84:胃の調子が悪いのです。
ヴァルネファー領に戻って、一ヶ月が経ちました。
厨房で料理長と熟成肉のお世話をしつつ、竜ジャーキーをおやつに食べたり、好き勝手に狩りに出かけたりしています。就寝は私室で一人平穏に。
朝食だけはレオン様と取るようにしています。
ですが、最近は胃の調子も体調もすこぶる悪く、ときおり吐き気までもよおしてしまっています。
そろそろお医者様に相談すべきなのでしょうね。
熟成肉がもうすぐ完成なので、それまでに胃痛を治しておきたいです。
「クラウディア」
「はい?」
「顔色が悪いが大丈夫か?」
レオン様が、朝食の席で心配そうに私の顔を覗き込んでこられました。
「あ! その件でケヴィン様を呼んでいただきたいのですが」
「…………なぜだ?」
なぜ、剣呑な空気になるのか!と、こちらが問いただしたいです。
「ケヴィン様はお医者様ですよね? 胃痛が酷いので診察とお薬がほしいのです」
食事量はそこまで変わりはありませんが、なぜか痩せてしまっていますし、変な病気でないといいのですが。
レオン様が渋々ではあるものの、ケヴィン様を呼ぶことに賛成して下さいました。
「………………胃痛?」
「はい」
「……胃、痛?」
「はい!」
「…………………………ハァァァ。ちょっとレオン呼んでこい」
私室のソファにて診察をしていただいていたのですが、ケヴィン様が大きな溜め息とともに、騎士団で執務中のレオン様を呼び戻すよう、侍女に指示してしまいました。
お仕事の邪魔はしたくなかったのですが。
「月の障りはいつからないか、覚えてますかね?」
「あら? そういえば。えーと……二ヶ月くらいは?」
よくわかりましたね、とお伝えするとまたもや大きな溜め息を吐かれてしまいました。それとともに「鈍感過ぎやしないか?」とも。
十五分ほどして息切れしたレオン様が、私の部屋に駆け込んで来ました。
「よぉ。アホ」
「……は?」
「取り敢えず、一応夫婦のままなんだろ? ちゃんと話し合え」
ケヴィン様が開口一番にレオン様をディスっていました。怖いもの知らずとはこの人のことを言うのでしょうか?
そして、どうやらケヴィン様は私たちの諸々のことを知っているのでしょう。
「意味がわからん。何かの病気か?」
「ハァァァ。鈍感夫婦め。付き合いきれんわ。取り敢えず、クラウディア夫人、おめでとうかはイマイチわからんが、おめでとう。懐妊だ」
「へ?」
ひらひらと後ろ手を振って、ケヴィン様が部屋を出ていきました。
「「…………」」
部屋の中央に立ち尽くすレオン様とちらりと視線を合わせては、スッと逸らすこと五分。
脳内でリフレインする『懐妊だ』という言葉。
「かいにん」
なんだか良く分からずに復唱してみました。
「っ――――」
息を飲むような声が聞こえてそちらに視線を向けると、レオン様が顔を真っ赤にして、瞳を潤ませていました。右手の甲で口元を押さえています。
「レオン様?」
「っ……すまない…………すまない。その……喜んで、すまない」
レオン様がそう言うと、今度は両手で顔を覆ってしまいました。





