表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者を勇者に奪われた騎士、王女の呪いを解くため剣に新たな誓いを立てる~この命は君だけのために!  作者: 名録史郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

3.

 夜明け前、霧に包まれた山中に《女神の遺跡》は姿を現した。苔むした石段を登りきった先にあるのは、古の神殿。柱は崩れ落ち、天井からは冷たい光が差し込み、そこだけ別の世界のように静謐な気配を放っている。


 ティレスは剣に手をかけながら、深く息を吐いた。


(……必ず“浄化の石”を持ち帰る。リディアを、あの呪いから救うために)


 その決意と同時に、神殿の奥から澄んだ声が響く。

「挑む者よ――汝の心を見せよ」


 次の瞬間、周囲の景色が歪み、ティレスの視界は暗転した。

 気づけば、そこは見覚えのある城の中庭。春の陽光が降り注ぎ、鳥のさえずりが聞こえている。だが、その温もりに反して胸に走るのは、ぞっとする寒気だった。


 目の前に現れたのは――リディア。

 しかしその瞳は涙に濡れ、彼を睨みつけている。


「ティレス……あなたは、私を守れなかった」


 血のように紅く染まったドレス。彼女の胸元には、あの《黒い水晶》が突き刺さっていた。

 彼の足は地面に縫い付けられたように動かない。声を出そうとしても、喉が塞がれる。


「あなたはただ命令に従うだけの騎士。いざという時、私を救えず……見殺しにするのです」


「違う……! 俺は……!」


 必死に叫ぶが、リディアは微笑んで背を向けた。その姿が闇に溶けるように消えていく。伸ばした手は空を掴み、無力感だけが残った。


 続いて現れたのは、仲間の騎士たち。


「お前が選ばれたのは偶然だ」

「王女の護衛など、分不相応だ」

「結局、お前にはなにも守れない」


 嘲笑と侮蔑が渦巻き、ティレスの胸を締め付ける。己が抱いていた不安、劣等感――それらが幻影となり、目の前で形を成しているのだ。


 やがて現れたのは、亡霊のような幻影。

 セリーヌだった。


「あなたは私に捨てられた。リディアを救っても、また捨てられるだけ……」


 幻影の囁きに、かつての痛みが胸を裂いた。

 だがティレスは剣を振り下ろし、幻影を断ち切る。


 剣を握る手が震えた。だが、彼は歯を食いしばる。

(……違う。俺は、逃げない。幻影が何を突きつけようと……リディアのために前に進むだけだ!)


 ティレスは剣を振り抜いた。その刃から放たれた光が、幻影を次々と切り裂いていく。嘲笑はかき消え、闇が霧散し――再び神殿の光景が広がった。


 そして、祭壇の上に輝く《浄化の石》が、彼の前に姿を現す。


 額に汗を浮かべながら、ティレスはその光を両手で抱きしめるように掴んだ。


「……必ず、持ち帰る。リディアのために」


 祭壇から《浄化の石》を手にしたティレスは、すぐさま神殿を飛び出した。

 夜明けの光が山を照らし始めていたが、その安堵を味わう暇もない。馬を走らせ、ただひたすら城を目指す。


(待っていてくれ、リディア……! 必ず間に合わせる!)


 荒い息を吐きながら駆ける彼の胸中には、幻影で見た「守れなかったリディア」の姿が焼きついて離れなかった。


◇ ◇ ◇


 一方その頃、城のリディアの寝室。

 王女リディアは寝台に横たわっていた。白い指は黒い紋様に侵食され、胸の鼓動も浅い。


「……っ、はぁ……」


 呼吸は細く、言葉を紡ぐことさえ困難だ。侍女たちは泣きながら氷水で額を冷やし、老医師は震える手で呪詛を測るが、効き目はない。


 王は玉座を離れ、娘の傍に跪いていた。

「リディア……父が代われるものなら……」


 その祈りの言葉に、しかし返事はなく。


 そこへ宮廷魔術師が駆け込んでくる。

「陛下、魔王残党どもが再び集結し、城下を脅かし始めています! 勇者がなんとか抑えていますがが……このまま、王女が魔王に乗っ取られてしまえば……」


 この国は、終わり。

 宮廷魔術師は、言外にそう告げていた。


 状況は、絶望的であった。


 王は唇を噛み、かすれた声で応じた。


「……すべては、ティレスに託すしかあるまい。女神の遺跡から“浄化の石”を持ち帰れるかどうか……」


 王の言葉を聞いた瞬間、リディアの睫毛が微かに震えた。

 だが、彼女の口から洩れたのは掠れた囁き。


「……ティレス……あなたは、来て……くれる……」


 指先は虚空を探すように揺れ、その動きは次第に弱まっていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ