エピローグ 平和な日々と家族との時間は何より尊い。
俺が聖獣になって二週間が過ぎた。
今日はステラちゃんとトゥーランドットの屋敷へ向かう。
ステラちゃんは、本当はどこかの貴族の養子にならないといけなかった。けど、ステラちゃんは実の家族の元にいたいからと拒んだ。その意志を尊重して、キシリアが提案した。書類上だけ、キシリアの家トゥーランドットの養子になること。
つまり今ステラちゃんはキシリアの妹なのだ。
お茶の用意がされた部屋で、キシリアが出迎えてくれる。
ステラちゃんに貴族のマナーを教えるのは、姉としての責任だって。
「待っていたわ、ステラ。イナバ。おかえりなさい」
「お、おじゃまします、キシリアお姉さま」
「ただいまでしょう、ステラ。ここもまた貴女の家なのですから」
「は、はい。ただいま戻りました」
聖女になったからには、公務をすることもある。貴族と同等のマナーを身につけるのは必須なのだ。
ステラちゃんはキシリアに促されて、ビロードの椅子に恐る恐る腰を下ろす。
お茶の飲み方一つとっても貴族のあれこれは難しい。
「そうじゃないわ、ステラ。ティーカップの持ち方はこう。そう。もう片方の手を添えて」
「うう……手が震えるわ……」
自由気ままに庶民として暮らしていたステラちゃんにとって、貴族のマナーはまだまだ難解な壁である。
「イナバには後でにゃーるをあげましょうね。東方のお魚の燻製をたくさん使っているのですって」
『やったにゃー』
にゃーるは美味いから嬉しい。が、ここに来るたびににゃーるを出されるから、俺、太りそう。キシリアはホストに貢ぐ女性客かってレベルでたくさんくれる。
『鬼島さんにはやらないのにゃ?』
「あの人にはなにもありませんわよ。公務をしていただきませんと」
鬼島さんについて語る声が冷たっ。
キシリアは心底鬼島さんのこと嫌っている。散々キシリアの姿で勝手なことされていたんだから、好きになる要素は一ミリもないけど。
鬼島ネコはひたすら諸国の文献を解読させられている。
俺は主であるステラちゃんが学校を卒業するまでは、その手のお仕事は免除されている。
鬼島ネコは八時間労働、ご飯は朝夕でおやつなし、お昼寝タイムはなし。
ステラちゃんの管理下にある俺とは真逆の社畜暮らしである。
でもほら、鬼島さんて、人間だったとき俺に毎日十時間以上労働させてたんだから。八時間は法定の範囲内だし楽勝楽勝!
ステラちゃんに貴族のマナーの勉強が追加された以外は、つつがなく平和な日常が帰ってきていた。
『坊や、そろそろ起きなさい』
『おはよう坊や』
『パパンママン、おはよう』
日差しが暑くなってきたとある朝、ママンの声で目が覚める。
パパンは窓辺で毛づくろいの真っ最中。
猫ベッドから下りると弟たちが乗っかってくる。
『にゃー! 兄ちゃんあそんでー』
『あそんでー』
『それが終わったらオイラとパトロール行こうぜ』
『まてまて弟たちにヤマネよ。あそぶのはミルク飲んでからにゃ』
まだ俺たちは子ネコ。ママンのおっぱいをふみふみしてミルクを飲んで、強いネコになるのニャ。
「イナバちゃん、みんなも起きたのね。おはよう」
『おはようステラちゃん』
「今日は学校が終わったら魔法の授業よ。新しいことを教えてくれるんですって」
『おお! ステラちゃんどんどん進歩してるにゃ』
ステラちゃんが小皿に汲みたての水を入れてくれる。ママさんが焼いた魚を細かくほぐして、パパンとママンのごはんを作っている。
小皿はパパさんお手製だ。
日曜大工の趣味が高じて、木彫りでネコ全員分のお皿を作ったのだ。趣味もここまでくるとすごい。
ルークはとっくにごはんを食べ終えていて、カバンを背負って玄関から出る。振り向きざまにステラちゃんに呼びかける。
「ステラ、昨日学校で出た宿題は終わらせたか?」
「大丈夫。昨日ココアちゃんと一緒に終わらせたわ」
「ステラが忘れずに宿題をしているなんて珍しい」
「お兄ちゃんひどい。わたしだって、これでも日々聖女らしくなろうとショージンしてるの!」
ステラちゃんはぷーっとむくれる。ルークとのやりとりは、俺が真由子としていたケンカとそっくりだ。どこの兄妹も、低レベルな争いはこんな感じなんだな。
「いつまでやってんのさ。学校に遅刻するよ。聖女が遅刻常習犯なんて言われたくないでしょ」
「あわわ! ごめんなさいカイトさん! すぐ行きますー!」
「カイト、毎日護衛おつかれ。妹が迷惑かけっぱなしですまないな」
「いいのいいの。オレにとってはご褒美みたいなもんだから」
騎士服姿のカイトが、玄関先でわざとらしく靴を鳴らす。
クリスティア陛下いわく。カイトはジャン捕縛に協力した褒美として、ステラちゃんの専属護衛になることを望んだという。戦闘能力が高く毒見役もできるので、望みが叶い抜擢された。
魔法の講師も引き続きアルベルトだし、シルヴァは聖女公務のとき付き従っているし。
クラウドは恋のライバルだらけだな。ハッハッハ。
ネコの俺は恋の鞘当に関係ないので、誰がステラちゃんのハートを射止めるか口出しはしない。
ステラちゃんは急いでトーストを口に押し込んで、カイトとルークにお小言を言われながら学校に向かう。
「いってきまーす!」
『いってらっしゃいにゃ』
ステラちゃんをお見送りをしたら、弟たちとリビングでゴロゴロお昼寝してヤマネを背に乗せて庭をパトロール。
これからも俺は、まったりのんびりこっちの世界を助けていくにゃ!
END





