で5秒以下なら上出来だ。

 2台はそのまま、1台はほんのちょっと振り子を下げた。


「これでよし!」


 思わず大声を出してしまう。

 すると、毛布にくるまって床に寝ていたライカが目を擦りながら起き上がった。

 部屋で寝ていればいいのに……。その心遣いは嬉しいけど。


「シュウさん、できたん……ですね。お疲れ様でした」


「ああ、ライカもな」


 俺とライカはがっちり握手を交わしたのであった。



*   *   *



「おお、感謝する!」


「いやあ、頼んでよかった」


「さすが噂に違わないな」


 お昼前にやって来た3人の執事は満足そうに頷き、少し多めに修理代を置いて帰っていった。


「つ、疲れた……」


「私もです……」


 お客さんたちが帰ったあと、俺たちはがっくりと作業机に突っ伏した。

 とはいえ、この依頼によりマイヤー工房は完全に息を吹き返したと言えるようになったのだった。


 俺のKPカルマポイントも、いつの間にか100KPになっていた。

 どうやら、人に喜んでもらえると貯まるらしい……。

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