47 辛いことや苦労は分け合おう
「──ということになる。ここまででわからないところはあるか?」
「大丈夫です。アルベルトさま」
「では次に高位魔法習得について……」
カイトの進言がとおり、ステラちゃんの授業は魔法士団の訓練施設ではなく、ステラちゃんの家で行われることになった。
そんなわけで、現在リビングのテーブルには魔法書や羊皮紙が積まれている。
授業が始まって二時間は経つ。ステラちゃんは真剣な顔で、羊皮紙にペンを走らせている。
授業の邪魔をしちゃだめだとママさんから言われて、俺たち猫一家とヤマネは立入禁止を言い渡されている。
だめと言われても気になるから、俺とヤマネは玄関の影からこっそり見守っている。
弟たちは早々に飽きて、庭のキャットタワーで遊んでいる。ルークとパパさんが手作りしてくれた、木製のタワーだ。
爪とぎにもなるし、ママンとパパンにも好評である。
アルベルトの魔法授業を聞いて、ヤマネが目を輝かせながらフルーツピックを振り回す。
『いいなぁステラは魔法が使えて。オイラも魔法士になってバリバリドーーンって魔法を使いたいぜぃ!』
『はいはい。使えるといいにゃー』
魔法士と名乗ったりヒーローと名乗ったり、なんとも忙しい中二病だな。
伸びてあくびをすると、風にほんのり雨の匂いがまじった。今にも降り出しそうな空だ。
「ほら、お前たち、家の中に入ってろよ。降ってきたら濡れるぞ」
大きな紙袋を抱えたルークが肘で扉を開けて、俺たちを中に入れてくれる。さすがお兄ちゃん。ペットに対しても面倒みがいい。
「母さん、ただいま。頼まれてたもの買ってきたよ。黒パン六つと燻製肉」
「ありがとう、ルーク」
ママさんは紙袋を受け取って、キッチンに持っていく。二人のやり取りを見て、アルベルトは魔術書を閉じる。
「もうそんな時間か。今日の授業はここまでにしよう」
「わかりました。ありがとうございます、アルベルトさま」
席を立って、ステラちゃんは深々頭を下げる。
学校帰りなのに、座学でぶっ続け二時間できたステラちゃん、すごい集中力だぜ。俺なんか途中寝てたのに。アルベルトはさっさとトランクに魔法書を詰める。
「先生。娘に勉学を教えていただきありがとうございます。ご迷惑でなければ、うちで夕食を召し上がっていきませんか?」
ママさんがお誘いするけれど、アルベルトは首を左右に振る。
「いや。私はこのあと上官に仕事の報告をしないといけないから、これで失礼する。ステラ。今日学んだところは復習しておけ。次回は実習をしてもらう」
返事を待たず、アルベルトは家を出ていく。
愛想も何もない様子に、それまで黙って控えていたシルヴァが肩を落とす。
「全くもう。ソラは頭がかたいんだから。……アイナさま、気を悪くしないでくださいね。彼はいつも言葉足らずなんです。夕食の支度ならボク、お手伝いしますよ。何かすることはありますか」
「ありがとうシルヴァくん。もうできていて、あとは盛り付けるだけなの。シロウとルークを呼んできてもらえるかしら」
「かしこまりました」
アイナはママさん、シロウはパパさんの名前だ。
シルヴァは軽く頭を下げてパパさんとルークを呼びに行く。
勉強道具を片付けてテーブルを拭いて、ステラちゃんは家の外に出た。俺もそっとついていく。
キシリアに魔法をかけた犯人の特徴、二十代半ばから三十くらいの男。ステラちゃんを介して魔法士団に伝えてもらったけど、まだ捕まっていない。
だから家の近くでも、ステラちゃんを一人にするのは良くない。
五月だから日中は温かい。でも夜はやっぱり少し冷え込む。冷たい外気が俺の毛をなでる。
ステラちゃんは月を見上げて、大きく深呼吸した。
「ふーー。魔法ってまだまだ学ぶことがたくさんね」
『ステラちゃん、おつかれにゃ』
「ありがとう。今のわたしにできることって、まだ少ないから。たくさん勉強して、はやく魔法を使いこなせるようになって、聖獣さまを見つけて、キシリアさまを助けたいわ」
思いを語る横顔は、どこか不安そうだ。
聖女になるために頑張る、何者かに狙われている、一から魔法を学ぶ。十五才の女の子が全部背負うには重たい。
『ステラちゃん元気だすニャ。パパさんもママさんもルークも応援してる。俺たちネコ家族とシルヴァとアルベルトだって、応援してるにゃ。ステラちゃんがひとりで全部を背負う必要はないにゃ。ネコの俺が言っても説得力ないかもしれないけど、分け合うにゃ』
会社や学校は、一人に仕事を全部背負わせたりしない。分担して適材適所で割り振る。仕事も、ひいては社会もそうやって成り立っている。
社会人をやってた俺はそう思う。
ステラちゃんの不安に思っていることは、分け合えることなら俺たちだって背負う。
『不安なら明日、カイトにも協力お願いしてみるにゃ。あいつは記者だから、きっと騎士団や魔法士団も知らないようなすんごい情報持ってるにゃ』
「ふふ。そうね。そうしてみる。明日、カイトさんに会いに行きましょう」
俺たちが家に入ると、それを待っていたかのように雨が勢いよく降り出す。
そして翌日、俺たちは新聞社で思いもよらないことを言われた。
カイトは新聞記者を辞めた、と。





