14 世界に根付く魔法と、禁じられた魔法。
ステラちゃんは初めてキシリア嬢と出会ったときのこと、二度目に出会ったときの変化を、アルベルトに話した。
俺がキシリア嬢の屋敷の使用人たちから集めたことも交えて聴くと、アルベルトは眉間をおさえてうめいた。
「……君が見聞きしたその状況、たしかにおかしいな。魔法でもない限り、人間の性格が数日でそこまで様変わりするわけがない」
「やはりキシリアさまは、何か魔法をかけられているということですか?」
「今の少ない情報だけでは、断言できない」
不安げに体を震わせるステラちゃんに、アルベルトは何やら深く考え込み、首を左右に振った。
「……すまないが、この話はいったん持ち帰らせてくれ。私だけで対処できる話ではなさそうだ」
「は、はい。アルベルトさまがそうおっしゃるのでしたら」
ステラちゃんに拒否権なんてない。魔法知識のないステラちゃんは、先生がそう言うなら従う他ないのだ。
アルベルトは聞いた一連のことを書き付けた紙を片付けると、テーブルに積んでいた本の一番上に乗せてあった厚手のハードカバー本をステラちゃんに渡す。
自分も同じ本を手に取り、「五ページを出せ」と言いながら開いた。
「まず、魔法の分類を話そう。魔法は大まかに四つの系統に分かれる。自然の魔法・命の魔法・時の魔法・そして愛の魔法。自然の魔法は生活用品にも使われているから、君にもわかるな」
「はい。街灯やランタンに使われている光魔法、コンロの炎魔法、冷蔵保存庫の氷魔法などですね」
パン屋の石窯も、魔法陣が描かれていた。あれに魔力がこもっていて、いつでもパンを焼くのに最適な温度を保てるのだとか。
「その通り。自然の魔法は、生活の要となっている。そして戦争になれば魔法士は最前線に立ち、敵国の兵や街を焼く。だからこそ正しい使い方を知らなければならない。本来なら庶民の学校にも、魔法のなんたるかを学ぶ授業を設けてほしいところだ」
『電気や科学と一緒で、魔法は毒になるか薬になるか、使う人によりけりなんだにゃ』
『イナバ……オメェほんとに子猫か?』
アルベルトの話を聞いてしんみりしてしまう俺に、すかさずヤマネのツッコミがはいる。
魔法って、俺の世界にしたら電気みたいなもんだろ。あれば便利だけど、一歩間違えば街は焦土と化す。
使い方が難しいからこそ、力を持つ者はしっかり学ばないといけない。
「イナバちゃんは時々、わたしより大人みたいなことを言うよね」
『そうかもしれないにゃ。俺はとっても大人な子猫にゃ』
茶化して鳴くと、ステラちゃんはクスクス笑ってアルベルトに向き直る。
「命の魔法。これ自体、使える人間が少ない。一番希少なのが、君も使える動物と話す魔法。三百年に一度生まれるかどうかというくらい確率が少ない。あとは治癒魔法。傷や病を癒やす力だ。これを使える者はたいてい医師になるな」
「治癒魔法……。それが使えたら、誰かが怪我したときすぐ治してあげられるのにな」
「憧れるのは自由だが、魔法による傷や病の治癒は、生命のあり方に背く術だ。使いこなすのが難しい。下手をすれば己の命も危ぶまれるから、しっかりと知識と技術を身に着けないといけない」
「は、はい!」
厳しい一言を言われて、ステラちゃんは背筋を正す。命に関わる魔法を使うなら「いいなー、やってみたいなー」みたいな軽い気持ちでいちゃだめなんだ。
浮ついてはいけないと、ステラちゃんも深呼吸して気合を入れ直した。
「そして時魔法と、愛の魔法……この二つは禁術と呼ばれるものに値する。世界の時間を書き変えてしまう魔法。愛の魔法は、人の心を操る魔法。これらを使ったものは神罰を受けると言い伝えられている」
「詳しくは書物に残されていないから、おそらく一子相伝か伝聞という形で息づいているのだろう。これを使えば、王族の体すらも乗っ取ることができる。愚者が王の体を乗っ取り、重臣たちを惨殺、国を滅ぼしたこともあると聞く」
他人の精神を使って乗っ取る。それはキシリア嬢の置かれた状況に似ていた。





