43 平穏な日々の裏で、進む捜査
ステラちゃんとカイトは、ただいま服屋で買い物中だ。やぶけたスカートの代わりを買うって言ってたもんな。
ペットを連れ込んではいけません! と店員に怒られたので、俺とヤマネは外で待機だ。出窓の枠に座って街並みを眺める。
はー。良い天気で眠くなるぜ。うとうとしていると、どこかヴォルフラムに似た金髪美女が通りかかった。あれ、この人鬼シリア宅の方から歩いてきた?
飾り気のないシンプルなワンピースなのに人目をひく。姿勢が良く、シャープなアゴと赤い瞳が印象的。
何を考え込んでいるのか、眉間にシワを寄せ、服屋の前で立ち止まった。
「やっぱりおかしいですわ。キシリアはあんなふうに振る舞う子では無かったのに。お兄様の言うとおり、何かあったのは間違いない……」
『おいイナバ、この姉ちゃんキシリアっつったぞ! キシリアってあれだろあれ。ステラと一緒に選ばれた、もう一人の方の聖女候補』
『そうだにゃ』
ヤマネが美女を横目で見ながら、つんつんつついてくる。
魔法士団がキシリアを助ける方法を探すって言ってたから、この子は魔法士団員かな。
なにかキシリア嬢をもとに戻すためのことわかったのかな。
『にゃー! そのこと詳しく教えてにゃー』
大声で話しかけても気づかれやしない。
美女は近くのベンチに腰掛けていた青年に話しかける。
「お兄様」
「……どうだった、ベルジェ」
庶民と変わらない服装をしているけれど、それはヴォルフラムだった。美女と似た赤い瞳が、あたりを警戒するように視線を動かす。
「間違いありません」
「そうか。面倒なことをまかせてすまないな」
「いいえ。協力してくれれば良いのですが」
面倒なこととはなんだろう。
協力とはなんだろう。聞きたくても会話はできない。
「おまたせ、イナバちゃん、ヤマネちゃん。見て、このスカート似合うかな」
ステラちゃんとカイトが、買い物を終えて出てきた。
いつもの服とは雰囲気が違う。腰のところがコルセットになっているロングスカートだ。藤の花を思わせる薄紫で、揃いのベレー帽がよく似合っている。
『大人っぽくて似合うにゃー』
『おー。いいんじゃねえか?』
女の服はまず褒めろ。妹を持つ兄としての教訓だ。
「なんて言ってるんだ?」
「大人っぽくて似合うにゃー、って」
「オレが見立てたんだから似合って当たり前だっての」
なんと、この服はカイトの見立てだったのか。ステラちゃんは口元に手を当てて笑う。
「ふふ。ありがとうございます。でも、カイトさんの口から褒め言葉が出るなんて、変なの。最初はチビだの女の子らしさが足りないだの、さんざん……」
「あーーっと。あんときは悪かったって。そこまで根に持たないでくれよ。ほんと、ごめん」
弱り果てたカイトが謝りたおす。人は変われば変わるもんだなぁ。もしくは惚れた弱み。
反省しているようだし、謝っているから、ステラちゃんももう怒るのはやめにしたようだ。店の正面を見て、ヴォルフラムに気づいた。
「……あら? ヴォルフラムさま? こんにちは。珍しいところでお会いしましたね」
「あ、ああ。君はそこの彼と買い物か?」
「ええ。お兄ちゃ……兄が、根を詰め過ぎだから、息抜きしてきなさいって」
もしかして内密な捜査だったのか、ヴォルフラムは帽子のつばをつまんで目元を隠すよう深くかぶりなおす。
「ステラ。たぶん機密な捜査の最中」
カイトが小声で耳打ちすると、ステラちゃんははっとして、勢いよく頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。ええと、もうこれで失礼しますね。いきましょう、カイトさん」
「ああ」
カイトもヴォルフラムとその妹さんに会釈して、その場を離れる。俺とヤマネもステラちゃんについていく。
二人は大通りの真ん中にある、噴水の縁に腰掛ける。パトロールなのか、騎士が何人か、裏路地の方に歩いていく。
「参謀のあの変装は、キシリアについて、表立っては調査できないからだな。貴族の屋敷を調べるには新聞記者か貴族でないとできないことだし。ガルガ毒の販売ルート捜査は騎士団の管轄かな」
「あのあと、なにかわかりました?」
「いいや……」
毒のこともキシリアの異変も他人事ではないから、ステラちゃんは顔を曇らせる。
カイトは困ったように目を細めて、囁いた。
「…………このことは他言無用だよ、ステラ。あの売人は、獄中でガルガ毒をあおって死んだらしい」





