51 潜入ミッション、キシリア嬢を探せ!
カイトは馬もかくやな速さで夜の街を走り、あっという間に一軒の屋敷の前についた。キシリアの屋敷よりこじんまりとしているけど、さすが貴族の住まい。鉄柵に囲まれていて、広い庭園を有している。その奥にある建物は三階建て。
この屋敷のどこかに、きっと本物のキシリア嬢が。
「ここがブリッツ家の屋敷だ。使い魔とバレたらあいつに何されるかわからないから、気をつけろよ」
『任せるにゃ!』
柵の隙間から屋敷の敷地内に侵入する。
間もなく深夜と呼べる時間。けど今の俺はネコだから、暗くても困ることはない。
どこか窓なり勝手口なり、開いているところはないかにゃ。キシリアの屋敷なら使用人が出入りするあたりが開いていた気がする。
屋敷の裏にまわると、予想通り。鍵がかかっていない。木製の扉は軽く前足を突っ込んだら開いた。隙間に体をねじ込んで屋敷内に入る。
ジャンのニオイは、一度城で会っているからわかる。ニオイを辿ろう。キシリア嬢愛しさで事を起こしたなら、絶対手元においている。
人の口に戸は立てられない。万一にでも他人の目に触れたら、露見する。だからジャンの管理下にあって、誰も立ち入らないような場所だろう。
だいたいのひとが寝静まっている時間帯だから、使用人とすれ違うようなこともなく三階までついた。
奥の部屋、扉がうすく開いていた。そこからほのかに灯りが漏れている。
ジャンのニオイもそこから感じる。こっそり隙間から入って、クローゼットの隙間に身を潜める。
古めかしい重厚な書き物机の上に、ペット用の檻が乗せられている。その中に白猫が閉じ込められていた。
ジャンが、恋人を愛でるかのような表情で檻の中のネコを撫でまわし、独り言をいっている。
「ああ、愛しのキシリア。もうすぐだ。ステラが聖女になりさえすれば、貴女は解放される。あの無能な王子と結婚しなくて済む。それまでの辛抱だ」
ジャンが熱に浮かされるように、白猫に語りかけている。ぶっちゃけ気持ち悪い。ていうか、あのネコ、キシリア嬢なのか!?
鬼シリアが、「白猫を抱えた男がいた」と言ってたのはつまり、白猫にキシリア嬢を入れたってことか。
例えば元々白猫に転生して中にいたのは鬼島で、キシリアの心だけ手に入れるために交換したのか。
執念もここまで来ると怖い。ぞわりと毛が逆立つ。
「恨むなら貴女の父を恨んでくれよ。俺が何度も婚約を申し込んだのに、貴女のために魔法士団長にまで登りつめたのに、元庶民に娘はやらんの一点張り」
『にゃー、お父様を悪く言わないで。お父様はわたくしのことを思ってそうしたまで。お願い、ここから出して』
ネコになってしまったキシリア嬢の声が悲愴だ。お嬢様なのにあんなとこに閉じ込められて、粘着されて。かわいそうすぎて涙がでるぜ。
「もう夜も遅い。また朝、会いに来るよ、愛しのキシリア。おやすみ。良い夢を」
ジャンが手を引いて、檻に鍵をかける。南京錠みたいなやつだ。その鍵を首にさげ、寝室につながるであろう部屋にいってしまった。
『こんなとこに閉じ込められて、良い夢なんか見れるわけねーだろど阿呆にゃ!!』
ジャンに聞こえないのをいいことに言ってやる。
『だ、だれ!?』
俺の鳴き声に、キシリア嬢が怯える。ジャンが戻ってこないのを確認して、クローゼットから出る。机に飛び乗って、対面を果たした。
白くて毛がふわふわ、青い目のネコだ。
『あなたは?』
『俺はイナバ。ステラちゃんの使い魔にゃ。キシリア嬢を助けたいって言われて探しに来たにゃ』
『そう、そうなのね。イナバ。ステラがあなたをここに。ああ、この姿になって以来、彼以外と話したのは初めてよ。こんなに嬉しいことはないわ』
キシリア嬢は感極まって、泣いている。今すぐ助けてあげたいけど、この鍵じゃネコには開けられない。一枚扉を挟んだ部屋にはジャンがいる。
『あと少しだけがまんして。必ず、もとの人間の姿に戻してあげるにゃ』
『ありがとう、ほんとうにありがとう、イナバ』
ジャンに勘づかれたらまずい。ここに残していくのは気が引けるけど、いったん退却する。
さっきと同じルートで屋敷の外に出た。
柵のそばにある木の影からカイトが声をかけてくる。
「無事だったか」
『にゃー、待っててくれるとは意外だったにゃ』
はなから俺を待って、無事に送り返すつもりだったみたいだ。そのまま俺を抱えて、ステラちゃんの家まで連れて行ってくれる。
「また明日」
俺を家の前に下ろすと、カイトはまた闇に姿を消した。





