17 誰がキシリアを呪ったか feat.アルベルト
私は魔法訓練施設二階の書庫を探る。
ステラの言っていた、「キシリア様が別人のようになってしまっていた」という話が気になった。
ステラ一人が言うならまだ気のせいだと言えただろうが、屋敷に仕える使用人までがそう言うのなら間違いないのだろう。
トゥーランドット伯爵家から魔法士団に相談が上がっていないのは、隠ぺいか。娘がせっかく聖女候補になれたというのに、禁術にかけられたなんて問題が発生したら取り消しになるかもしれないからだろう。
一歩間違えばお家取り潰しだ。
「ふん。娘が禁術にかけられたことより、家名に傷がつくことのほうが嫌か」
自分の養父母のようで胸くそが悪い。誰も聞いちゃいないとはいえ、悪態をつきたくもなるというものだ。
禁術を解く方法、天井から下まである本棚が何列も並ぶが、そもそも禁術と呼ばれるだけあって書物にもなっていない。
背表紙を片っ端から見て開くを繰り返しているが、自然の魔法に関する書物しかない。
使わせないために残さないのだろうが、先人たちは誤って禁術が完成し使ってしまったときのことを考えなかったのだろうか。
とにかく解呪と少しでも目次に載っている本はテーブルに積んでいく。そうしていると、軽いノックの音のあと、シルヴァが入ってきた。
「ただ今戻りました。アルベルトさま、お話というのは」
「ああ、シルヴァか。お前の家は先代聖女と聖獣に仕えていただろう。なにか解呪に関する書物は残されていないか」
「え、ええと。帰って探してみないとわかりません」
「わからないなら帰ったらすぐ探せ。事は一刻を争うんだ」
説明の一切を省いているのに、シルヴァは嫌とは言わない。幼い子どもみたいにパッと笑う。
「わかったよ、ソラ。ソラがそう言う時は特別急がないといけないときだからね」
「その名で呼ぶなと言うに」
ローエングリン家に引き取られるときに誓わされたのだ。過去のすべてを捨てろ。名前も、家族も、友だちも。
お前は今日からアルベルト・ローエングリン。ローエングリン子爵家の跡取りとなれと。
だから私は幼なじみにソラと呼ばれても、返事をするわけにはいかない。
「でも、ボクにとってソラはソラだから。おじさんとおばさんも、ずっと心配しているんだよ?」
「その話はするな」
会うことも帰ることも許されない家族のことなんて、口に出したくない。
「どういった解呪の本が必要なの? どの魔法を解呪するかによって必要な本は違うよ」
「精神操作の解呪を。場合によっては魔法士団長……それから陛下にも話をしなければならない」
なんと言っても、魔法にかけられたのが聖女候補のキシリアなのだ。相応の魔法知識を持つ者の力が必要となる。
そして、禁術に手を染めることができるとしたら、魔法知識を持つ貴族しかありえない。
伯爵令嬢に害をなした者の真意はなんだ。
家同士の権力争いか、キシリア本人に対する妬みか。
「ふむ。何やら面白い話をしているね」
「な!?」
背後から、私でもシルヴァでもない第三者の声がした。振り返ると、そこには魔法士団参謀、ヴォルフラムがいた。
私よりも十は年上の青年で、常に老人のように達観した微笑みをたたえている。笑顔の裏に何を隠しているかわからない、地上に生ける鬼と揶揄されている。
「こ、こんばんは、参謀さま。い、今の話…………」
シルヴァのバカが、下手くそな作り笑いで問いかける。
「二人は禁術の解呪方法を探しているのかい。何故? もしかして、禁術に。手を染めた、とか?」
穏やかに微笑んでいるが、絶対に言い逃れは許さないという、凄みを感じる。
シルヴァと私は激しく首を左右に振って、否定する。
どのみち彼にも報告・相談しなければならないのだ。腹をくくって、ステラから聞いたキシリアの変化について、包み隠さず話した。
「そうか。それはたしかに、陰謀の臭いがするね。私も、団長や識者に相談しておくよ。このことは内密にね。下手をすると口封じに、その禁術を使った者に消されるかもよ」
ヴォルフラムは微笑んだまま、それだけ言って立ち去る。口封じに消されかねないなんて笑顔で言うことじゃない。
「シルヴァ。しばらくはステラについていろ。キシリアに禁術をかけた者の次に狙うのは、同じ聖女候補のステラという可能性もある」
「うん。任せて。ボクがステラさんを守るから」
シルヴァは心強くも己の胸を手のひらで叩く。
関係は変われど、再びまみえた幼なじみは、とても頼もしかった。





