83:最後に。
◇◇◇◇◇
「クラウディア――――」
「触らないで! 名前を呼ばないでっ!」
レオン様が頬に手を伸ばそうとしてきたため、払い除けてしまいました。
契約の内容を知ったせいで、レオン様の言動のどれが本当でどれが嘘か分かりません。
お父様の権力は思いのほか絶大で、レオン様にとってもヴァルネファー領にとっても、持っておきたい最高の防衛手段なのでしょう。
だから、私はレオン様の妻である必要があるのでしょう。
でも、私はもう嫌なのです。
「恋も愛も、充分に知りました。もうこれ以上は知りたくないです」
「っ…………では、俺と契約を結び直してくれ」
――――新たな契約?
「君の実力なら、一人でもある程度のところまでは行ける。俺と結婚生活を続ける代わりに、ヴァルネファー領での狩猟生活を保証する。竜のような希少種の討伐も、俺がともにいる場合ではあるが参加を許可する。食べたい肉はいつでも何でもどれだけでも用意する。国民全員が揶揄するほどの狩猟民族だ。約束は違えない。だから、結婚したままでいてくれ。君を名前で呼ばせてくれ。どうか――――」
その続きをレオン様が言うことはありませんでした。
ただじっと私の目を見つめて、返事を待たれていました。
「籍を置いておくだけでいいのですね?」
「ん」
「わかりました」
「クラウディア」
「はい」
「キスがしたい。最後にするから」
「…………はい」
レオン様に優しく両頬を包まれ、長く深いキスをされました。まるで、心の底から愛していると伝えて来るような、とても熱いキスでした。
難しい顔をしたお父様に見送られ、王都を後にしました。
帰りの道中は、馬車も別、宿泊も別部屋。
同行の執事と騎士に気不味い空気に付き合わせて申し訳ないのですが、今はまだ夫婦の仮面が着けれそうにありません。
ヴァルネファー領に到着し、レオン様は騎士団に。私は屋敷に戻り、私室に籠もりました。
使用人たちにはレオン様が上手く伝えるのでしょう。
出発前から痛んでいた胃が、帰路の馬車で軽く酔ってしまったせいなのか、吐き気が止まりません。取り敢えず、ベッドに潜り込みました。寝てやり過ごしたいです。
コンコンと軽いノックが聞こえ、入室を許可すると侍女が食事を持って来てくれました。
「医者を呼びますか?」
「大丈夫、きっと旅の疲れが出たのよ」
普通にいつもの食事を持ってきたが食べられるかと確認されました。トレーを見た瞬間にお腹がキュルキュルなりだしたので、たぶん平気です。
「ありがとう」
「いえ……その。レオン様にお伝えしておきますね」
「…………ええ」
どうやら、レオン様が持っていくようにと言って下さったようです。





