46 悪魔の取引 feat.カイト
ステラをデートに連れ出した夜。
オレは空き家の屋根に乗り、裏路地を見渡す。
空が雲に覆われ、月も出ない夜だ。とても薄暗い。
裏の人間は、こういう闇を好む。マクベを殺した人間を探るなら、ここを見張るのが一番だ。
マクベを殺した犯人なら、マクベが持っていたであろう顧客リストを始末したいだろう。オレたち新聞記者を襲撃した奴らを雇った張本人。
しばらく見下ろしていると、足音を殺した人影がマクベの隠れ家に近づいた。女ではないだろう。
人影は背が高く肩幅も広い。まるでシノビのような歩き方だな。常人はここまで完璧に足音を消せない。
人影がドアノブに何やらカギを差し込んでまわす。
カチリと、鍵が開く金属音があたりに響く。
今は深夜。夜中の一時だ。このあたりの住人はとっくに眠りについている。マクベは死んだ。ならこいつは何者だ。
死んだマクベの家のカギを持つ者。
ステラに害をなすかもしれない者。
あの笑顔を、拗ねた顔を傷つけるなんて許せない。
さすがにこんな時間に騎士団の巡回はない。救援を呼んでくる間に、こいつは情報を抹消して逃げるだろう。
オレがこの手で捕まえるしかない。
男が家に入る後ろ姿をつける。足音を立てないよう地に飛び降り、半開きの扉に背をつける。
侵入者は、光魔法を込めたランタンを持って、テーブルや引き出しを探っていた。
男が深くかぶっていたフードから、ちらりと見えた顔には見覚えがあった。
「あ…………兄貴?」
そこにいたのは……十五年前、エスペランサの貴族に養子縁組された兄だった。クジョウ家を出て、それきり音信不通になっていた。
「兄貴。ライト兄。なんであんたがマクベの隠れ家に」
「俺はもうライトではない。貴族の跡取りだ。敏いお前なら、言わずともわかるだろう、カイト」
暗がりの中、兄貴が幼子を諭すような声音で笑う。
兄貴がマクベの隠れ家の鍵を持ち、ここの情報を抹消しに来た理由。そんなの、一つしかない。考えたくもなかった。
「兄貴がやったのか。キシリアに魔法をかけたのも、オレたち記者に刺客を放ったのも!」
「あぁ」
「大人しく出頭してもらえるとありがたいんだけどね」
「無駄無駄。あいつらが俺を疑うことなんてないさ。貴族の人間の寄せ集めだぞ。貴族と庶民、どちらの言葉を信じると思う。お前の言葉なんて世迷い言だと鼻で笑われる」
オレがクナイを構えているというのに、兄貴はそこかしこに積まれた紙の山をひっくり返して何か探している。顧客リストを処分するつもりか。
「そうだ、カイト。お前、記者だと言ったな。情報を探すならお手の物だろう? ここで再会したのも何かの縁だ。俺に協力する気はないか」
「は?……な、何を言って………」
兄貴の顔には、オレが断るはずないという自信が見える。
取材で会うことの多い、他人を蹴落とすことに慣れた人間の目だ。故国にいた頃は輝いていた兄貴の瞳が、ひどく濁って見える。
「なぁカイト。お前、聖女候補のステラに気があるんじゃないか。あの子はお前を助けるために危険な森に向かったんだからな。惚れないわけないよな。俺がお前に有利になるよう口添えしてやろうか?」
久しぶりに再会したというのに、犯罪に手を染めた兄に、協力を請われる。しかもこんな、人の心を踏みにじるような取引を持ちかけてくるなんて。
シノビの先達として尊敬していたオレの兄は、もうどこにもいないんだ。
「オレは…………」





