13話 領主の資質
「時にルカよ。お主は当主の務めを果たしていると言ったな?ならば領内を巡視した事はあるかな?」
「もちろんだ。領民はみな生き生きと暮らしていたぞ!」
ヌシ様の質問にルカはそう言って誇らしげに胸を張った。
「ふむ。それはおそらくノースマハの裕福層が住む地域じゃな。それではその巡視は毎回同じ地区ではなかったか?」
「言われてみれば確かにそうだ。しかし、同じ地区でも場所は毎回違った。それに皆、ルカ様のおかげで幸せに暮らしていると感謝していたぞ?」
「それをお主は疑った事はなかったのか?」
「疑う……?」
「住民が領主を前にして迂闊なことは言えんよ。きっと事前にダニエルにそうせよ、と命ぜられていたんじゃろうな。実際のところは領民は悪政と重税に苦しめられておる。どうやらダニエルはお主に都合の良いものしか見せておらぬようじゃ。それでは側近として失格じゃな」
「そんな事はない!ダニエルは父上や母上にも信頼され、政を任されていた優秀な股肱の臣だ!父も母も兄も失った俺の側で励まし、領主とはどうあるべきかを教えてくれた。俺とっては父のような存在だぞ!いくら父上が世話になったといっても侮辱するのは許せん!」
ルカの顔に怒りが満ちる。しかし、そんなルカに全く動じる事なく、噛んで含めるようにヌシ様は問いかけた。
「股肱の臣……。確かにアーロが当主だった頃はそうだったらしいのぉ。しかし、今は違う。ルカよ。ダニエルがバーグマン軍を動かそうとしておるのは知っておるか?」
「もちろんだ。なんでも山奥の村で、村人が武装し女達を浚い拉致しているらしいな。それを討伐するための出兵だろう?ダニエルはそう言っていたぞ」
「それは詭弁じゃ。ダニエルの真の狙いは軍をもってミサーク村を襲い、村に居る女を連れ去る事じゃ。ネノ鉱山の封印を解く生け贄にする為のな。そうじゃな、ヒューゴ?」
ヌシ様がルカの傍らに立つヒューゴに問いかける
「はっ!間違い御座いません!某はダニエルから軍を率い、村を襲撃した上、ある女を連れてこいと命ぜられました」
「それは何かの間違いだろう。ダニエルがそんな事を言うはずがない。ダニエルは常に「お父上のように領民に慈愛を持って接しよ」と説いていたのだぞ!?そのダニエルが我が領内の村を襲撃せよなどと!」
「しかし、事実なのです。兵士達は今もどこへ赴くのかすら知らされてはおりません。恥ずかしながら我が軍は練度が足りず、兵の士気も低うございます。もし、領内の村を襲うなどと言えば兵士に動揺が広がり、出兵を拒否し逃亡する者がでないとも限りませぬゆえ。某が軍団長の任を解かれたのは、この出兵に反対した為なのです」
「そんなバカな……。ダニエルがそんな事を……」
ヒューゴの証言を聞いたルカの声が途切れる。明らかに動揺している。ヒューゴの話をヌシ様が引き取った。
「それと、もう一つ。何故、ダニエルがたかが山奥の村の一人の娘を、軍を率いてまで連れ去ろうとしているのか?それはその娘が封印の解除に必要な特別な存在だからじゃ」
「特別な……存在……?」
「そうじゃ。その娘の名はエリス=バーグマン。お主の叔母にあたる者じゃ」
ルカの顔がサッと変わった。
「叔母上だと!?それでは我がバーグマン家の一族ではないか!?昔、バーグマン家を出たと言う叔母上は生きておられたのか!?その叔母上をダニエルが生け贄にすると!?はははっ、そんな馬鹿な。ダニエルがそんな事をするはずがない!」
「しかし事実じゃ。過去に一度、ミサーク村はダニエルの策謀により危機に陥った。その時のエリスは今よりもっと危なかった。ダニエルは刺客を放ち、さらに風魔法が得意なエリスに対抗するためバーグマン家の家宝「風殺の腕輪」無断で持ち出し、持たせた。その事、お主は知るまい?」
「……」
「その顔は図星じゃな。まぁ、それは二年以上前の話。お主が今よりさらに幼かった所為でもあるが。つまりダニエルは自らの一存で、領内の一つの村を滅ぼそうとした。そして、お主は今もその事実を知らぬ。よいか、領民は宝。それに剣を向ける施政者など言語道断の所業じゃ。幼き身で領主としての資質を問われるのは、気の毒ではある。しかし、それは領民にとっては何の関係もない。もし、自らにその素質がないと思うのなら、今すぐ領主の座を譲る方が、民の為にも良いのかもしれぬ」
「なっ!あなたは俺に領主の資質が無いと言いたいのか!?」
「そうではない……もっと良く見るのじゃ。人を、民を、領地を、そして国を……。ルカよ、これでいい、と満足するにはまだ早すぎるんじゃよ。お主はまだ若い。今のお主に必要なのは領内の現状をありのままを伝える家臣、そして、領民の為に働き、お主を当主として成長させ、時には厳しく諫言する事が出来る腹心じゃ」
「ダニエルが……何故?……いや、あなたこそ、俺を偽りの言葉で騙そうとしているのではないのか……!」
「そう思うか?もし、ワシの話が信じられぬと思うならば、今すぐに山を下り、ミナトに問うてみるが良い。あれはミサーク村の出じゃ。過去にダニエルの放った刺客を倒し、その企みを阻止し、エリスと村を救ったのも彼じゃ。ミサーク村はどれほどの危機を乗り越えてきたか、話してくれるじゃろうて」
「しかし、信じられぬ。ダニエルは俺にとって無二の忠臣だ!俺に嘘を言うはずはない……!」
ヌシ様の言葉に、信じられぬとかぶりを振るルカ。無理もない。ルカが生まれる前から、父の忠実な臣下であったと信じていたダニエルの忠臣を疑う事もなかったのだから。
「……ルカよ。ダニエルの言い分だけを信じておる、今のお主はまさに操り人形そのもの。主君に耳障りの良い言葉だけを囁き、都合の悪い事は目に触れさせぬ。そういう輩は忠臣ではない、佞臣の類いじゃ」
「嘘だ……ダニエルが……」
「それも明日には分かろう。夜が明ければここは戦場になる。すでにお主が館に居ないことが分かり、今頃館は大騒ぎになっているはずじゃ。間もなくここに居ることも知れよう。ヒューゴとシャーロットはお主を拐った謀反人として手配され明日には追討軍が編成される。ダニエルが命じたバーグマン軍が村から標的を変えここに攻め寄せる。お主を連れ戻しにな」
「俺を連れ戻しに、我が軍がここへ……?」
「ミナト達は決して私利私欲の為に立ち上がったのではない。自分自身の大切な者をまもるため、ダニエルに対抗するため、今は反乱軍の汚名を着ようとも理不尽な欲望に抗い自らの生活を守るためじゃ。すでに麓にはミナトの呼び掛けに応じた者達が集まっておる。お主は領主として見届けねばならん。近習の囀ずりだけでなく、庶民の声に耳を傾けるのも領主たる者の務めじゃ。……さて、我らも皆の元へ向かおうかの。お主も眼を見開いて見てみるが良い。真実が何か、をな。」
「真実……?そんな、馬鹿な事が……」
ヌシ様は呆然としたルカを引き連れ、山をゆっくりと下りていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルカ達が双子山の山頂へ向かうのを見届けた後、俺達も自宅に戻る事にした。
双子山の南側の麓から東へ回り込むように歩けば、もうすぐ家だ。
ライとラナ、ウィルは心配してるかな?早く帰って安心させてやらなきゃ。
……あれ?なんだか家の辺りが明るい?
木々に阻まれ見えないが、真夜中にも関わらず目指す家の上空がなぜか明るい。
「コンラッドさん。あれって……」
「ええ、まるで昼間のようでしょう?篝火を大量に使っている為、あの明るさになるのです」
自宅に近づくにつれ、道が開け平地がみえてくる。そしてそこには動物の皮で出来たテントが至るところに設置されていた。
このテントには見覚えがある。昔、ミサーク村で防衛隊をしていた時に俺も散々世話になったものだ。
じゃあ、ここには……
「ミナト!あそこ見て!」
リンが指差す先、篝火に照らされて何人かの人影が浮かび上がっていた。
「ミナトさん!」「ミナト!」
ライとラナが手を振っている。その隣には一人の女性が立っていた。懐かしいその顔、リンもすぐに気付いた。
「あっ!エリスだ!エリス~!!」
「ミー君!リンリン!」
俺の肩から飛び降りたリンが、エリスの元へ駆け寄り胸に飛び込む。そんなリンをエリスはしっかりと抱きしめた。
「エリス、来てくれたんだね!」
「リンリン!久しぶりね。元気だった?」
「うん!」
エリスが満面の笑みでリンに頬擦りする。リンも嬉しそうにお返しの頬擦りをした。
「エリス。久しぶりだね」
「ミー君も、どう?変わりはない?」
「俺達は変わりないよ。エリスはどう?最近、元気がなかったって、オスカーの手紙に書いてあったけど……」
「えへ、ちょっと、ね。でもミー君とリンリンの顔を見たら嬉しくて元気になったわ!」
そう言って満面の笑みを浮かべ片手でグッとガッツポーズをするエリス。いや~、それにしても相変わらず可愛いな!こうして見るとやっぱり目とか顔立ちがハロルドさんに似ているね。
「リンも嬉しいよ~!」
「俺もだ。来てくれてありがとう。エリスの顔を見たら俺も元気になってきたよ」
そう言うと、えへへと顔を赤らめるエリス。
「おいおい、エリス。ミナトに会えて舞い上がってるのは分かるが、俺達もいるんだぜ?」
エリスの後ろで声がした。
「あっ!グラントさん!ミルードさんも!」
「よう、ミナト。相変わらず元気そうだな」
そこにはミサーク村の村長グラントと、防衛隊副隊長のミルードがいた。
「防衛隊の主力を連れてきた。今度は俺達も戦う。村と村の未来の為にな。隊員達にはキャンプを張るように命じたぞ」
「ありがとうございます、グラントさん!それじゃ、あとで皆の所に挨拶に行かないといけませんね!あ、それでオスカーは?」
「オスカーは村を守るために残った。あいつに任せておけば大丈夫だろう。お前に会えないのは残念がっていたがな。そうだ、オスカーからミナトに伝言があったぞ。「母さんの事は任せた」だそうだ」
「そうですか、オスカーは村に。そしてエリスを……?はい。分かりました。任されました」
エリスは俺なんかが守らなくても充分強いけど、怪我させないようにって事かな?まあ、体調管理なら任せてくれ!ミサーク村で暮らしていた時も食事は俺が作ってたし、こっちに来てからますます料理の腕も上がったと思うし、美味い物食べさせて太らせてやるぜ!がっはっは。
そんな俺を見て、何故かニヤニヤしているグラントだった。
「おいおい、俺達も忘れちゃ困るぜ!、ミナト!」
「僕達もですよ!ミナトさん!」
「フィン!ゲッコウさん!それにガウラ!ガウドさんも!」
姿を見せたのは、大剣を背負ったリザードマンのゲッコウとその弟子のフィン。
そして、狼人族のガウラとその父親のガウドだった。
「ゲッコウさん、来てくれたんですね!」
「ああ、お前達はこれからダニエルと戦うのだろう?私も力を貸そう」
「ありがとうございます!」
「なぁに、いいって事よ!」
「……調子に乗るな、フィン」
「ちぇっ、師匠はいっつも堅いんだから……。ミナトは俺と同じくらいの年なんだからいいじゃん!なぁミナト?」
いつもの師弟のやり取りを眺めたあと、ガウラ達に向き合う。
「ガウドさん、お元気そうですね。もう怪我はいいんですか?」
「ああ、すっかり良くなった。報せは聞いたぞ。お前には世話になった。その恩を返させてくれ」
俺の手をがっしりと掴んだ力強さに、彼の頼もしさを感じさせる。
「僕も父さんについて一生懸命修行したんだ!今回はミナトさんの役に立つからね!頼りにしてほしいな!」
ガウドの後ろからピョコッと顔を出したガウラは、以前会った時より少し大きくなって、パワフルさが増した気がする。お父さんのように逞しくなれるといいな!ガウラ!
「ああ、ありがとう。頼りにしてるよ、ガウラ!」
「ほら、ミー君。向こうで街の皆があなたを待っているわ」
エリスに促され家の前に向かうと……。
「ミナトさん!」
「イアンさん!皆も!」
そこで待っていたのはイアンとカーラ達だった。
「我々も戦わせて下さい!双子山をダニエルの手から守りましょう!」
「フィンがやるってんだから私達もやらないとね!」
「ああ、ありがとう。カーラ」
「おう!ミナト。来たか!待ちくたびれたぜ!」
「ベルドさん、カンナさん!」
続けて声をかけてきたのはベルドとカンナだった。
「街の連中を連れてきたぜ。100人くらいはいる」
「ひ、100人ですか!?」
ベルド達の後ろには沢山の領民達が集まっていた。皆、それぞれに剣や槍、弓などの武器を携えていた
「それだけ、皆ダニエルに不満があるのさ。それにお前の為に、と応えた奴も大勢いる」
「俺の為に?あっ!?バリトンさん!」
後ろにいた人達の中に大工のバリトンと彼の大工仲間を見つけた。俺が声をニヤッと笑い指で「グッド」」のポーズを作った。
よく診療所にやってくる人達の顔もある。その家族と思われる若い人の姿もあった。
子供を連れてきていた親子がいる。初めて出会った頃はガリガリに痩せていて初めて食べたサツマイモに涙を流していた。彼らにはサツマイモの苗をあげた。そのあと「沢山、収穫出来た」とお礼を言いに来てくれたっけ。
もちろん、「ミナト大農園」で働いている従業員の姿もあった。
「お前に助けられた連中は沢山いるからな。急な呼び掛けだったが、思ったより集まった。つくづくすごい奴だよ。お前は」
「そんな。俺なんて……」
そう言いかけた俺の肩をベルドが力強く叩く。
「これだけの人間が集まったのはお前の力だ。ここにいる連中はお前に助けられて今、ここにいる。自信を持て!お前はたいした奴だ!」
「ベルドさん……」
そう言われて目頭が熱くなる。俺がやってきた事や、人を助けてきた事がこんな風に目に見える形になるなんて……。
「おっと、泣くのはダニエルを倒してからな!頼むぜ、総大将!」
皆の笑い声が双子山に響き渡った。




