64 一路、王城へ。
雨が降ってきた。
俺のヒゲがしっとり湿気を吸ってたれている。
キシリアはショックをうけて頭を抱え込んでいる。
『はああ…………まさか、わたくしが入っているこのネコが聖獣さまだなんて……。つまり、今わたくしの中にいる、あの粗暴な方が聖獣さまということでしょう? 何かの間違いであってほしいですわ』
「キシリアさま。まずは陛下に話しましょう。わたしたちだけで考えていても仕方ないわ」
『そうね……』
ステラちゃんに抱っこされて、キシリアネコは城に向かうこととなった。
ステラちゃんとキシリアが雨に濡れてしまわないよう、トゥーランドット伯爵がお抱えの馬車を用意してくれた。
座席がビロード張りでふかふかの、めっちゃ高価なやつ。ステラちゃんが畏れ多さに震えている。
「ひゃあああ、ここここ、こんな高価な馬車乗ったことないよ……! どうしよう。シートが濡れちゃったら弁償??」
『気負いすぎよステラ。貴女も貴族の養子になったらこれくらい当たり前になるわ。慣れておきなさいな』
「な、慣れるなんて無理ですようーー!! 普通の乗り合い馬車ですらほとんど乗ったことないのに! 傘を貸していただけたら、自分で歩きますーー!」
ステラちゃんの悲鳴をよそに、カロカロと車輪がまわり、馬が車体を引いていく。
御者の老人は進行方向を見ながら、うやうやしく言う。
「お客さま。旦那様からお嬢さまと貴女さまを無事お送りするよう仰せつかっておりますゆえ、どうぞそのまま座っていてくださいませ。お召し物が濡れてしまっては、風邪を引いてしまいます」
「えぇ?? つまりどういうことです?」
言われなれない堅苦しい言い回しに、ステラちゃんが目を白黒させる。俺もいきなりリムジンだのファーストクラスだのに乗せられたら気後れしちまう。
『ステラちゃん。リラックスリラックス。ちゃんと城まで送るから、座っていていいってさ。風邪引いたら大変だろ』
「そ、そうなのね。……御者さん、ありがとうございます」
キシリアはさすが上流階級のご令嬢。涼しい顔して座席で丸くなって寝ている。
ほどなくして馬車は城門前に停車した。
「お手をどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
馬車を降りるときに手を差し出されて、ステラちゃんが戸惑う。本当にエスコートするんだな。こんなシーン海外の映画でしか見たことねぇ。
俺はネコだから手を差し伸べてもらうなんてことはなく、自分で馬車から飛び降りて着地する。
「あの、傘は自分で持つので……」
「どうぞお気になさいませんよう。これも私どもの役目ですので」
「そ、そうですか。では、お願いします」
キシリアネコを抱っこして、ステラちゃんはいつもの門番のおっちゃんに声をかける。
「おや聖女候補のお嬢さん。今日も勉強かな」
「いえ、あの。クリスティア陛下に謁見願いたいのです。急ぎお話しなければならないことがありまして」
カチコチに固まりながら、ステラちゃんは用件を口にする。
「母上は今手が空いてない。話なら僕が聞こう」
クラウドが城から出てきた。
どことなくうつむきがちで、いつもの自信過剰な表情とは違う。暗いというかなんというか。
「ここではなんだろう。話をするならついてこい」
「はい。クラウドさま」
ステラちゃんはクラウドの様子に首を傾げたものの、言われるままあとに続いた。





