52 賽は投げられた feat.女王クリスティア
執事見習いのシルヴァが、火急の話があると言い、ステラからの伝言を持ってきました。
それもわたくしとクラウド、そしてヴォルフだけにと、名指しして。
玉座の間では人の耳に入る危険があるので、執務室で聞くことにしました。
ジャンの屋敷を調べるに至った経緯、ジャンの弟のこと。順を追って包み隠さず話してくれました。
「そんな。本当に、ジャンが?」
「はい。使い魔のイナバを斥候として屋敷を調べたところ、キシリア・トゥーランドット伯爵令嬢の心を閉じこめた猫がいたそうです」
シルヴァはひざまずき、耳と尻尾をたれて淡々と話す。最初に冷静さを取り戻したのはヴォルフでした。
「……確かに記録によると、“ジャン・ブリッツこそが毒の売人を殺した犯人、キシリアも彼が禁術をかけた”という匿名の文書が寄せられている。だが、普段から“男爵が団長になるなど相応しくない”と嫌がらせの手紙も来ることが多かった。通報を受けた者はいつもの嫌がらせのだと判断して、書面を処分した」
「なぜ文書が送られた段階で情報を精査しなかった。その時点で行動に移していれば、もっと早くキシリアのことに気づけただろう」
クラウドが声を荒らげます。ヴォルフも、上官であるジャンが裏で手を引いていたなんて考えもしなかったでしょう。悔しそうにうつむいています。
わたくしはクラウドを手で制止しました。
「魔法士団やヴォルフを責めるのはおやめなさい、クラウド。わたくしたちただの人間からしたら、ネコにしか見えない。それがキシリアかどうか見分ける術などありません。聖女の力を持つステラと使い魔のネコ、双方が揃ってはじめてわかったことですよ」
「ですが母上」
「クラウド。あなたは目の前に数匹のネコを連れてこられて、キシリアがその中にいると判別できたとでも? 他人の失態を責めるのはたやすいけれど、いますべきことはジャンの捕縛と、キシリアを助けることでしょう。王になる立場なら、己のすべきことを見極めなさい」
少々強めに叱ると、クラウドは反論の余地もないとわかったのでしょう。唇を噛み、大きく息を吸うと宣言した。
「ヴォルフラム。現時刻を持ってジャン・ブリッツから魔法士団長の位を剥奪する。かわりに全指揮権をお前に委ねる。ジャンの捕縛とキシリアをいれたネコの保護を遂行しろ」
「仰せのままに」
ヴォルフは深く頭を下げ、退室する。
報告を終えたシルヴァも執務室を出ようとする。
「ああ、少し待って、シルヴァ。今回のことが落ち着いたら、ジャンの弟に、城に来るよう伝えてもらえるかしら。身を危険にさらしてまで貢献してくれた、そのお礼を授与しないとね」
「かしこまりました、陛下。必ず伝えます」
表情をやわらげて、シルヴァは帰っていった。
「さ、忙しくなるわよ、クラウド。ジャンの悪行を見抜けなかったのはわたくしたち全員の責任。玉座を預かるものとして、成すべきことをするわよ」
「はい。母上」
もうクラウドは甘ったれた子どもの顔をしていない。施政者として未熟でも、今の自分にできる最善を尽くすことでしょう。
この先クラウドの隣に立つのがステラなのかキシリアなのか、それ以外の誰かなのかはまだわからない。けれどきっと、この子ならいい国にしてくれる。
そのために、わたくしもできることをしましょう。
みんなでキシリアを助けるの。





