62 もしかして聖獣?
トゥーランドットのお屋敷に行くと、キシリアネコが半狂乱でとびだしてきた。
『シャアアアアアーーーー!! なんっなんですのあのひとおお!!!』
『にゃーー! なんで俺をひっかくにゃ』
「わああっ! 落ち着いてキシリアさま!!」
『イナバ!! あの人、貴方の元上司でしたわよね!?』
『そうだけど、いたいいたいいたい! 爪たてんのやめてーー!!』
ステラちゃんがキシリアを抱え上げてくれて、ようやくキシリアの爪から解放された。うう、俺の毛皮が……。
「キシリアさま、落ち着いて。お話聞かせていただいてもいいですか?」
『ああ、ごめんなさい、取り乱しちゃって』
来客用の部屋に迎えられ、メイドさんたちがお茶やらお菓子やら用意してくれる。キシリアの分は猫皿に盛られている。
テーブルの上に飛び乗って、キシリアは口を開く。
『今わたくしはネコでしょう? ネコのままでは言葉が通じない。お父様お母様とお話したいから通訳を頼んでいるのに、嫌だと言って聞いてくれないの。それにわたくしの体なのだから美容にも気を使うよう言ってもお風呂を嫌がるしこの世界の文字は読めないからって勉強もしないし』
『ごめんにゃー。あの人、ニンゲンだった頃から自分勝手で傲慢なんで、部下はみんな苦労してたにゃ』
『よく耐えられましたわね。尊敬に値しますわ』
キシリアがブチ切れて暴れたくなるのも無理はない。ていうか、鬼島の横暴さで病んだ新入りは何人もいる。
『ふぅ。話してスッキリしましたわ。それで、ステラとイナバはわたくしに何か用があったのかしら』
たっぷり愚痴ってようやく落ち着いたキシリア。ステラちゃんは、ジャンの手記を出して、得たばかりの情報をキシリアに話す。
キシリアをもとに戻すためには、聖獣を生贄にするよう書かれていること。
それから聖獣を犠牲にしない方法を探したいこと。
「キシリアさまは、聖獣さまについてなにか知っていますか?」
『そうね……。先代聖獣さまは小鳥で、その前の聖獣さまはペガススだった、という話を知っているわ。この世界にある全ての言葉を読み解ける、生ける英知。その知識でわたくしたちに平安のための知恵を授けてくれる』
キシリアは、ステラちゃんが得ているものより一歩踏み込んだ情報を知っていた。
俺は、聖獣って“便利な魔法で何でも叶えてくれるドラ○もんみたいな存在”だと思っていたけど、実際は全然違った。
乙女ゲームの世界だって、何でもかんでも魔法で解決するわけじゃない。
『ステラ。ジャンが書いた手記というもの、わたくしも読んでみて構いませんこと?』
「え、ええ。でもこれ、ヤマト文字で書かれているんですよ。だからカイトさんが翻訳を頼まれていて。キシリアさまはヤマト文字の勉強もなさっていたんですか?」
『学んでいませんわ。でも、文字以外にも、なにかヒントがあるかもしれないでしょう?』
キシリアに請われて、ステラちゃんは革製の冊子を開く。一ページ、また一ページ。
あの訳したページ以外のところは、一目惚れした日からの想いが隙間なく記されている。
紫のドレスがよく似合う可憐な天使。気持ちだけでもそばにいたくて、キシリアの名を持つ花を贈った。キシリアを嫁にしたい。どうすればモノにできるんだ。いっそ拐って駆け落ちを……と延々と綴られていてキモい。
『…………よく知らない殿方からこのような想いを向けられているのは、気持ちのいい話ではありませんわね』
キシリアは、ネコの姿でもはっきりわかるくらい嫌そうに顔をしかめる。って、あれ?
『キシリアにもこれが読めているのかにゃ?』
『これって、紫のドレスがよく似合う可憐な天使…………っていう意味のわからないポエムのことかしら。ふふ。あの無記名で届いた花、ジャンさんからだったのね。捨てておけばよかったわ』
ずっと閉じ込められていたから、キシリアのジャンに対する心証はゴキブリ以下になっていそう。キシリアの目が笑ってない。
『ええとーー。キシリアはヤマト文字の勉強していないんじゃなかったかにゃ? なんで読めたにゃ』
『あら、そういえば。どうしてわたくし、これを読めたのかしら』
この世界のあらゆる文字を知る………。もしかして、キシリアの入っている白ネコこそが、聖獣なんじゃないだろうか。
俺はその可能性を考えて、ステラちゃんを見上げる。ステラちゃんも同じことを考えたようだ。
「キシリアさま、もしかして……貴女の入っているそのネコちゃんが聖獣さまなんじゃ」
『……え? ということは、今わたくしの体に入っているあの人が、聖獣の魂……!?』
平和から一番遠いところにいるような鬼畜オッサンが聖獣。世も末である。





