33 毒を売る闇の人が現れた!
俺たちはクラウドの班と合流するため、岩場の道を戻る。アルベルトが体力なゲフン。休み休みいくから、三十分ロスしてしまったが、合流予定地点までたどり着いた。
岩の丘を下りきったところに三人の姿が見える。
「あ、いた! シルヴァくーーん! クラウドさまー! リリーナちゃーん!」
ステラちゃんは大きく声を上げて手を振る。
三人は森の方を向いていて、シルヴァだけ声に反応してこちらを見あげた。
「 !」
距離があるから何を言っているか聞こえない。
聞こえないけど、青ざめた顔でなにか言っている。
よく見れば三人とも、武器を手にして臨戦態勢だ。ここから見えない位置に、魔物がいる?
「ど、どうしたのかな」
ステラちゃんが不安そうにつぶやくと、シルヴァをじっと見ていたアルベルトが口の動きから言葉を読み取った。
「あいつ、“きちゃ、だめ、にげて”と言っている。下でなにかあったようだ」
「なにか?」
答えを探るために、ソーマが三人のもとに飛んでいき、三回旋回して戻ってきた。
ソーマが口早に伝えた鳴き声を、ステラちゃんは震える声で訳す。
「見たことのない人間に襲われている、毒を奪いに来たって」
「そうか。ならば行くぞ。敵がやる気なら三人より五人のほうがいい。人間相手に戦うことになるかもしれないが、怯むなよ、ステラ」
「は、はい!」
二人は大きな段差を飛び降りて、仲間のもとに走った。
「みんな、大丈夫?」
「ステラさん、ソラ! なんで来たんです!」
シルヴァが動揺して声を上げる。
咎めるような視線をアルベルトは無視した。魔法書を手にして戦列に加わる。
目の前には黒いローブを着込んだ人物が一人。フードを目深にかぶっているから顔はわからない。
「殿下、状況は」
「アルベルト、ステラ。よく戻ってくれた。この男が、蛇を置いて帰れと命じてきてな」
剣を黒ずくめの者に向けながら、クラウドが端的に答える。
リリーナも緊張した顔で弓の弦を引いて、すぐにでも矢を放てる姿勢を保っている。
「このヒト、血と毒のニオイ。気をつけて」
忠告を受け、ステラちゃんはコクリを頷いて杖を構える。
ローブの男はたった一人。なのに、五人を前にしても焦る様子はない。それどころか、低く笑う声が聞こえてきた。
「ガルガ蛇の毒はアタシの専売よ。他にライバルがいないから高値で売れるの。他人の商品に手を出すんじゃないわよ、お嬢ちゃんたち。その蛇を諦めてくれない?」
声は男特有の低いバリトン、口調は女のようだ。鼻にかかるような猫なで声が妙に似合っている。
ローブの男はその蛇、とリリーナが腰に下げている皮袋を指す。
カイトを苦しめている毒が裏で取引されている。その事実を聞かされ、ステラちゃんは怒り心頭だ。
「う、売るって……その毒で苦しんでいる人がいるのに!! なんで毒蛇を売るの!?」
「ガルガ毒は人間の国に治療薬がない。つまりは確実に殺したい相手を毒殺できるの。欲しがる人間は星の数ほどいるわよ」
ローブのスリットから、先端に弓がついたライフルが出てくる。クロスボウってやつだ。
モンスターを狩るゲームでしか見たことねーぞあんなん! ってここゲーム世界だったな。
「今なら見逃してあげる。ママの所に帰りなさいな、ボウヤ。従わないなら、痛い目見るわよ」
「そんな安い脅しに従うと思うな!」
クラウドが魔法の風を呼び、男に向けて術を放つ。
風が男に当たるより速く、銀の矢がクラウドのほほを掠めた。
こいつ、脅しではなく、本気でみんなのことを殺すつもりだ。
魔法の強風が男のフードを取り払う。
フードの下からは紫色の短い髪が現れた。
痩せ型で長身、右のもみあげのところだけ髪が長めで三つ編みになっている。
「さ、ボウヤ。蛇を置いてお家に帰る気になった? 変な真似したら、そこのお嬢ちゃんから殺すわよ」
男は新たに矢をつがえて微笑む。
矢の先端を向けられたステラちゃんは、つばを飲んで一歩後ずさった。
アルベルトは冷静さを崩さずに、男に問いかける。
「ガルガ蛇を売っていると言ったな。お前がカイトに毒を盛ったのか? それとも他に毒を欲する首謀者がいるのか」
「カイトってのが誰だか知らないけど、吐けと言われて、依頼主の名前を吐く人間がいると思って?」
普通なら言わない。男も言うつもりはないと顔に書いてある。バカにしたように鼻を鳴らす。
『ステラちゃん。はやくしないと日が没む……』
「う、うん。どうしよう」
こうして男と対峙している間にも時間は進む。
太陽が西に傾いていく。
エウリュさまの決めた刻限が、目前に迫っている。
シルヴァは敵を見据えたまま、小声でステラちゃんに言う。
「ステラさん。リリーナさんと一緒に行ってください。ここはボクたちが食い止めます」
「で、でも」
「急いで。カイトさんを助けないといけないでしょう」
刻限までに戻らないと薬を作ってもらえない。
カイトの命を救うには、行くしかない。
俺はステラちゃんの肩から飛び降りて、紫の男の顔目がけて飛びかかる。
『にゃーーーー! ステラちゃん、行くにゃ!! 俺も、できること少ないけどがんばるから、行って!』
「きゃーーーー! な、なに、猫!? ちょ、痛いっ! アタシの美肌に爪立てんじゃないわよ!」
男はネコが飛びついてくるなんて想像してなかっただろう。目を塞がれて悲鳴をあげる。
「……っ。ありがとう。ここはみんなに任せて行こう、リリーナちゃん!」
「ウン!」
「あ!? ちょ、どこに行くつもりよガキども!」
二人が逃げたのに気づいて、男が声を荒らげる。
『このオカマめ! ステラちゃんたちを追わせないにゃーーーー!』
俺はガッチリと顔をホールドする。
ステラちゃんがリリーナと走っていくのを見届けて、俺はもう一度、男の顔面に爪をおみまいした。





