第11話 工業ギルド
筆記具として気軽に使える鉛筆を売り出すと、それなりに需要があり、供給元である『マイヤー工房』には一時期注文が殺到した。
作っているのは俺1人なので、さすがにキャパオーバーである。このままでは他の修理依頼が受けられない。
俺はライカと相談し、それなりに元も取れたので製法を組合に売ることに決めた。
煤は安価なインクの材料になっているということなので、これを応用して芯を作ることはいつか誰かが思い付く――かも知れないので、売っても大丈夫だろうという判断だ。
ということで、俺とライカは工業ギルドのハーオス支店へとやってきた。
なかなか立派な建物だ。外側は石造り、3階建て。ちょっとだけ、東京駅を思わせるデザインだ。
正面の壁に、大きな日時計のようなものが取り付けられている。おしゃれでなかなか格好いい。
見た目より軽く動くドアを開けて中に入ると、それなりに賑わっていた。
「おや、珍しい。ライカじゃないか」
「最近、繁盛してるんだって?」
何人かがライカに声を掛けてくる。やっぱり顔が広いんだな、と思わせる光景だ。
そのまま正面奥のカウンターへ。そこが受付窓口だった。
「ご用件はなんでしょうか?」
受付のお姉さんへの説明はライカに任せてある。彼女が説明している間、俺はギルド内を観察しておくことにする。
建物は木造、一部石造り。天井は高い。広さは20メートル四方くらいか、かなり広い。
その4分の1ほどを区切るカウンターがあって、ギルドの職員はその中で仕事をしている。
「残り4分の3は……なるほど」
残ったスペースには、テーブルと椅子が置かれたコーナーや、一般閲覧可能な資料棚、それに売店があった。
「資料は持ち出し不可か」
印刷技術が未発達ならそれも当然だろうな。
「売店には何が売っているんだろう」
……と見に行こうとした時、ライカから声が掛かった。
「シュウさん、どこへ行くんですか?」
「あ、悪い悪い」
ライカ1人じゃ話が終わらなかったのかな?
だが、その後に続く言葉で、そうではないことがわかった。
「ギルド長が会いたいそうです」
* * *
俺とライカは、ギルドの3階に通された。もちろんギルド長の部屋だ。
「おお、よく来てくれた」
重厚な執務机の向こう側に座っているのは、がっしりした身体にふさふさとした焦げ茶色の髪、もじゃもじゃのヒゲ、やはり彼もドワーフなのだろう。
「ご無沙汰してます、ドンゴロスさん」
ど、どんごろす……って、確か土嚢とか穀物入れにする麻袋のことじゃなかったっけ。だがやけに似合っているのも否めない。
それに、ライカはやっぱりこの人も知っているのか……。
「鉛筆、と言ったか。これを開発したから、権利を売りたいということだったな?」
「は、はい。開発したのはこのシュウさんですけど」
「おお、君がシュウ君か。なかなか優秀な修理工だそうだな」
ギルド長……ドンゴロスさんは手元の羊皮紙を見ながら言った。
「ふむ、『ろくろ』という加工用の機械を開発したのも君か」
「え? 知っているんですか?」
「もちろんだとも。ドドロフは儂の従弟だからな」
確かに、そう言われてみれば似ている……のかな? 他のドワーフを知らないからなんとも言えないが。
「この『鉛筆』はなかなか便利だ。早速登録の手続きを取ろう」
「ありがとうございます!」
この世界に『特許』はないが、工業ギルドに登録しておけば、多少なりとも有利なことがあるそうだ。
例えば『開発者』としての名誉が守られるとか、同系統のものを開発する際に援助が受けられるとか。
それを聞いた俺は、早速2つの提案をしてみた。
「今は煤を使っていますが、『石墨』といって、鉱山で採れる黒い塊も使えると思います」
むしろこの石墨、あるいは黒鉛が、本来の鉛筆の芯には使われているのだ。
「うむ。……心当たりはあるな。よろしい、試してみよう」
「お願いします。あともう1つ。紙の作り方についての提案なんですが」
鉛筆が完成したなら、羊皮紙ではない紙が欲しくなる。
「紙? こういうものかね?」
ギルド長は目の前にあった羊皮紙を掲げた。
「いえ、もっと安価にできる……はずの紙です」
「というと……『カヤツリ紙』かね?」
「『カヤツリ紙』?」
「……カヤツリグサを縦横に編んで作った紙ですよ」
聞いたことのない単語に俺が面食らっていると、ライカが助け船を出してくれた。あ、もしかして『パピルス』みたいな紙か。
あれも確か、アシだかカヤツリグサだったかの繊維を編んで作ったと聞いた気がする。
「いえいえ、違いますよ」
編んで作る紙じゃない。
「では、『草紙』かね?」
「『草紙?』」
「……ええと、確か、草や木の皮をアクで煮て、ほぐした繊維を、熱した金属の板でプレスし手作った紙……でしたっけ?」
またライカが説明してくれた。彼女は勉強家で、こうした知識は豊富だ。
「おお、だいたいそのとおりだ」
なるほど、パルプみたいなものまでは作れているのか。
「でもそれじゃあ、濡らすとばらばらになるでしょうし、インクもにじむのでは?」
「そのとおりだ。だから普及しないのだよ」
ここで俺は考える。この『草紙』の製造法を改良すれば、なんとかなりそうではある。
「ええとですね、そのほぐした繊維に『つなぎ』を加えて、また表面には『にじみ止め』を施してやればやればいいと思いますよ」
牛乳パックで紙を作る手順は知っているし、洋紙といわれる紙には『サイズ剤』というにじみ止め加工がしてあることも知っていた。
「何!?」
「俺は紙職人じゃないので詳しいことは知りませんが、『つなぎ』は糊のようなものです。それからにじみ止めは膠系だったと思います」
「思うだと? ……シュウ君といったな。君はいったい何者だ?」
「あ」
うっかりしていた。
もしかして、俺が異世界から女神様によってこっちの世界に来ていることって絶対秘密、とか?
「女神様の『使徒』です」
間髪入れずにライカが答えた。
「何!? ……なるほど、そうだったか。ならば頷ける」
そういえば、この前メランさんにもそんな説明をしていたっけ。『使徒』とは、なかなか都合のいい言葉である。
「……なるほど、『使徒』だったのか。ならばシュウ君の提案は試してみる価値がありそうだな。よろしい、こちらで研究させよう」
「お願いします」
「だが、それがうまくいっても、君たちの取り分は1割に減ってしまうよ?」
「ええ、構いません。というより、取り分をなくす代わりに……」
これにはライカが答えた。
「……紙が完成した時、優先的に回していただければ」
「なるほど、それが狙いか。いいだろう。では契約書を書こう」
ライカとは、鉛筆の製法を売るか売らないかという時にじっくり話し合った。
製法はそれほど難しいものではなく、いずれ真似されることはわかっている。ならばそれまでの独占期間に儲けようと思っても、マイヤー工房では量産はできない。
ならばこちらの利益を確保できる形で売ってしまおう、ということになったのだ。
同時に『紙』のアイデアも売って、可能ならギルドの息が掛かった職人か研究者に開発してもらおうと考えた。
これもまたマイヤー工房では手に余るからだ。
契約内容には、『製品化された鉛筆・紙を、原価の120パーセントの価格で、優先的に購入できる』という一文が盛り込まれた。
これで、マイヤー工房で作らなくても、そこそこの値段で高品質(になると思われる)製品を購入できるというわけである。
* * *
工房への帰り道、俺はライカに『使徒』について、ちょっと聞いてみた。
「『使徒』というのはですね、『神殿や教会で女神様から神託を得たことのある人』のことです」
「なるほど」
『使徒』は『女神様』からいろいろな形で『天啓』を授かることがあるらしい。
つまり今回の『鉛筆』『紙』の発明も、その『天啓』ってことにするわけだ。誤魔化す際にはなかなか便利な言葉である。
「じゃあ、もう1つ。けっこう『使徒』っているのかい?」
「ええ。いますよ。私だってそうですし」
そりゃそうか。あの女神様って結構気さくな人……いや、神様なんだな。
「シュウさんの世界ではそういう人って少ないんですか?」
「え? 俺の世界か……。そうだなあ、少ないな。おまけに、神託を受けた、なんて言うと、頭がおかしな人間と思われかねないな」
「か、変わってますね」
「どうなんだろうな」
そのあたりは、それぞれの世界の常識ということになるんだろうし、それぞれの世界の神様が世界にどう干渉するか、という方針にもよるんじゃなかろうか。
「そういう意味では、俺の世界の神様は、どっちかというと放任主義なのかもな」
あるいは人間の出来が悪すぎて見限ったのかもしれないが。
「今度、神殿へ行ってみませんか?」
「そうだな、仕事に余裕ができたら行こう。……でも、女神様に会えるかな? 会えなくても声が聞ければいいんだが」
「それは保証できませんが、神託を受けた人の話では、1度きりということはないみたいです」
「そっか」
もし神託が聞けるなら、聞きそびれたことを聞かなくちゃならない。
そう、どうやったら元の世界に帰れるのか、を。
ちなみに、俺のKPは70に増えていた。




