38 薄暗い檻の中で feat.???
『ここから出して、お願い』
いくら声高に叫んでも、わたくしの口からは人の声が出ない。どうしてこんなことになっているの。
人の姿をなくし、薄暗い部屋の鉄製の檻に入れられて、何日経ったかしら。
ここはどこかの屋敷の一室。窓には分厚いカーテンがかかっていて、外の様子はうかがえない。景色さえ見ることができたなら、少しは自分の置かれた状況を推測できるのに。
「ああ、君は今日も可愛いね。食べ物を摂らないと体が持たないよ。お食べ」
成人した男性が、檻のすき間から中に手を差し入れて、ほぐした焼き魚の皿と、水の器を置く。
目深にフードをかぶっているから、声と手の骨格で男性だとわかるだけ。知らない体になってしまって以来、わたくしはこの人の手で保護されている。
何も食べないと死んでしまう。水を飲むため器に近づいて、そこに映る姿は白い子猫。
どうしてわたくしはネコになったのかしら。理由はわからない。
この方はわたくしをただの野良猫だと思って拾い、飼ってくれている。
せめてわたくしの名前と、本当は人であるということを伝えることができたなら、事態は好転するのかしら。でも、動物の言葉を聴くのは聖女にしかできない。
わたくしか、ステラのどちらかだけ。
ステラに会えたなら、わたくしの状況を伝えられる。魔法士団に助力を願うこともできるはず。
『お願いです。外に出して。わたくしはキシリア・トゥーランドット。助けてくださったことにはお礼を言います。けれど、わたくしはずっとここにいるわけにはいかないのです。聖獣さまを探すつとめを果たさないと』
口から出るのは人の声ではなく、ネコの鳴き声。
「……さま、お手紙が届きました。至急読むようにと言伝をもらっています」
「そこに置いておけ」
扉の向こうから若い女性の声がして、足音が遠ざかっていく。男性は扉を薄く開けて手紙を取ると、すぐにまた扉をしめて鍵をかける。
テーブルの引き出しからペーパーナイフを出して封筒を切る。見覚えがある封蝋が一瞬見えた。
男性は手紙を流し読みすると、舌打ちして破り捨てた。
「チッ。マクベの馬鹿が、しくじったか。捕まりやがって。口を割られる前に始末しないと」
しくじった? 何を?
始末?
男性のフードの下からは、不穏な単語が次々に飛び出す。何かとてもよくないものを目の当たりにしてしまった気がする。
「ああ、怖がらせてしまったね。大丈夫。一年だけ、ここにいてくれればもとに戻れるから。さ、おれは仕事に行かないといけないから、おとなしくお留守番していてくれよ? キシリア」
『な……!?』
ネコであるわたくしの言葉がわかる人間なんて、ステラ以外にいない。
わたくしがネコになってしまったこと、それもこのネコになっていると知っている者がいるとしたら、ただ一人。
──わたくしをネコにした張本人だけ。
血が凍るような錯覚を覚えた。
何が目的なの。
なんとかして逃げないと。ステラのところに行かないと。このままここにいたら、わたくしはどうなってしまうかわからない。
部屋を出ていく男性の後ろ姿を見て、心に誓った。





