8話 タヌ男の記憶
忍者の攻撃から俺を守ろうと俺達の前に立った亡霊騎士。火球を受け止めようとするかの如く、両腕を広げ立ちはだかる。
巨大な火が俺達を飲み込もうとしたまさにその時、
突然、辺りが眩い光に包まれ思わず目をつぶった。
……くっ、まぶしい!!何が起きたんだ……!?
光が収まり目を開けると、眼前の巨大な火球は跡形もなく姿を消していた。目の前には亡霊騎士がさっきと同じ姿勢で仁王立ちしている。しかし、どうやら攻撃を受けた様子はない。
さらに距離を置いた先に、忍者が視界にはいる。そしていつの間にか水蒸気は消え、変わりに霧のようなモヤが薄くかかっていた。
「ミナト、このモヤモヤ何だろう?」
リンに言われ辺りを見回す、突然、周囲に立ち込めた霧。……これはいったい?
「間に合ったようだね」
誰かの声がし、振り返る。そこには若い男が立っていた。ショートソードを腰に帯びた長身で長髪の秀麗の男だ。
「あっ!」
あなたは……と言いかけた俺に男がニッコリと微笑みかける。
そこに立っていたのはヌシ様の前世の姿。ハロルドだった。
ハロルドはそのまま俺の前を通りすぎ、亡霊騎士の前まで来ると歩みを止めた。
「今までよく頑張った。自らの命を犠牲にしても主君を救おうとするその心意気、深く感服した。例え姿は魔物になろうとも、お前はまぎれもない忠義の騎士だ」
ハロルドがそう言うと、亡霊騎士は広げていた両腕を下ろし彼に向き合う。
「後は私が引き受ける。お前は引き続き主君を護ってくれ」
その言葉に敬礼で応える亡霊騎士。それを見届けるとハロルドは忍者のもとに歩みを進めた。
「ちょ、ちょっと!危ないですよ!そいつ忍術の使い手なんです!」
なんの警戒もせず、まるで無防備に近づいていくハロルドに思わず声が出る。しかし、彼はそんな事はお構い無しに忍者に近づいていった。
「やぁ、良い霧だね」
「……貴様、何者だ?」
ハロルドの言葉には答えず、忍者は短刀を構え低く無機質な声で問いかける。
「んー、元英雄の亡霊……かな?」
顎に手を当てて、考えるような仕草をしながら答えるハロルド。
「戯れ言を。貴様もそいつの仲間か」
「まぁ、そんなところだね」
「ならば死ね!」
そう言うなり懐から巻物を取り出す忍者。巻物が開封され、巨大な火球がハロルドに向け放たれる。
「いきなりかい?せっかちな男は淑女にモテないよ?」
やれやれとポーズをとりため息をつく。
「ちょっ!ハロルドさん、危ない!」
そう叫ぶがハロルドは戦闘体勢に入らない。ゆっくりした動作で片手を手を胸元に持っていく。人差し指の先には小さな火の玉がともっていた。
そして何かつぶやくと巨大な火球に向かって指先の火の玉を投げる。もう、ダメだ!と思った瞬間、巨大な火球が煙のようにフッとかき消えてしまった。
「なにっ!?」
驚いたのはヤツも同じだったようだ。
「ちいっ!」
再び巻物を取り出すと、次々にハロルドに向かって火球を放つ。
しかし、火球はハロルドの放つ小さな火の玉によって、手前でことごとく消えてしまう。忍者は火球では通用しないと悟ったのか、少し俺達と距離を取るように後ずさる。
「ハロルドさん!すごいじゃないですか!どうやってヤツの忍術を見破ったんです!?」
そう言うとハロルドはこちらを向いた。
「ニンジュツっていうのは分からないけど、あいつが使っているのは即席魔法とか巻物魔法って呼ばれる物でね」
「即席魔法?」
「そう。魔力の籠った巻物にあらかじめ術式を書き込んでおくんだ。そうしておいて必要な時に開封すれば、封印された魔法が発動する。要するに使い捨ての魔法書だよ」
「でもアイツ、ものすごい数の魔法を飛ばしてましたよ!?」
「そうだね。巻物魔法は使い捨て。一巻きでも結構な値段するんだよ?それをバンバン使えるんだからある意味、羨ましい。私が駆け出しの冒険者だった頃なんて、高くて手が出なかったな」
ハロルドが懐かしそうに話す。
「おい、貴様ら!何をぐちゃぐちゃと!」
あまりに緊張感が無いハロルドの態度に苛立ったのか、忍者が怒鳴る。
「ああ、戦闘中だったね。ごめんごめん」
「貴様、どうやってあの魔法をかき消した?」
あ、やっぱり魔法なんだ。じゃあ、あれは火遁の術じゃなかったんだな。
「魔法ってさ、同じ魔法でも術者によって個性が出るんだよね。さっきのもそう。よくよく見ると組んだ術式に欠陥というか弱い部分があったりするんだ。発動した魔法にもそれが現れる。そこをつけば魔法がパンッ!って解体されちゃうんだよ」
「何だと!?そんな事があるか!?」
ヤツが目を剥いて叫ぶ。
「……ミナト。魔法ってそういう感じなんだね。知ってた?」
「いや、俺が分かるわけないよ」
リンが聞いてくるが俺にもさっぱりである。そもそも術式なんて分かるわけもない。俺の魔法はイメージだからなぁ……。
俺達の感想をよそにハロルドが続ける。
「相手が強力な魔法を使えば、こちらも強力な魔法で相殺する。間違ってはないけど、それだと大変でしょ?だいたいの術士の魔法にはどこかしら弱い部分があるからね。まぁ、上の連中ならそうはいかないけど」
「ふざけるな!あれは宮廷魔術士が作った巻物だぞ!?」
「……へぇ、宮廷魔術士ねぇ。じゃあ、君は王家の関係者かな?」
「……ッ!」
「宮廷魔術士が作る巻物魔法は一般には出回らない。普段は王宮の倉庫に厳重に保管されているはずだ。なのに、あれだけの数の即席魔法をお前は撃った。どういう経緯なのか、何でここに居るのか……気になるね」
ハロルドがそう言った途端、短刀を構え、地を跳ぶ忍者。一気にハロルドとの間合いを詰める。
「ん~。あんまり剣術は得意じゃないんだけどなぁ。まぁ、問題ないか」
「ほざけ!」
悠長にショートソードを右手に持ち構えるハロルド。そこに忍者が狙いを定め、短剣を振り抜く
「まず貴様から死ね!」
しかし、その剣は空を斬る。斬られた身体が陽炎のように揺らめきかき消えると、背後にハロルドが立っていた。
「残念、はずれだ」
「おのれ!」
目にも止まらぬ速さで次々に斬撃を繰り出す忍者。しかし、その全てをショートソードで受け流す。
マジかよ、あれだけの攻撃をショートソードだけで全て防いでる!
「動きに全く無駄がない。すごい……」
リンの感嘆の声が聞こえる。
「もう良いかな?そろそろ、こっちからもいくよ」
ハロルドが左手に魔力を集める。それを察した忍者は距離を取るため後ろへ飛ぼうとした。
「逃がさないよ」
集めた魔力が十数本の矢に変わる。一本、一本に強い魔力がこもっているのが俺にも解る
「いけ、マジックアロー」
放たれた矢が忍者に殺到し、奴が回避を試みる。しかし、マジックアローの速さはその動きを難なく捕捉する。複数の矢がいとも容易く奴の身体を射貫いた。
「ぐはあっ!」
奴の動きが止まった。
魔法の矢によりハリネズミのようになっていた忍者の身体がグラリと揺れ、そのままうつぶせに倒れ込んだ。
「す、すげぇ……」
「ヌシ様、つよーい!」
強い、とにかく強い。これが英雄の実力なのか!
「すごいですよ、ハロルドさん!」
ハロルドの元に駆けよる。
「いや~、久々だったからどうかと思ったけど、何とかなったね」
「やっぱり元英雄ですね、アイツ手も足もでなかったんですから!」
「ヌシ様、すごかったよ!」
「ふふ、これで凄いって言われると、ベルド達に大笑いされるよ」
さっきの戦いでハロルドはヤツを子供扱いにしていた。まさに格が違った、という風に俺の目には写ったがこれでもベルド達に言わせると大笑いされるレベルなのか。
「それにしてもこいつは何者なんでしょうね?」
ぴくりとも動かない忍者を調べようとすると、
「あ、まだそいつに近づかない方がいいよ」
「え、何でですか?」
「そいつは人間じゃないからさ」
「へ?」
突然、忍者の身体が黒い煙のようなものが立ち上った。それと同時に倒れた身体がまるで空気が抜けた人形のようにどんどんと薄くなっていく。
「ひいっ!?」
その不気味な光景に思わず声がでてしまう。まるで肉体が溶け出したかのように消え失せ、身につけていた装備品だけが残された。
「……やっぱり魔力人形だったか」
「魔力人形?」
「そう。魔力を媒介にして動く人形さ。あのマジックアローには魔力を吸い出す効果を込めてあってね。魔力人形は一定の魔力が失われると身体を維持できなくなって消えるんだ」
「本当に人形なんですか?ちゃんと喋ったし、体つきや動きも人間そのものでしたよ?」
「魔力人形にも個体差があって魔力が高い個体になればなるほど細かい指示を聞けるようになるんだ。高性能な素材であれば学習能力が高かったり、自我を持ったりもする。こいつの主人はかなりの使い手だろうね」
「それにしても、この世界にも忍者がいたんですね。びっくりしましたよ」
「ニンジャ?なんだい、それ?」
あれ?忍者って知らない?
「えっと……、俺の前世の世界で過去に存在した、諜報活動を生業にしていた人です」
ハロルドに忍者について説明する。彼には俺の前世の事も話してあるから面倒くさい説明もしなくて済むから助かるね。
「なるほどね。まぁ、こいつらも主人の為に情報を集めるから似たようなものかな。私達はこの手の人形の事を「シャドウ」と呼んでいるよ」
うーん。忍者みたいに諜報活動もできる人形まであるなんて……この世界、まだまだ知らない事が多いなぁ……。
「問題はね、こいつがどこから来て、誰の命令で動いていたか、だけど」
「それが、どうも俺をどこかに連れていこうとしてたみたいなんです。目的は分からないんですけど……」
「ミナトを?」
「俺には狙われる理由が何で狙われたのか分からないんです。黒蛇の奴等は潰れたはずなのに……」
「ミナト、これはダニエルからの差し金だ。こいつは黒蛇に代わる新たな刺客と見て間違いないだろうね」
確かにダニエルの仕業だとすれば腑に落ちる。ルークからも気を付けるように言われていたし、ダニエルがまた新たな刺客を雇った可能性が多いにあるな。
「でも、なんでアイツ、俺を消すんじゃなくて連れ去ろうとしてたんですかね?俺を捕まえてどうしようと?」
「ああ、それはミナトを……」
ハロルドがそう言いかけた時だった。
『お前を人質にするためカネ』
頭の中に念話が響いた。
「ハロルドさん、今、念話使いました?」
彼にそう尋ねるが首を横に振った。
「いや、私じゃない。でも確かに聞こえたね」
「リンにも聞こえたよ!あの草のかげに何かいる!」
リンが少し離れた人の腰程の草むらを指差す。すると、草むらががさがさと揺れ、小さな影が現れた。
「あれ?お前は……」
よくみるとそれはよく見知った顔だった。ふわふわの毛にちょこちょこと歩く、小さな子犬のような体型……。
「……タヌ男?」
俺達の前に現れたのはラナの従魔、ドッグウルフのタヌ男だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、タヌ男の正体はハロルドさんが倒したダンジョンマスターだ、って事?」
「へー、タヌ男って子犬なのに魔族なの?おもしろーい!」
『まぁ、前世の話だが、そういう事カネ。さっきから何度も説明しとるカネ。お前の事もよく覚えているカネ。お前だって、卵みたいなじいちゃんに転生してるカネ。他人の事、言えないカネ』
「確かに私もそうだけど……。あのダンジョンマスターが、この仔に……ねぇ?」
そう答えたハロルドも苦笑している。彼とは対照的に、リンは興味津々といった感じで話を聞いていた。
ハロルドは昔、魔物の爆発的発生を静めた活躍により英雄と呼ばれた。
対してモンスターの発生源のダンジョンのボスが、ダンジョンマスターと呼ばれる存在だ。タヌ男の前世はそのダンジョンマスターだったという。
タヌ男は自らの前世は魔族だったと言った。生前は魔族の研究者であり、ある魔法を研究中、魔力を暴走させてしまい、結果的にモンスターインパクトの引き金になってしまった。そしてモンスターインパクトを静めるため、攻め込んできたハロルドに倒された後、事前に自身に掛けていた秘術により死後、ドッグウルフに転生した。
ただドッグウルフに転生したことで、生前の能力は全て失われてしまい、子犬の為に食料にもありつけず、行き倒れになりそうになっているところをラナに助けられて今に至るらしい。最近、前世の記憶が戻り、念話を得た事でやっとコミュニケーションが可能になった、との事だった。
「……その話が本当だとしてなんで私の前に現れたんだい?君はあの時の魔族なんだよね?なぜわざわざ自分から正体を明かしたんだい?」
『相手の信用を得るには、まず自分の正体を明かさねばならんからカネ。それに今の我には何の力もない。殺すというなら殺しても構わんガネ』
「う~ん、分からないなぁ。君は魔族なんだよね?私が倒したダンジョンマスターだよね?なら私に恨みがあるはずだ。何が目的なんだい?魔族は人族をもて遊ぶような種族だからね」
一般的には、魔族の生態は謎に包まれている。魔族の国があるとか、人間に化け社会に溶け込んで生活しているとか言われているがはっきりとした情報はない。
姿こそ人族に似ているが、魔力が高く寿命も人族より長い。過去には魔族が関わった事で引き起こされた戦争もあったと言われている。人族にとって魔族はあまり良い感情を持っていない。魔族の中には人族と契約を結び力を与えるものもいるという。しかし、それもただ与える訳じゃない。
身近な人で言えばハロルド自身だ。彼は魔族との取引で強大な魔力を得た代償に、子孫にまで影響を及ぼす呪いをかけられた。その呪いの為にエリス達は苦しめられたのだ。
『人族に様々な主義の者が居るように、魔族にもまた様々な思考を持った者が居るカネ。少なくとも我は人族と対立する気も興味もないガネ。我は図らずもモンスターインパクトを引き起こし、人族に多大な被害を被らせたカネ。その事をまず詫びねばならん、すまなかったカネ』
そう言って頭を下げる。
あれ?元魔族の割になんかいい人(?)ぽくない?ちょっと語尾がおかしいけど。いや、魔族だから人族を騙すのはお手の物なのかもしれないな……。
「えっと、タヌ男。それでは君は何の研究を?」
『うむ、それは転移魔……』
タヌ男が言いかけた時だった。
「たーぬーおー!」
『げっ!タヌキ女!?』
いつの間にかラナが立っていた。身体から怒りのオーラが立ち上っている。
「……私の側を離れるなって言ったでしょ~!」
『ひ、ひ~!堪忍カネ~』
直後、ラナが「獣王の眼光」を発動し、タヌ男は気を失ってしまった。
「……急にいなくなったから心配したんだ……」
そう言いながらタヌ男を抱えあげ、ギュッと抱きしめるラナ。
「……ミナト。もう敵はいいの?」
「あ、うん、多分……」
「……良かった。じゃあもう安心ね。……ライに伝えてくる」
そう言うとラナは、タヌ男を連れて帰っていった。
「ラナも何気におそろしいな……」
「あのスキル凄いよね。もし、私達も獣系の魔物だったら一緒に気絶していたよ」
「それより、さっきのあの話、信じられます?」
「難しいところだね。ただ、モンスターインパクトの経緯を知っているようだし、全く関係がない訳じゃないと思うよ」
「これからどうしたらいいですかね?もし、タヌ男の正体が魔族だったら追い出した方がいいですか?」
そうハロルドに尋ねると
「えー?ダメだよ!だってタヌ男は今まで悪い事してないし、タヌ男はラナの友達だよ?そんな事したらラナが悲しむよ!」
頭上のリンが反対する。リンは二人を離したくないみたいだ。まぁ、確かに言われてみればタヌ男は今までは悪さはしていないんだけど……。
「でも前世の記憶も取り戻したようだし、魔族のスパイとかだったら大変じゃないか?万が一の事があったら……」
「でも絶対ダメだよ!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。いくら元魔族だと言っても、今のタヌ男はラナの従魔だし、もう昔の能力は使えないみたいだから。それにラナのスキルならタヌ男を抑えられる。今は監視の意味でも、タヌ男には目の届く範囲に置いた方がいいと思うよ」
「……ハロルドさんがそう言うなら、タヌ男の事はしばらく置いておきましょう」
「ああ。今はダニエルの行動を注視しよう。怪しい動きをしているのは確かだ。こちらでも情報は集めているが、裏がとれ次第、報せるよ。ミナトも行動には気を配ってくれ」
今回はハロルドのおかげで何とかなった。でもまた何を仕掛けてくるかわからない。今までとは何かが違う、ダニエルの動き。
嫌な予感は確信に変わりつつあった。




