65 王子の苦悩と、選択
クラウドについていくと、大きなテーブルが真ん中に置かれた広間についた。
「ここは魔法士団や騎士団が作戦会議をするのに使う部屋だ。今なら会議の予定もないし空いている。てきとうな席にかけろ」
「は、はい。失礼します」
ステラちゃんが手近な椅子を引いて座り、その膝にキシリアが乗る。俺はテーブルの上でスフィンクスみたいに前足を伸ばして伏せる。
クラウドは隣に腰掛けた。
「それで、話というのは?」
「聖獣さまのことです」
ステラちゃんは緊張した面持ちで、トゥーランドットの屋敷でのことを話す。
異国の文字を習ったことのないはずのキシリアが、ネコになっている今、ヤマトの文字を解読できたということ。
このネコが聖獣で、キシリアと入れ替わってキシリアの中にいる男性が、聖獣の魂なのではないか。
クラウドは黙って最後まで聞いていた。
「クラウドさま。わたし、聖獣さまを見つけてここまでお連れするよう、陛下から命をいただきました。けれど今、キシリアさまと聖獣さまの魂が入れ替わってしまっている。どうするのが正しいのか、わたしにはわからなくて」
ジャンの手記が正しいなら、聖獣を神に捧げないとキシリアと鬼島をもとの体に戻せない。
聖獣をもとに戻すために聖獣を失うという、本末転倒なことになってしまう。
『魔法士団は、他の方法を見つけられたのでしょうか。叶うなら犠牲を出さずにお互いが元に戻れることを願うわ』
「……ステラ。キシリアはなんと言っている?」
「犠牲を出さない方法があるなら、キシリアさまも聖獣さまも元に戻りたいと」
キシリアの願いが難しいことだと、みんなわかっている。クラウドの表情はかたい。
「場合によっては、元に戻せないかもしれない。平和の象徴たる聖獣を失うのは国にとって痛手だ。確実に戻せる方法が見つからなかったら、そのときは、わかるな。キシリア」
『……その場合は、わたくしが、このまま聖獣さまとして生きるしかないと言うことですわね』
キシリアはミミをたらして、うつむいてしまう。
目の前に自分の元の体があるのに、一生ネコとして生きなければならない。そんなことにはならないで欲しい。キシリアは、ジャンの横暴に巻き込まれた被害者なのに。
「お前たちは、僕を冷酷だと思うだろう。王になるべきではないと。必ず助けてやると言えないのだから」
自嘲気味につぶやくクラウドの言葉を、ステラちゃんは否定した。
「そんなことありません。クラウドさまは、わたしが意地悪な子たちに石を投げられたとき守ってくださいました。カイトさんがガルガ蛇の毒で倒れたとき、エウリュ陛下に頭を下げて薬をもらいたいと願いました。クラウドさまは不器用なだけで、強くて優しいお心を持っている」
まっすぐに顔を上げて、ふわりと笑う。
「キシリアさまと聖獣をさまをどちらも救う方法が、きっと見つかります。わたしも探します。だから、悲しいことをおっしゃらないでください」
『ステラ……』
泣きそうになっていたキシリアが、ステラちゃんを見上げる。きっと大丈夫だと励まされて、キシリアも気持ちが明るくなったようだ。
クラウドは、自分のことを肯定されるとは思ってなかったのか、大きく目を見開く。
軽いノックの音が聞こえ、会議室の扉が開いた。
そこにいたのは、クリスティア陛下だ。
陛下は興奮冷めやらぬ様子だ。頬に赤みがさして、声が弾んでいる。
「ここにいたのねクラウド。ステラも、ちょうどよかった。朗報よ! ヴォルフから報告があったわ。ジャンが使った禁術の術式を見つけたって。これを応用すれば、キシリアをもとに戻せるかもしれないの!」





