29 暗躍する何者か feat.ヴォルフラム
陛下の要請を受け、私は妹フランベルジェを連れて病院を訪問した。
私もベルジェも私服だ。ベルジェの腕には、匂いのない素朴な花の花束が抱えられている。
「手伝わせてすまないな、ベルジェ」
「かまいませんわ、お兄様。友人のお見舞いをするのは、わたくしたち貴族であっても至極当たり前のことではありませんか」
「ああ、そうだな」
そう。これは襲撃者を欺くためのカムフラージュ。
魔法士団の制服をまとい部下を同道させれば、どこからどう見ても魔法士団直々の調査隊だ。
入院中のカイトの友人であることを受付の者に伝え、病室を教えてもらう。
案内されたのはクジョウ・カイトとジム二つの名札をさしてある部室だ。
奥のベッドに黒髪の少年が横たわっていて、顔色がひどく青白い。
この眠っている少年がカイト。黒髪ということは東方の国ヤマトの民か。それ以外はどこにでもいる普通の少年に見える。
少年のベッドサイドの椅子には、中年の男が座っていた。
男は背中を丸めぼんやりしていたが、私たちに気がつくと、ハッと顔を上げた。
「あんたたちは?」
「我々はカイトの友人……ということにしておいてくれ。ベルジェ」
「はい、お兄様」
ベルジェは花束を男に渡すと、周りに人がいないのを確認してから扉をしめ、背を預ける。
「俺たちになんの用だ」
男は明らかに警戒した声音で腰を浮かせ、ベルトにさしていたナイフに手を伸ばす。
「私はヴォルフラム・ヒンターハルト。魔法士団参謀だ。そちらは妹のフランベルジェだ。あなたはカイトの上司か。襲われたときの話を聞かせてくれ」
犯人の目を欺くために、表立って捜査はできないから、こうして私人として来た。それを知ると、男は長いため息をついて再び椅子に腰を落とした。
私は少し離れた、空いている椅子に腰掛ける。男は私に向き合うと、まっすぐに私の目を見て言う。
「俺はジム。こいつの上司で、一緒に襲撃を受けた」
それはひと目でわかる。ジムも腕や足に包帯が巻かれていて、見るからに深手を負っていた。
「なぜ、一介の新聞記者であるあなた達が襲われた。身に覚えはないのか」
ジムは無精ひげが伸び放題のあごに手を当て、視線を落としながら答える。
「俺達は昨日、聖女候補の取材をしていたんだ。俺はキシリア嬢の、カイトはステラ嬢の。まぁ、キシリア嬢に殴られて追い返されちまったから、取材なんてできなかったがな」
キシリアは感情的に人を殴るような娘だっただろうか。
舞踏会で何度か目にしたことがあるが、落ち着いた性格だったように思う。
記者というのはえてして話を過剰に装飾するものだが、いくらなんでも盛りすぎだ。
「飲み屋に向かう途中で、誰かにつけられている気配がした。それまではなんともなかったんだ」
「あなたが尾けられたと。カイトの方に追手がついていた可能性は」
「このクソガキは人の気配に敏い。追手がついていたなら、酒場に来る途中で撒くか、始末しているはずだ」
カイトを貶しているんだか褒めているんだかわからないことをいう。
「本人が前に言っていたが、こいつは東方のへんぴな国の出身でな。家訓で、幼少期に少量の毒を服用して体をならしてあるんだとさ。はじめ聞いたときにはどんな家訓だって思ったが、こうして生きているんだから役には立っているんだな」
「聞いたことがある。ヤマトのシノビは主を守るため毒に精通し、劇薬や拷問に耐える訓練をすると」
シノビはその名の通り忍ぶ者。山奥に住むため、滅多に人里におりないと聞く。まさかこんな町中で生活するシノビがいるとは思わなかった。
毒を使われたのが、カイトでなければ死んでいただろう。
「今後キシリア嬢の取材をするな、記事にもするな。さもなくば、命を失うことになると……そう言って、襲撃者は引き上げた」
「あなたが生かされたのは、二人とも殺してしまうと他の記者にその伝言を伝えられないから、と考えるのが妥当か」
「なんで、なんで、カイトだったんだ。俺がつけられていたのなら、俺のせいでカイトは」
ジムは血が滲むほど強く拳を握りしめる。
「毒を特定したという医者は誰かわかるか?」
「いいや。容態を聞くのに精一杯だったから」
「そうか。そこは我々が探りを入れよう。あとは、そうだな。襲撃者たちの顔を覚えているか」
夜に襲われ無我夢中だっただろうから、犯人の顔を見てもはっきりと記憶にない可能性もある。
けれど手がかりは一つでも多くほしい。一応聞いておく。
「ワリィな。暗かったから、見ていない」
「別にいいさ。はなから期待していない。あまり長居すると怪しまれるから、これで失礼させてもらおう。聞き取り調査への協力、感謝する」
それまでずっと黙して、扉に背を預けていたベルジェも、私のあとについて病室を出る。
帰り道を歩きながら、ベルジェは胸元で手を組み、ためらいがちに口を開く。
「お兄様。彼女は聖女候補に選ばれて以来、お茶会に招待する手紙を出しても返事をくれなくなったの。それまでは出席できないにしても返事を書いてくれていたのに。先程の方のお話と、もしかしたら関係あるかもしれませんわ」
誰が聞き耳を立てているかわからないため、あえて名前はあげない。それでも誰のことを言っているのかはわかった。
アルベルトとシルヴァから、似たような報告をうけていた。
確証はないため、二人にはけっして口外するなと伝えたし、私も陛下以外の人間にはしていない。
その上でキシリアと友人であるベルジェが異変を感じているのならば、気のせいなどではない。
医者だけでなく、キシリア周辺の調査も必要かもしれない。
「ベルジェ。屋敷に帰ったら、詳しく話してくれ」
「ええ、お兄様。たまには兄妹でお茶を楽しむのもいいと思いますわ」
ベルジェは深くうなずく。
まわりからは、お茶会を計画するだけの兄妹に見えているはず。
今日得た情報、なにものかの得体のしれない思惑が動いているように思えてならなかった。





