32 落ちる落ちる、落ちていく。俺の運命やいかに。
俺氏二度目の人生終了のお知らせ。
ありがとうパパンママン、ありがとうきょうだい。
俺、このまま墜落死して天に登ることになりそうだよ。
と思ったが、いつまで経っても痛みはやってこない。
落下するときの心臓がヒヤリとするあの感じもないし、息もできる。
『にゃ、あれれ? おかしいにゃ、俺、死んでない』
うっすら目を開けたら、ずっと下の方にステラちゃんが泣いているのが見えた。アルベルトはステラちゃんと一緒にこっちを見上げている。
そして俺の耳元ではでかい羽音がしている。
背中を、とんがった鉤爪で掴まれているのだ。
『クァクァ。ソーマ、ネコつかまえた』
『マジかよソーマ! やるじゃんソーマ!』
俺の命の恩人二号はトンビだった。
決めた。今日から俺は、トンビをリスペクトするわ。
ソーマがゆっくりと、アルベルトのもとに下降していく。
俺はせっかく収集したアンチドーテを落とさないよう、しっかりと前足と後ろ足でホールドする。
ステラちゃんが差し伸べてくれる手に飛び込んで、俺は奇跡の生還を果たした。
「イナバちゃーーーーん! ぶじでよかった、よかったようううぅーーー!」
『ステラちゃん、やったよ俺! って、シメないでステラちゃん!! 俺氏ぎぶぎぶぎぶグエ!』
感動のあまりのハグはいいんだけど、力加減間違えてるから意識が遠くなるぜちくしょう。
「あああ!! ごめんねイナバちゃん。イナバちゃんが無事だったのが嬉しくてつい! それに、アンチドーテの花も!」
ようやく解放され、俺はステラちゃんに戦利品を渡す。
『いいってことよ。パパンやママン、きょうだいを助けてくれた恩は、これくらいじゃまだまだ返し足りないぜ』
「ふふっ。じゅうぶん返してくれているよ」
ニヒルに言ってみるけど、子猫だからサマにならねぇ。ソーマは俺をステラちゃんに投げたあとはアルベルトの腕にとまって、羽を手入れしている。
「ソーマ、良くやった。帰ったらご褒美をやろう」
『クァクァ。ソーマよくやった。ゴホウビ、ネズミたべたい』
ソーマがおねだりしたご褒美、ヤマネがここにいたら真っ青になって逃げだしてるな。
「……なんと言っているんだ?」
アルベルトはソーマをとまらせた腕を下げて、ステラちゃんに聞く。
「ええと……。ごほうびにねずみをちょうだい、だって」
「そうか。そういえばステラはネズミも飼っていたよな」
「や、ヤマネちゃんは駄目ですよ!? 大事な大事なうちの家族だから、食べないでください!!」
真顔で言われて、ステラちゃんの目に再び涙が浮かぶ。必死になって訴えるその姿を見て、アルベルトは腹を抱えて笑い出す。
「ぷっ、あはははは。冗談だ。本気にするな。ネズミは研究棟に実験用のがちゃんといるから、いつもはそれをやっている。ステラの使い魔には手を出さないから安心しろ」
からかわれただけだとわかって、ステラちゃんはふくれっ面になる。
「もうっ! からかわないでくださいアルベルトさま!」
「ははは。すまない。ほんとうに動物が好きなんだな、ステラは」
これまでの貴族然としたアルベルトではなく、年相応の、少年のような面がかいま見えた。もしかして、これが素のアルベルトなんだろうか。年近い女の子をからかっちゃう、子供みたいなアルベルト。
「まったくもう。……でも、ちょっと安心しました。貴族のみなさまは、わたし達庶民とは一線引いているところがあるように思っていたんです。けど今のアルベルトさまは、わたし達と何も変わらない男の子のように思えて。なんだか嬉しくなっちゃいました」
「は……? おれが同じ?」
虚をつかれて、アルベルトは声を失った。目をぱちくりさせて、ステラちゃんを見返す。
ステラちゃんは来た道を引き返すため、アルベルトの袖を引く。
「さあ、アルベルトさま。早くクラウドさまたちと合流しましょう。この花を見せたら喜んでくれるわ」
「あ、おい待て。引っ張るな、こら!」
心なしかいつもより明るい笑顔で、ステラちゃんは軽やかな足取りで歩き出した。





