9 鬼シリアのところに報告しに行ったら案の定ディスられたんだが
『………というわけで、聖獣の情報は無し。キシリアのライバルにあたるステラ嬢はアルバイトしてるだけなので、あなたの脅威にはなりえませんにゃ』
一応表向き鬼シリアに従っているので、今日のハイライトを報告しに来た俺。偉くない?
降ってきたのはねぎらいの言葉ではなく、ピンヒールだった。
『おげふう!!』
「あの小娘がバイトをしていた。だからなんだ? おれは聖獣を探してつれて来いと言ったんだ。命令にないことをするな。この世界を知っているくせに、人間だったときと変わらず無能なのか? あぁん?」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
ネコを踏むなよ汚っさん!
「お嬢様、そのようなことおやめください。紅茶をお持ちしましたので、これを飲んで落ち着──きゃあ!!」
「邪魔するな! そんなもの要らん。さっさと出ていけ」
紅茶を運んできたメイドが止めに入ってくれたけど、鬼シリアはメイドを突き飛ばした。ティーセットがひっくり返り、メイドの手やエプロンに湯気の立つ紅茶がかかる。
『お姉さん大丈夫にゃ!? ちょっとあんた、女の子突き飛ばすなよ!』
「で、出過ぎた真似をしてすみませんでした、お嬢様」
メイドは真っ赤になった手でティーセットを片付けて、泣きそうになりながら部屋を出ていった。
鬼シリアは人払いをして、再び俺を踏む。
『ぎにゃーー! このゲームをしていたのは俺じゃなくて妹! 俺は横で見てただけですってイタタタ!! だいたいネコじゃ入れないとこも多いんですから。人間の協力者を探してくださいよ。もしくは自分で探る』
「おれは課長だぞ! ヒラなら上司の命令にハイとだけ答えればいいんだ。おれを有利にする協力者をつれて来い」
もうネコになったからお前の部下じゃないわボケ。って言ったらママンたちを殺しに来そうだから黙っておく。
あくまでもゲームの主人公はステラちゃんだ。
無論、物語はステラちゃんの視点で描かれる。キシリア嬢の協力者なんて知るわけない。ゲームをやりこんでいた真由子なら知っているかもしれないけど。
人間の生を捨てた俺には、元の世界のことを確認するすべはない。
真由子がこのゲームをしているのを横で見ていたから、ゲームのさわりを知っているだけ。
今の俺はゲームを知らない人よりは少しだけ知識があるだけの、器用貧乏なネコなのだ。
「わかったら返事」
『はいニャ』
蹴飛ばされて部屋の外に放り出され、とぼとぼとビロードばりの床を歩く。ほうきを持って掃除をしているメイドたちが、なにやら声を潜めて話をしているのが聞こえてくる。
「……ねえ、なんだかキシリアお嬢様、ここ数日で変わったように思わない? 常にイライラしているっていうか」
「あなたもそう思う? ね。数日前までは部屋の掃除をしたり、お茶をお持ちすると笑顔でありがとうって言ってくださる優しいお方だったのに。さっきは子猫を踏んでいて、その上止めたら“邪魔するな! 出ていけ!”って淹れたてのお茶をかけられてしまったわ」
さっきのお姉さん、早く病院にいかないとまずそうだと、はた目に思うくらい手が変色している。
「なんてこと。早く手を冷やして、それから着替えてきなさい。旦那様と奥様には、伝えておくから」
「いいえ、旦那様と奥様には言わないでください。もしかしたらお嬢様は、聖女候補になられたことで気が立っていらっしゃるだけかもしれないですし」
紅茶をかけられたメイドは、必死に鬼シリアをかばう。
やっぱり、キシリア嬢はもともとはゲームのような誇り高さと優しさを兼ね備えたお方だったんだ。
俺は生死の境を彷徨ったショックでネコに転生したけど、鬼島は違うのかな。転生ではなく、何かの原因で鬼島の魂だけが十八歳のキシリア嬢に憑依した……のかもしれない。
もとのキシリアお嬢様に戻してあげられる方法が、あるだろうか。
話をするメイドたちの横をすり抜けて、俺は家族の待つ家に帰った。





