48 カイトを探しに
新聞社でカイトが辞めたと聞かされ、ステラちゃんは動揺した。
「カイトさん、辞めちゃったんですか? どうして急に。一昨日会ったときまで普通にしていたのに」
「…………俺にもわからん。昨日来ていきなり退職届を置いていった。“取材で殺されたらかなわないからもう辞める”なんて嘘くさいことを言ってな。何があったのか、ひどく思いつめた顔をしていた」
応対に出てくれたのは、カイトと一緒に入院していたおっさん、ジムだ。
記者の部屋はどの机も紙や写真が山積みになっていて、ぶっちゃけ汚い。どこに何があるのやら。
ジムは引き出しから紙を出すと、手早くどこかの地図を書いてステラちゃんに渡す。
「アイツは頑固でへそ曲がりだからな。俺が行ったところで正直に言うわけがない。お嬢ちゃんが行けば、本当のことを話してくれるかもしれん」
「……話してくれるでしょうか。カイトさん、わたしが会いに行って迷惑じゃないかな」
「迷惑なんて、んなこたねーよ。依頼という形で引き受けてくれ。何かを一人で抱え込みやがって。本当の理由も言わず仕事を辞めようとするバカを、連れ戻してほしい」
ステラちゃんは受け取った地図を握りしめて、頷いた。
新聞社の外で待っていてくれたシルヴァと合流して、地図に書かれた場所に向かう。
ジムがくれたのはカイトの住所らしい。ステラちゃんは地図を見ながら西地区のアパートメントの並びを歩く。
「カイトさん、どうしていきなり辞めたのかな」
「ボクには想像もつきませんが、何かよほどの事情があるのでしょう」
『うーん…………』
カイトは一昨日ステラちゃんに会ったとき、売人が毒殺されたことを気にしていた。職業柄、犯人を探そうとするだろう。何かとんでもない秘密を握ってしまったとか、まわりに危険が及ぶようなことに巻き込まれたとか。
カイトは、自分はどうなってもいいけどまわりは巻き込みたくないという性格に見える。何者かに襲撃されたときも、繁華街から人気の無い公園に逃げ込んだことからもうかがえる。
『もしかして、カイトは黒幕と接触したのかにゃ。そこでバラしたらまわりの人間を殺すと脅された』
「もしイナバちゃんの予想が当たっていたら、カイトさんは今、危険な状況にあるんじゃ……」
「イナバの予想?」
シルヴァには俺の声は聞こえない。ステラちゃんが翻訳して伝えてくれる。
「……その可能性はゼロではないと思います。ボクだって、バラしたら家族に害をなすと言われたら、まわりから距離をおいて一人になる道を選びます。でも、これはまだ仮定に過ぎない。本人に会って話を聞くしかないですね」
「うん」
たどり着いたのは、市街地にあるアパートメント、木造の古びた建物だ。
年季が入っているけど造りはしっかりしている。
ノックをして待っていても誰も出てこない。扉の向こうからはなんの音も聞こえない。
「留守なのかな」
「夕食時ですから、お腹が空いてどこかに食べに出ているかもしれませんよ」
そう言ったシルヴァの腹の虫が盛大に鳴く。
腹が減って食事が欲しいのはシルヴァの方だろう。シルヴァは顔を真っ赤にして、ごまかし笑いする。
ステラちゃんは扉に背をあずけると、膝を抱えてそこに座り込んだ。
「わたし、カイトさんが帰ってくるまでここで待つわ。カイトさんが何か事件解決の糸口を見つけているなら、わたしもできることをしたいもの」
「ステラさん。もうすぐ日が暮れるし、女の子が夜外にいるのは危ないです。家に帰っていてください。ボクがここでカイトさんを待ちます。カイトさんが来たらステラさんを呼びに行きますよ」
シルヴァが気を利かせてくれるけど、ステラちゃんはうんとは言わない。
「いい。わたしが自分で待つ」
ステラちゃん、わりと頑固だ。
護衛のシルヴァがステラちゃんを置いて帰れるわけもなく、一時間、二時間とこの場にとどまり続ける。
夜になり、あたりの魔法光の街灯が灯り始めても、カイトは帰ってこないし、ステラちゃんは動かない。
「今日はもう帰ってこないかもしれません。明日また来れば…………」
「シルヴァくん、無理してわたしのわがままに付き合うことないわ。わたし一人でもここで待ってみる」
もうすぐ、深夜と言ってもいいくらいの時間になる。夜風も冷たくなってきた。
こくりこくりとときおり船をこぎながら、それでもステラちゃんは帰ろうとしない。
『ステラちゃん。ステラちゃんだって何者かに狙われているかもしれない身なんだにゃ。こんな時間に外にいるのは危ないから、シルヴァの言うとおりいったん帰ろう。また明日来よう』
提案しても、イヤイヤと首を横に振る。
「…………もうそこは引き払ったから。何日待ったって誰も帰ってこないよ。それでも待つの?」
呆れたような声音が、屋根の上から降ってくる。
ステラちゃんはその声に、弾かれたように空を見る。
真っ黒な着物に身を包んだカイトが、屋根の上で片膝をついてこちらを見下ろしていた。





