16 身分で分かたれるふたり
それから一時間ほど、魔法の講義が行われた。
アルベルトは雑談などせず必要なことしか話さないので、まるで会社の会議か何かのように粛々と進む。
ステラちゃんは真面目で、真剣に教わったことを紙に記していく。
俺とヤマネは見ているしかできないので、ステラちゃんが置いてくれた帽子とハンカチをベッドにして、しばしの睡眠を取る。
帽子をふみふみして、ほどよい柔らかさにしたらおやすみモード。
窓を小刻みに叩く雨音が心地いい。
ぬくぬくして気持ちよくて、半分覚せいしていたとき、ノックの音がした。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「入れ」
アルベルトの返事のあと少しの間を置いて、執事が背筋を伸ばして、シルバートレーを運んでくる。よく見ればその執事はシルヴァだった。
「聖女候補さまに挨拶しておくようにと、殿下から仰せつかって参りました」
「シルヴァくん!」
ステラちゃんはシルヴァが現れたことに驚く。シルヴァも、ステラちゃんが聖女候補だと知らなかったみたいで、目を大きく見開いている。
「え、ステラさん? もしかして、あなたが聖女候補の……」
「なんだ、シルヴァ。ステラの知り合いだったのか」
ステラちゃんとシルヴァの様子に、アルベルトは本をめくる手を止める。
「ええ。少し前に、町でステラさんに助けていただいたのです。あのときは本当にありがとうございます」
さすがに腹ぺこでレストランに入れずウロウロしていたくだりは恥ずかしいのだろう。詳細は口に出せず、シルヴァは大雑把に説明する。
「お前のことだ。おおかた金欠で腹をすかせていたところ、なにかおごってもらったんだろ」
「うぐっ……。な、なにもステラさんの前で言わなくても……」
「ふふふ。やはり図星か。お前は昔から変わらないな」
容赦ないツッコミをうけ、真っ赤になって目をそらすシルヴァ。アルベルトとシルヴァのやり取りは、なんだか気安い友だち同士のよう。
「そういうソラは昔からイジワル……」
しょぼくれるシルヴァの口を、アルベルトの手が塞いだ。
「その名で呼ぶなシルヴァ。わたしはアルベルト・ローエングリンだ」
自分に言い聞かせるような低い声で、シルヴァも口を塞がれたまま、コクコクと頷いた。やはり過去のことには触れられたくないらしい。
なんとも言えない空気の中、シルヴァが淹れる紅茶とクッキーで休息をとり、今日の講義はお開きとなった。
アルベルトは窓の外を見ながら本を閉じて、シルヴァに言う。
「シルヴァ。ステラを家まで送ってやれ」
「ええええ!? そ、そこまでしていただかなくても! 傘くらい自分で持てますし、わたし一人で大丈夫ですよ」
家まで執事が随伴。どこぞのご令嬢かというレベルのVIP待遇をされて、ステラちゃんは大慌てだ。
「これは決定事項だ、ステラ。少しは聖女候補になったという自覚を持て。もしも聖女になったらこういう扱いは当たり前になるんだぞ。……シルヴァ、無事送り届けたらまたここに戻れ。話がある」
有無を言わさぬ口調でもう一度言われて、ステラちゃんは背を伸ばして頭を下げた。
「承知しました、アルベルトさま。仰せのままに」
「はっ、はい! わかりました。ご厚意に甘えることにします」
宿題と称して渡された本を入れたバッグを抱えて、ステラちゃんは歩く。シルヴァはステラちゃんに傘をさしかける。俺とヤマネが濡れないよう、バッグの上に乗せてくれている。
「まさかステラさまが聖女候補の女の子だったとは知りませんでした。……ボク、知らない間に未来のご主人さまに失礼なことをしていたんですね。申し訳ありません」
前回会ったときはお互いのことを知らなかった。今回は違う。だからシルヴァは、前以上に丁寧に、執事が主君にするように接する。
けど、ステラちゃんは浮かない顔だ。
「ご主人さまだなんて言われるの、なんだか壁ができたみたいで寂しいわ。わたしはただのステラ。だから、シルヴァくんには普通にしてほしいな」
いつかは聖女になるか、貴族に引き取られる。そうすれば間違いなく主従になり、かしずかれる立場になる。それでも、ステラちゃんは対等でいたいと、シルヴァに言う。
「ですが、ボクはいつかステラさまにお仕えすることになる身で」
「さま、はやめて。お願い、シルヴァくん。前みたいに呼んで」
雨なのか、涙なのか、ステラちゃんのほほが濡れる。それを見て、シルヴァは息を呑んだ。
「…………ステラ、さん」
「うん」
ようやくステラちゃんに笑顔が戻る。
家の前に着くと、傘を持ったルークが駆け寄ってきた。
「ああ! やっと帰ってきたなステラ! うちのネコとネズミがトンビにさらわれちゃったんだ! 助けにいかない……と……って、えええ!? なんでステラが抱えてるんだ??」
『あ、忘れてたぜぃ。オイラたちが運ばれてる途中でルークを見て』
俺の横で、ヤマネが頭をかく。この雨の中探してくれているとは思わなかった。めっちゃ寝てたしくつろいでたわ。ごめんルーク。
「そうだったのね。……お兄ちゃん、そのトンビさんはちょうどわたしの先生のとこの子だったの。それで、わたしがイナバちゃんとヤマネちゃんを保護したの」
「よくわかんないけど、こいつらが無事なら良かった。そっちのあんたは誰?」
ルークとシルヴァは初対面。ルークは自分より頭ふたつ分ほど高いシルヴァを見上げる。
シルヴァは傘を持ったまま、うやうやしくお辞儀する。
「はじめまして。貴方はステラさんのお兄様ですね。ボクはシルヴァ。聖女様付き執事の見習いです。この雨ですので、ステラさんをこちらまでお送りしたのです」
「そうか。僕はルーク。よろしく、シルヴァ」
「はい。よろしくお願いします」
誰に対してもこのやわらかな物腰。ルークは自分より年上の青年に敬語で頭を下げられて、なんだか居心地悪そうに会釈を返した。





