59 書き残されていた、禁断の研究
なんだかんだでカイトの誘いに乗ったのは、のどが乾いていたからか、それとも他の理由か。
「それじゃあ、プライムベリーのジュースをお願いします」
「オレは追加で焼きチーズと、グリーンのアイスティーおかわり」
カイトの隣の席に座って、ステラちゃんはそわそわと注文したものを待つ。
ステラちゃんの前に、ベリーを搾った鮮やかな紫のジュースが運ばれてきた。
外気で滴がついたグラスを傾け、のどを潤して大きく息を吐く。
「はー、冷たくて美味しいー!」
「あはは。喉乾いてたの? そんなに汗かいてどこまで行ってきたのさ」
足元で控えていた俺とヤマネの前に、カイトが焼きチーズを細かくちぎって紙に乗せてくれた。うんま!
ヤマネも両手でチーズを掴んで食うのに必死になっている。
「祝福の丘まで行ってきたんです。先代聖女さまと聖獣さまが出会った場所なんだって、この日記に書かれていたから」
「なにそれ」
シルヴァの先祖が遺した手記は、紙が日焼けして古書店のようなにおいがする。ステラちゃんはその日記を大切に抱える。
「シルヴァくんの遠いご先祖さまは、先代聖女さまに執事として仕えていたから。そのご先祖さまの日記です。シルヴァくんの家系にずっと受け継がれてきたんですって。とても貴重なものなのに、聖獣さまの手がかりになればって貸してくれたんです。優しいですよね」
「へー……。執事クンは無害そうな顔してるくせに、そういうところでポイント稼ぐのかぁ」
笑顔でシルヴァのことを話すステラちゃんとは裏腹に、聞いていたカイトは面白くなさそうな半眼になる。
カイトとジャン、兄弟の年の差があるように思うけど、今の暗い表情はジャンと似ていた。指摘したら嫌がりそう。
カイトは飲んでいた緑茶を乱暴にテーブルに置いて、ニッコリ笑う。
「それよりさ、ちょっとステラに協力してほしいんだ。ライトの書いたこれは魔法についてなにか書かれているんだけど、オレは魔法の知識皆無だからさ。ステラはオレよりは学んでいるだろ」
「ええぇ!? そんな、わたしも勉強をはじめてそんなに経っていないです。それにわたし、ヤマトの文字は読めませんよ!?」
「学びはじめて間もないステラが魔法のこと全部わかるなんて、思ってないよ。わからないことはわからないでかまわないから」
カイトはジャンの屋敷から押収されたものの一冊、複雑な紋様が書かれたページを開いて、ステラちゃんにも見えるように寄せる。
「ここ。この一文なんだけど“●の魔法、魂の交換は●●の領域にて任意の者の心を……”文字が潰れたとこはわからないけど、これって今回の事件と関わりあるように思わないかい」
「………人の心を交換してしまう」
まさに今回キシリアたちの身に起きたことそのものだ。詳しく知りたくて、カイトの膝に飛び乗る。
『にゃ! 俺にも見せて』
「うわ、オレに泥をつけんなよイナバ!」
『にゃお! 俺はばっちくにゃい!』
週一でルークに洗われてるから、いうほどばっちくない。俺、ばっちくない。カイトの腕に前脚をかけて文面を覗き込む。
ふむ、ヤマト文字ってのは日本語をつぶしたみたいな文字だな。漢字率が高い。
『愛の魔法は創造神の領域にいくことで可能となる、任意の者に別の個体の魂を仮に入れる。反転させるには聖獣を神に──……まさしく鬼島さんとキシリアのことにゃ』
「い、イナバちゃん、これ読めるの!?」
「な、なに。なんか言ったのこいつ。オレにはニャーニャー鳴いてるようにしか聞こえなかったんだけど」
カイトには、やっぱり俺の声は届かない。ステラちゃんが普通に会話してくれるから、たまに人類と会話はできなくなったってことを忘れそうになる。
「今イナバちゃんがね、カイトさんの考えた通り、キシリアさまがかけられた魔法について書かれてるって。魔法士団の方に聞いたらここに書かれた詳しい方法わかるかも。カイトさん、魔法士団のところに行きましょう!」
「ちょい待ち。なんで子ネコがヤマト文字を読めんだ。しかもインクが濃くて潰れたところまで」
『年の功ってやつにゃ。だてに二十五年生きてきたわけじゃないニャ』
ふっふっふっ。ありがとよ神かもしれないじいさん。あんたのくれたチートスキルが役に立ったみたいだぜ。これでキシリア嬢を人間に戻せるかもしれない!





