9話 新たな従魔契約
「ええっ!?ミナトさんが襲われた!?それって本当ですか!?」
「そうなんです。昨夜は撃退はできたんですが、またいつ襲って来るか分かりません。ですからここにいる皆さんの安全の為にも、しばらくの間、農作業と診療所を休業した方がいいと思いまして……」
昨夜の襲撃騒動から一夜明け、俺は出勤してきたイアン達や従業員、そして同じくやってきたコンラッドに、事の顛末と当面の間、作業を休んでほしいと説明した。
「休業するんですか?そんな……収穫量も増えて……せっかく軌道に乗ってきたんですよ!?それは人が大勢いる昼間でも危険なのですか?」
従業員を代表して質問したイアンに答える。
「今、畑を休業するという事に納得できない気持ちは分かります……。俺だってこのサツマイモを一人でも多くの人に届けたい……。でも、昼間には来ないという保証はどこにもない。防衛力に不安があって安全が保障できない現状では、イアンさん達にも危害が及ぶ可能性が絶対にない、とは言いきれないんです」
「ミナトさんは、亡霊の騎士を従魔にしたんですよね?その方々に護って頂く事は……?」
「昨夜の敵は、亡霊騎士でも手に余りました。それに彼らは、夜間しか活動できないんです。日中に何かあれば誰かが被害を受けるかも知れない。俺はそれが一番心配なんです!安全が確保できるまでの間、どうか……。お願いします」
イアン達、従業員に頭を下げる。もし、昨夜のような敵が現れて、誰かに何かあってからでは遅い。皆の安全確保が最優先だ。
「……分かりました。ミナトさんがそこまで言うなら仕方がありません。畑をそのままにしなければならないのは無念ですが……」
イアンが心底、残念そうな表情を浮かべる。これまで、このサツマイモ畑の運営に誰よりも情熱を持って取り組んでくれていたのだ。その心情は痛いほど解る。
「申し訳ありません。休業している間も同じ給金は出します。どうか目途がたつまで、お願いします!」
その話をだすと、従業員の顔に安堵の色が見えた。休業中の収入がないとなると生活に支障がでてしまうからなぁ。今までのサツマイモの収益もあるし、それは何とかなるだろう。
と、今までずっと黙って話を聞いていたコンラッドが手を挙げる。
「ん?コンラッドさん、何かご意見がありますか?」
「ミナトさん。これは私からの提案なのですが、従業員が出てこれない間、我々の商会から人手を送りたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「コンラッドさんの商会?というとビアトリスさんの?」
「そうです」
コンラッドはビアトリスの身内だ。そして最近知ったのだが、ビアトリスはノースマハ随一の商家「フリール商会」の総帥であり、ノースマハの商人を束ねる商業ギルドのギルド長を務めているらしい。コンラッドはそのフリール商会の商隊長として所属している。
「従業員が居ない間、我々フリール商会が畑を管理します。農業が専門ではないのでイアンさん達には及びませんが、維持するくらいは可能ですよ」
「しかし、危険ですよ?それに、コンラッドさんにそこまでしてもらうのは……そうなるとその人達にも給金を払わないと……」
従業員に危害が及ぶ可能性があるから休業にするのだ。イアン達が安全でも、今度は商会の人達が危険にさらされては、休む意味がないし……。
「その点はご安心ください。我々フリール商会に所属する人間は、一通りの武芸を学ぶように教え込まれていますから。自分自身の身ぐらいは守れますので心配はいりません。それにその者達は我が商会の家人ですので、ミナトさんからの給金は不要です」
「しかし……」
「ミナトさん、これは先行投資なのです。今、こうする事が必ずや我が商会の利益に繋がるという確信があるからこそ、人を送るのです。ですのでミナトさんが気負う必要はありません。どうか、私の提案を受け入れて頂けますようお願いします」
「でも、本当にいいんですか?」
「もちろんです。実は総帥からの指示でもあるんですよ。だから心配しないで下さい」
「ビアトリスさんが……」
しばらく悩んだ末、俺はコンラッドの申し出をありがたく受ける事にした。それに今までの実績から彼が言うのであれば、間違いないはないだろうという安心感がある。
そして、その期間中はコンラッドが双子山に常駐してくれる事になった。とりあえずイアン達の安全が確保出来た事、そして畑の維持ができる事にホッとした。
さて、懸念のひとつなくなったところで、次は……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の午後、俺とリンはノースマハの街の北門をくぐって街に入った。
一見するといつもと変わらない平穏に見えるノースマハの街。だがどことなく落ち着かない雰囲気が漂う。連日、兵の訓練が催され、「どこかに攻め入るための訓練なのか?」との噂でもちきりになっている。北門もいつものやる気のない若い衛兵ではなく、堅物そうな中年の衛兵に代わった。
今のところ領主側から公式の発表はなく、しかも初代領主のハロルドから今まで、バーグマン家はどこの戦いにも参加した事はない。突然、大規模な訓練を始めた兵を見て、領民達が不安になるのも当然だろう。
「ミナト、入り口で何も言われずに街に入れて良かったね!」
「そうだね。もし、あそこで衛兵に囲まれでもしたら、どうしようかと思ったけど」
リンが言うように俺が懸念していたのは、昨日あれだけの能力の刺客を差し向けてきたダニエルが、ノースマハの街で俺を捕える罠を仕掛けているのではないだろうかという事だった。だが、北門でも拍子抜けするくらい、すんなり通してもらえた。どうやらノースマハの街では今のところはお尋ね者にされてはいないらしい。うーん。
ただ、ダニエルがシャドウを送り込んで俺を拉致しようとしていたのは確かだ。街ではあまり目立たないよう隠密を発動しつつ、目的の店へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達がやって来たのはベルドの工房だ。工房にはベルド達が拵えた武具や装飾品を販売する店舗も併設されており、兵士や冒険者がひっきりなしにやってくる。
店内に所狭しと並べられている剣や槍、鎧、装飾品……。武具からは何とも言えないワクワクを感じる。前世でも歴史館や史料館に展示された刀や鎧を見ると、時間を忘れて見入ったりしたものだった。
そして、今日はある武具を求めてここを訪れたのだ。
「おや、ミナトとリンじゃないか。また闘酒を申し込みにきたのかい?」
品定めをしているとカンナがやって来た。今日は彼女が店番をしていたようだ。
「もう、そんなにいいお酒はないんですよ~!今日はお客としてきたんです」
「ははは、そうか。それで、何を所望だい?」
「はい、実は鎧を探してまして。フルプレートメイルはありますか?」
「フルプレートメイル?ミナトには、そんなゴツイもんは似合わないと思うよ?」
フルプレートメイルは、頭から脚部まで全身を金属で覆った重装備の鎧だ。全身が金属なので守備力に関しては文句のつけようがない。ただ、その分重く長時間使いこなすには相当の体力がいる。そして全身鎧ゆえ動きがそれなりに制限されてしまうのだ。
「いや、俺じゃなくてですね……」
カンナに事情を説明する。
「なるほどね。それならオヤジに直に聞いた方がいい。工房に案内するよ」
カンナに工房にいるベルドの所に連れていってもらった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フルプレートメイル?おう、あるぜ!これを見てくれよ!新作ができたんだ!」
ベルドの指差す先には、漆黒に鈍く輝くフルプレートメイルが鎮座し、存在感を放っていた。
「お~!すげぇ!立派なフルプレートメイルですね!」
「ツヤツヤでかっこいいね!それにすごく強そう!」
俺もリンも思わず感嘆の声が出た。どんな攻撃にも耐えそうな、重厚で威厳に満ちたフォルム。そして頭から足の爪先まで一体感に溢れた形状。更に俺でも感じ取れるこの鎧に秘められた魔力。間違いなく超一級品だ。
背中のマントがまた男心をくすぐる。いいなぁ~。格好いいなぁ!!
「普通の鎧は鉄製や鋼鉄製なんだが、この鎧は魔鋼鉄って言ってな。高い魔力が込められた魔鉄を鍛えた物だ」
「魔鉄?魔鋼鉄?」
「この鎧の原料はネノ鉱山から取れた鉄鉱石で作られていてな。あの鉱山で採れた鉄鉱石は魔鉄と呼ばれていて、良質でしかも高い魔力が秘められているんだ。魔力が高い鎧は魔法にも高い抵抗力をしめしてな。更にこいつは魔鉄を鍛えた魔鋼鉄にガルラ銀っていう特殊な金属を合成させた合金製だ」
「ガルラ銀?それって特別な金属なんですか?」
「おうよ、加工にはかなりの技術がいるが、他の金属より魔力を秘めやすく、強度も鉄よりはるかに高い。ガルラ王国の特産品だぜ。このあたりじゃミスリル銀って呼ばれているな」
「えっ!まさか、それって銀色で魔力が通りやすくて鉄よりはるかに硬い希少な金属!?」
「お、ミナト、知ってたのか?」
うぉぉ!ここでミスリルの名前を聞くことになるとは!俺のロマン心に火がついた!ミスリルに魔鉄鋼とはね……。色こそ銀色ではなく漆黒だが、これもまた威厳があっていい!素晴らしい逸品だ!
「まぁ、ガルラ銀は王国でも高価な金属だから全身鎧となるとなかなか材料が揃わねぇ。そこで魔鋼鉄にガルラ銀を組み合わせ特別な工程を経る事で、ガルラ銀にも引けをとらねぇ合金をつくりあげたんだ。そんじょそこらの武器なんかじゃ傷ひとつつけられねぇ。長年、試行錯誤していたが、遂に完成したんだ。その努力の結晶がこの鎧ってわけよ!」
ベルドが自慢気に話す。
「実はなミナト。それもこれも、みんなお前のおかげなんだよ」
「へ?俺の?」
「おめぇさんが神酒を飲ませてくれただろ?あのおかげで長年悩んでいたこの最後の工程を閃いたのさ、ありがとよ!」
そう言われると照れるな……。ドワーフ族には神酒を飲むと知恵と知識が授けられるって言い伝えがあると聞いたけど……。怖かったけどベルドの助けになったのなら、闘酒をして良かった。うんうん。
……あ、そうだ!この鎧なら……!
「ベルドさん、お願いがあります!この鎧、俺に売ってもらえませんか!?」
「ミナトにか?しかし、これはお前が身につけるには大きすぎだろう。しかもかなりの重量だ。お前じゃ、逆に動きの妨げになるぜ?」
ベルドにもカンナと同じことを言われてしまった。
「俺が装備するんじゃないんです。実はですね……」
ベルドにもカンナと同じように事情を説明する。
「ほぅ、なるほどな。それならこれでも問題はないな。ただ悪いがこの鎧は既に持ち主が決まってるんだ」
「あ、そうなんですか……」
なんだよ、もう買い手がついてるのか。そりゃ、これだけの名品だもんな。……でも欲しいなぁ。
「まぁ、どうしてもと言うなら本人と交渉するといい。どうせ、本人用じゃないだろうからな」
「え、誰なんです?持ち主って」
そう聞くとベルドがニヤリと笑ってこう続けた。
「ああ、どうせならこの鎧、届けてくれねぇか?この長箱に入った武器も一緒にだ。……双子山の若造の所にな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜、家の前でヌシ様と落ち合った。
「よし、身体を動かしてみよ」
ヌシ様が指示すると漆黒のフルプレートメイルが動き出す。腕を動かし、掌をゆっくりと開いたり閉じたりする。
「どうかな?ベルド自慢の鎧は?」
『……素晴らしい……力が漲る……』
「おおっ、成功ですね!ヌシ様!」
「うむ、この状態ならば昼間も活動出来よう」
『……マイロード……ハロルド殿……感謝……』
目の前には漆黒のフルプレートに憑依し、リビングアーマーになった亡霊騎士がいる。
ベルドの工房から戻った俺達は鎧を譲ってもらうべく、持ち主であるヌシ様の元へ向かった。
なぜ俺が自分で装備できないフルプレートメイルが欲しかったのか。それは鎧に亡霊騎士を憑依させ、リビングアーマーにするためだった。俺を襲撃から護ってくれた亡霊騎士に感謝の気持ちと、彼の力をより引き出せるように、現状で俺が手に入れられる最良の鎧で、リビングアーマーになってもらおうと考えたのだ。
亡霊騎士のままでは夜間しか行動できない。前回の襲撃は夜だったが昼間に来ないとも限らない。リビングアーマーになれば昼間も活動できる。
そして、実際の鎧に憑依する事で、霊体の時のように消えることが出来なくなる代わりに、能力が上がる。その幅は憑依した武具に左右されるが、この鎧は高い魔力を秘めたベルド自慢の合金製だ。武器による攻撃にも魔法にも非常に強い。まさにうってつけだった。
ヌシ様に相談し、鎧を譲ってほしい、と頼んだところ「ほう、ミナトもそう考えたか。気が合うの~。ワシもそう思ってベルドに依頼しておいたんじゃよ」と言っていた。どうやらヌシ様も同じように考え、あの鎧をベルドに依頼していたらしい。
まぁ、ヌシ様がこんな鎧を着込むところは想像できないしな。だいたい頭が入らないし。
しかし、まるでこうなる事をあらかじめ見越していたように思える。やっぱりヌシ様の慧眼には敵わない。
「さて、次じゃな。ミナト、例の長箱を開けてくれ」
「これですか?……おおっ!こりゃすげえ!」
ベルドから預かった長箱を開けるとそこには一本の槍が納められていた。穂は銀色に輝き、柄は鎧と同じく漆黒に染め抜かれている。装飾はシンプルだが、それがかえって質実剛健さを際立たせているように感じられた。
「さあ、ミナトその槍を授けてやれ」
ヌシ様に促され槍を取り出す。フルプレートに合わせて作られたのか、槍にしても通常より長さがありしかも非常に重量がある。何とか抱えあげると、リビングアーマーとなった亡霊騎士に差し出す。
すると、亡霊騎士は片ひざをつき、頭を垂れた。
「そんなに畏まらなくてもいいよ。これでまた俺達を護ってくれ」
『ははっ!』
俺が差し出した槍を恭しく押し頂く。なんだか剣を授ける王様にでもなったようだ
その時、頭の中に念話が響くと同時にディスプレイのフレームが現れた。
『リビングアーマーが従魔契約を求めています。応じますか?Yes/No』
え?これってリンと従魔契約を結んだときと同じだ。じゃあ……。
「俺の従魔になってくれるのかい?」
『はっ!……何とぞ!』
今まではマイロードと言われても、何となくの主従関係だった。しかし、今度は正式な従魔契約だ。
ヌシ様を見ると笑顔で頷いている。ただ従魔はすでにリンがいる。先輩従魔としてリンにも意見を聞いてみる。
「リン、この契約を受けようと思うけどリンはどう思う?受けてもいいかい?」
「うん、いいと思う!ミナトはリンが護るから、ライ達を護ってもらえばいいと思うよ!」
「そっか、分かった」
従魔契約に同意すると、条件設定を聞かれた。もちろん、リンの時と同様に制約は設けない。
「ミナト、制約条件を設定せんでも良いのか?」
「ええ、リンの時もそうでしたし、それに彼らにはもう忠誠という形でもらっていますから」
「ほっほっほ。なるほどのぉ」
そのあと従魔となったリビングアーマーに名前をつけてもらいたい、と言われたため、彼の生前の名前であるウィルをそのまま名乗ってもらう事にした。そして従魔契約の直後からウィルは言葉を発する事ができるようになった。
「それじゃ、改めてこれからも宜しく。ウィル」
「ははっ!」
片ひざをつき、力強く返事をするウィル。まさに騎士といった風情だった。
「そうそう、ウィルの乗っている馬にも買ってあるんだよ。ほら、この鞍!立派だろ!せっかくご主人様がリビングアーマーになったんだ。ウィルの愛馬に着けてやってよ」
マジックバッグから一具の鞍を取り出すとウィルに手渡す。
「はっ!我が騎乗馬にまで配慮下さり、感謝の念に堪えませぬ!」
ウィルが隣に控えていた愛馬に鞍を装着した。近くで見ると黒く美しい雄大な馬体に圧倒される。元々は霊体だがウィルが鞍を装着する事で彼と同じように実体化できるのだ。
「ベルドの工房で売ってた鞍だよ、どうだい、カッコイイだろう?」
俺の声に応えるように馬がヒヒーンと嘶き、俺の顔にスリスリと頬ずりしてくる。うん、霊体の頃より明らかに力強さが増した。
「気に入ってくれたみたいだね!良かったねぇ!すっごく強くなったみたい!ね?ミナト!」
リンも喜んでいる。この鞍はリンのチョイスなのだ。
「ありがたき……。我が相棒と共に必ずやミナト様をお守り致します!」
再び忠誠の言葉を口にするウィル。
「ありがとう。ウィル」
そのあと、もう一体の亡霊騎士が従魔になった。こちらはウィルが従えていた配下の一人で、昨日、シャドウが倒れた後に残った黒装束に憑依したいようだった。
ヌシ様が面白がって、やってみよというので、憑依させてみると昨夜のシャドウそっくりの忍者になった。どうも生前は騎士でありながら、敵情を探る諜報活動も行うスパイのような任務に着いていたらしい。
その動きも亡霊騎士だった頃とは対照的に軽やかな身のこなしで、こっちが本職じゃないの?という感じだった。
彼は生前の名前を覚えておらず、ウィルにも分からなかったため、忍者っぽくコタロウと名付けた。彼には情報収集を担ってもらう。
ウィル達が昼間も活動できるようになり、俺達の戦力は格段に上がった。しかし、備えに完璧はない。ダニエルが次にどんな手を打ってくるのだろうか……。




