4.
扉を蹴り破る轟音が、寝室にこだました。
月光差し込む帳の奥――リディアの寝台にティレスは駆け寄った。
「リディア!」
荒く息を吐きながら飛び込んだティレスは、蒼白な顔のリディアを抱き起こした。
その体は軽すぎて、指先からすべてが零れ落ちてしまいそうだった。
「……まだ……息がある……!」
絶望に染まる室内。王も、侍女も声を失う中、ティレスは胸元から取り出した《浄化の石》を高々と掲げた。
「――女神よ、この命に光を戻し、闇なる者を退けたまえ!」
石が強烈な輝きを放ち、部屋全体を白金の光が満たした。
黒く蝕んでいた紋様が音を立てて崩れ、リディアの胸から影が吐き出されていく。
その瞬間、リディアの唇が震え、か細い息が漏れた。
「……ぁ……」
「リディア! しっかり!」
ティレスの呼びかけに応えるように、閉ざされていた瞼がゆっくりと開く。
群青の瞳に、再び光が宿っていた。
「……ティレス……あなたが……」
掠れた声で紡がれた言葉は、確かな温度を持って彼の胸に届く。
堪え切れず、ティレスは彼女の手を強く握った。
「リディア……もう誰も失わない」
涙をこらえた彼の真剣な瞳に、リディアは微笑みを返した。
その微笑みは、月光にも勝るほどの清らかさを帯びていた。
「私は大丈夫です。あなたがいてくれる限り」
二人の手は固く結ばれ、光の余韻が室内に漂う。
やがて静寂が戻り、王と家臣が見守る中、救済の奇跡はひとつの約束へと結実した。
◇ ◇ ◇
回復したリディアと王城の庭園を、二人っきりで歩く。
月光がリディアのドレスの裾を照らし、夜風に揺れる花々が香り立っている。
「あの日の、返事聞かせていただけますか?」
彼女の言葉が、夜空に溶けるよう。
ここだけがまるで、別世界のように感じられた。
彼女が、儚げに言葉を繋ぐ。
「私は……あなたを必要としています。
国のためではなく、一人の女として……あなたを」
彼女の声は、夜の静寂を切り裂くように鮮烈だった。ティレスの心に積もっていた絶望が、熱に溶かされていく。
彼は、ためらいながらもリディアをゆっくり抱きしめた。
「……俺は、勇者にすべてを奪われたと思っていた。
けれど違った。失ったものより、遥かに大切なものを、今こうして与えられた」
リディアは涙の中で笑った。
「では、誓ってください。今度こそ、誰にも奪わせないと」
ティレスは深く頷き、彼女の額へ口づけを落とした。
「この命に代えても、リディアを守ってみせる」
月下の庭園に、二人だけの誓いが交わされた。
それは誰にも壊せぬ、真実の契りだった。
「この剣と心は、永遠にリディアのためにある」
「私の心も、永遠にあなたのものです」
二人の吐息が重なり、互いの鼓動が響き合う。
そこにはもう、誰も踏み込めぬ聖域があった。
ティレスは、胸の奥で静かに神聖な誓いをたてた。
どんなことがあっても、守り遂げよう。
世界までは、無理であっても、君だけは必ず。




