68 ただいま、乙女ゲーム世界。そして鬼島の選択は……
「……バ! イナバ、イナバ!! お願い、目を覚してくださいませ!」
あー、鬼シリアがお嬢様言葉でしゃべってるぜー。
ついに心までお嬢様になる決意をしたのかおっさん。
「イナバちゃん!!」
『にゃ!?』
目を開けると、お嬢様姿のキシリアとステラちゃんが泣きぬれた顔で俺をのぞき込んでいた。
おお?
「イナバ。ああ、良かった。生きていてくれたのね」
「イナバちゃん。私がわかる? ここがどこだかわかる?」
『にゃにゃん? 魔法士団の訓練場にゃ』
見上げた空は澄み渡って、抜けるような青だ。
俺はいつものように、ステラちゃんに抱っこされている。
鼻をくすぐる匂いも、最近ではすっかり馴染んでしまった乙女ゲーム世界の匂い。
どうやら無事戻って来れたようにゃ。ありがとう創造神さま。
『キシリアはキシリアに戻ったにゃ?』
「ええ。本当にありがとう、イナバ。わたくし、貴方に一生かけて恩を返さないといけませんわ」
さっきまでの鬼畜鬼シリアとは天地の差だ。
洗練された振る舞い、女性らしい柔らかな口調。
微笑む姿はまさしく美少女だ。
『恩返しはしなくていいから、辛いことは忘れて好きに生きてほしいにゃ』
「好きに生きろと言うのなら、イナバを補佐するのがわたくしのやりたいことです」
『俺の補佐?』
俺はただの飼いネコで、ステラちゃんの使い魔みたいな位置にいる、はず。使い魔の補佐とはこれいかに。
疑問に答えてくれたのはステラちゃんだ。
「ついさっき空から光がおりてきてね、お告げがあったの。イナバちゃんとキシマさんどちらも聖獣。わたしとキシリアさまは、聖女としてサポートするようにって」
『俺が聖獣かぁ〜。出世したにゃー。……って、あれ? 鬼島さんもいるのにゃ?』
火葬から脱出するデスゲームorネコ転生を天秤にかけることになって、ネコを選んだのか。
ちぇっ。デスゲームにしてくれればよかったのに。生で見たかったぜ鬼島の脱出ゲーム。
『聞こえてるぞクソガキが!』
『ギにャアアーーーッ! みゃーーー! 助けてにゃーーーー!』
凶悪なツラをした白猫がタックルをかましてきた。さっきキシリアが入っていたときは大人しくてかわいいネコだったのに。鬼島になったとたんボスネコと化した。
鬼島ネコから連続ネコパンチが繰り出される。尻尾をかまれる。
キシリアが鬼島ネコの首根っこをつまみ上げた。
「キシマ! イナバに手を出したら許しませんわよ! それに。わたくしの姿で好き勝手振る舞ってくれたことのお礼をしませんと……わかっていますわよね?」
『ぎゃふ! 何しやがる小娘……』
キシリアのきれいなおめ目が座っている。まとう空気は絶対零度。ていうか鬼島が物理的に凍っている。(キシリアは氷魔法士にゃんだってさ!)
俺に対して言うお礼と鬼島へのお礼は、絶対中身が違うと思う。散々自分勝手なことをしてきたんだから、てひどいお仕置きをされてザマァだぜ。
クラウドがステラちゃんのもとにかけよる。
「ステラ、大丈夫か」
「はい。ありがとうございます。クラウドさま、アルベルトさま。このとおり。イナバちゃんは無事です」
「あー、コホン。いや。僕が聞いたのはステラのこともなんだが……まあいい」
ステラちゃんは相変わらずニブチン発揮中である。
クリスティア陛下が、ステラちゃんとキシリアの二人に手を差し伸べる。
「ステラ、キシリア。よく頑張りましたね。イナバも、もう一人の聖獣を助けてくれてありがとう。貴女たちを聖女・聖獣として迎えることができて嬉しいわ」
「も、もったいないお言葉です」
「わたくしも。もとに戻るために尽力していただき感謝いたします」
ステラちゃんとキシリアが恐縮しながら頭を下げる。陛下は初々しい聖女二人を楽しげに見つめる。
「ふふ。ハッピーエンドはけっこうなことだけれど。ちょっと困ってしまったわね。これまでの慣例だと、聖女は王か王子と結婚するのよ。我が国では一夫一妻制……。二人と結婚することはできない。クラウドに選んでもらうしかないかしら」
「は、母上! なぜ今そのような話を!!」
顔を真っ赤にして焦りまくるクラウド。両手に花じゃーん。
将来楽しみなステラちゃんか、正統派お嬢様キシリア。なんて贅沢な選択肢。
相手が王子でなけりゃヒューヒュー、って声が飛んできそうな空気を、キシリアがぶち壊した。
「申し訳ありません、陛下。わたくし一生かけてイナバに恩返しすると決めましたので、結婚は困りますわ」
「は!? いやまて、僕は今振られたのか!? というかネコに負けた!?」
『…………なんかごめんにゃー』
王子さま、公衆の面前でネコに敗北する。
打ちのめされて膝をついているクラウドに、追い打ちがかかる。
「わ、わたしも。まだ結婚なんて早いです……。ちゃんと今の学校を卒業したいですし、魔法の勉強も途中ですし。王妃なんて荷が重くて、つまり、その。すみません!」
ステラちゃんからもストレートにごめんなさいされて、クラウドが灰になる。
聖女二人に振られたクラウドに、母であるクリスティア陛下が特大なトドメをぶっ刺した。
「ふふ。だから言ったでしょうクラウド。王子という肩書がないと貴方を相手にしないわよって。身分がなくても選んでもらえるよう、もっと自分を磨きなさいな」
「くっ……。ぼ、僕だって本気でやれば誰もほうっておかな──」
「貴方の場合、明日から本気出すって言っていつまでも本気にならないでしょう。王になるものがそんな体たらくでどうするのです。今、本気で生きなさい」
言い争っているのが王族二人なため、誰も口論を止められない。
『どうでもいいが、いつまで俺を氷漬けにしておくつもりだーー!!』
体半分氷漬けにされた鬼島ネコの絶叫が、晴れた空のもとこだました。





