28 一つしかない解毒薬、究極の選択。
エウリュ・ディケと名乗ったエルフの王さまは、女性だった。
深い青の瞳、ピンクから紫にグラデーションする不思議な髪。東南アジアの踊り子のような衣装に身を包んでいる。
樹齢数千年いっていそうな大樹のもと、岩の玉座に腰をかけて、気だるそうに俺たちを見下ろしている。
クラウドが名乗り、クリスティア陛下から預かってきた親書を渡して、しばらくの沈黙が流れた。
「我が民を助けてくれたことには感謝するが、薬は渡せない。ガルガの解毒薬は我らにも必要。我らエルフの中でガルガの毒に倒れた者が出たばかりなのだ」
「お願いします。一人分だけでいいんです。わたしの友だちがガルガの毒を盛られて、苦しんでいるんです」
ステラちゃんが帽子を取り、深く頭を下げる。シルヴァとアルベルトもそれに倣って頭を下げる。そしてクラウドも。
王族のクラウドが他人にかしずくのはプライドが邪魔をするだろう。だが、ここで意地を張ったら、国民の一人が毒で死ぬのだ。
歯を食いしばって膝をつく。
「……このとおりです、エウリュ様。どうか一人分だけ、お願いします。ぼくは国民を見殺しにしたくない」
「頼みごとで頭を下げるのは人間の風習だったか。そんなことされても妾には効かぬよ。今、薬は一人分しかないし、我が国民か見知らぬ人間かの二択なら、妾はエルフの民を救う。ここまで来たことは褒めてやるが、己の地に帰られよ」
取り付く島もない。
シルヴァとアルベルトは何も言えない。王子の従者という形でここにいる以上、発言する権限を持たない。
「くっ。せっかくここまで来たというのに。こんなとき、王子の位は、なんの役にも立たないんだな」
クラウドが頭をたれたまま、悔しそうに唇をかむ。
『エウリュさまが言っているとおり、エルフもガルガの毒を受けたら治療しないといけない。女王さまはエルフの王。エルフを助けないといけない。カイトのために、国民を危険にはさらせないにゃ』
国の主なら、自分の国民が最優先なのだ。分けてほしいと願うのはたやすいけれど、薬が足りなくなればエルフが困る。
「イナバちゃんが言うことはわかったわ。エルフの女王さまの立場も。けど、あきらめたらカイトさんが死んでしまうのよ。何か方法があるはずよ」
『ステラちゃん』
ステラちゃんは立ち止まったりしなかった。前を向いて、エウリュさまを見上げる。
「エウリュさま。薬を分けていただくことができないのはわかりました。ぶしつけなお願いをしてしまって申し訳ありません。解毒方法と材料を教えてくだされば、わたしは自分で素材を取りにいきます。それで解毒薬を調合してはいただけませんか」
「ほう。自らガルガ解毒薬の材料を集めると。これは面白いことを言う。そこまでして解毒薬を欲するということは、その毒に苦しむ相手はそなたの恋人か、夫か?」
エウリュさまは頬杖をついて、ステラちゃんの心を試すように問いかける。
首を左右に振って、ステラちゃんは言う。
「いいえ。カイトさんは恋人でも夫でもありません。知り合って間もない新聞記者さんです」
「それは他人と言う方が正しいだろう? なぜ他人のために命の危険をおかしてまでここに来た。なんと愚かな」
カイトはステラちゃんにとっては赤の他人。ごもっとも。だけど、愚かだと言われてもステラちゃんは何度でもお願いする。
「愚かでもいいです。カイトさんは、わたしに向かって女の子として魅力がないとかチビとかぺたんことかイヂワル言いますけど、でも、目の前で苦しんでいたら放っておけません。カイトさんが目を覚ましたら言いたいことがあるんです」
ステラちゃんの言葉を聞いて、シルヴァとアルベルト、クラウドも頭を上げた。信じられないものをみるように、ステラちゃんの横顔を見つめる。
カイトは意地悪してきたほぼ他人なのに、そんなカイトを放っておけないお人好し。
この先いっぱい苦労しそうだなあ。
でも俺は、そんなステラちゃんのことサポートしたいって思う。
それまでずっと動かずにいたエウリュさまが、石の玉座からおりた。
「ほんに、変わった娘だな。そなた、名はなんと申す」
「ステラです」
「ステラ。いいだろう。製法は我らエルフの秘術ゆえに教えられぬが、材料を取ってこれたなら、薬師に調合させよう」
これまで頑なに譲らないと一点張りだった女王が、ついに許しをくれた。ステラちゃんの笑顔がパッと明るく輝く。
「ありがとうございます、エウリュさま! この御恩、一生忘れません!」
「まだ材料を見つけたわけでもないのに、そんなに喜ぶでない。希少なものゆえ、そう簡単に見つかるものではないのだぞ。まったく、そなたたちも未来の聖女がこうでは苦労するじゃろ」
同意を求められて、ステラちゃんの手前、静かに微笑むにとどめたシルヴァたちだった。





