7話 幻術士と現術士
「もの凄かったんですよ、ヌシ様の幻術は!」
双子山の山頂からの帰り道、ライが興奮しながら話している。
目が見えないライに幻術をかけてみたところ、突然、周りの景色が見えるようになったと驚き、その時の感動を交えて情景を俺達に伝えてくれた。
「これがいつでも見えるなら、目が見えない人でも生活に支障なく暮らせます。これは素晴らしい事ですよ!ミナトさん!」
「そうだね。ヌシ様達はみんなその道の達人だ。きっと上手くやってくれるよ」
「はい!」
嬉しそうに話すライを見ていると、俺も嬉しくなる。「魔力探知」のスキルを獲得したことで、魔力による視界を得たライだったが、やはり目から得る視界とは少し違うようで、「まるで本当に視力が戻ったようだった」との感想だった
「……私は途中で、眠たくなった」
ライの隣を歩いていた妹のラナがぼそっと言った。
ライと一緒に来たラナだったが、ヌシ様達の話を聞いているうちに、うとうとと船を漕いでいた。どうも話の内容が難しくて呪文のように聞こえ、そのうちに睡魔が襲ってきたらしい。
「ラナにはちょっと難しかったかな?でもタヌ男はちゃんと話を聞いていたみたいだよ?」
居眠りしていたラナの横では、彼女の従魔でドッグウルフの子供、タヌ男が行儀よくお座りして話が終わるのを待っていた。今はラナの後ろを、ちょこちょことついてきている。
「……むぅ~」
「ははは、仕方がないよ。難しい話は眠たくなっちゃうもんだからね。よしよし」
ほっぺたをぷくっと膨らませ不満げなラナの頭をなでつつ、山道をくだっていく。
ヌシ様達によって「幻術が付与された装備品」について、おおまかな概要が固まった。
もちろん概要が固まったからといっても、すぐに装備品ができるわけじゃない。装飾品のサンプルをいくつも作り、それに最適な術式を編み出し、付与させなければならない。それなりの日数が必要だ。
何せ幻術を付与する装備品を作るのは、ハロルド達にとっても初めての事だからな。
理想としては「身につける人の妨げにならないよう、使い心地と重さ、更にそれ一つで老若男女、誰でも使えるものがいい」という事。それに加えて術式が付与可能な装備品でなくてはならない。
指輪や腕輪では指や腕のサイズが一人一人違うし、依頼されてからオーダーメイドで作ると手間が莫大にかかってしまうため、候補から外された。
検討の結果、ペンダントのような首飾りか、イヤリングのように汎用性のある装飾品にしようということになり、まずは付与するための試作品を何種類かの素材で作ってみよう、という結論に至ったのだ。
「そういえばヌシ様がミナトも「げんじゅつし」だよ、って言ってたね!ミナトもヌシ様みたいな魔法を使えるんだね!」
頭上のリンが楽しげに話す。
「別に俺が幻術魔法を使えるわけじゃないよ。ただ幻術の見方を変えてみただけでさ」
俺達の帰り際にヌシ様が俺に、
「ワシは幻を操る「幻術士」じゃが、お主もまた幻を操る者。さしずめ「現術士」といったところじゃな」
と言った。
言葉にすると全く同じなので、最初聞いた時はよく分からなかった。どういう事か尋ねてみると、
「ワシは幻を見せて惑わす為に幻術を使う。ワシは今まで幻術は相手に負の効果しか与えぬものと思っていた。しかし、お主は違った。幻術を使って目が見えない者の視界を取り戻そうと考えた。幻を使って現、つまり「現実」を見せようとする者。ゆえに現術士なのじゃよ」
との事だった。
「現術士かぁ……。俺は何もできないんだけどな」
「そんな事ないよ!ミナトが思いつかなかったら誰もやらなかったと思う。きっと喜んでもらえるよ!」
「まぁ、俺はきっかけを作っただけだよ。ヌシ様が幻術の術式を書いてたけどめちゃくちゃ複雑で何が書いてあるのか、全く分からなかったし。俺にはとても無理だなぁ」
「うん!リンもさっぱり分からなかったよ。やっぱりヌシ様達は凄いね!」
リンがそう誉めた時だった。
『そうカネ?あれはもっと短くできると思うガネ』
……ん?
「あれ?リン、今、念話使った?」
「え?使ってないよ?」
「あれ?おかしいな……。今、誰かの念話が聞こえてきた気がしたんだけど……」
リンは使ってないし、ライとラナは念話スキルは持ってない。辺りを見回すがそれらしい人物は見当たらない。
「……?気のせいかな?」
きっと疲れているせいだ。今日は早く休もう。そう思いつつ俺達は家に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから数日後の事……。
我が家に、元ギルドマスターのルークが訪ねてきた。何でも領主から冒険者ギルドへある嫌疑がかかっており、現ギルドマスターのクローイに釈明の為の出頭要請が来ている、との事だった。
嫌疑の内容は「冒険者を煽動した地下水路の爆発容疑」。爆発事件を起こす事で、領民の動揺と不安を掻き立て領主への反抗を企てた。さらにギルドは不正に薬物を所持しており、発覚を恐れて証拠隠滅を謀った。というものだった。
確かに俺達はこの件に関わっている。だが、爆発を引き起こしたも薬物を所持していたのも「黒蛇」の奴等であって俺達じゃない。それに生存者は俺達以外には居なかったはずだ。誰にも見つかっていない以上、領主側から犯人だと断定される謂れはない。
領主側の主張する内容が胡散臭いのは、黒蛇の事が全く触れられていない事だ。さらに、ギルド側が不正な薬を所持していたという証拠もあいまいで、何より冒険者ギルドの誰が関わったのか明確な回答がない。にも関わらず冒険者の仕業と決めつけている。
「恐らく、最初から結論ありきの嫌疑だろう。黒蛇との関係を公にされるとまずい領主側が、冒険者ギルドにその責任を擦り付けようとする意図が見える。だが、例え領主側がどう詭弁を弄そうが弁舌に秀でるクローイならば説き伏せられるはず。気になるのは領主側がこれまでより妙に強硬である事だ。こちらでも探っているが、何か企んでいる可能性がないとは言えん。ミナトも用心してくれ」
そう言って、ルークは帰っていった。
そういえばリンも「近頃、どこかから見られている気がする」と言っていた。気配探知を使うと気配が消えるため、よく分からないそうだが、どこかから見張られているような嫌な感じがするらしい。その辺りは野生の勘、とでも言うべきものかな?
それにしてもバーグマン領が何だか慌ただしくなっているような、何か大きな力が動いているような嫌な感じがする。これから良くない事が起こるような気がした。
この嫌な予感が外れたらいいんだけど……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の深夜。
『……マイロード……マイロード……』
……ん?誰だ?誰からの呼び声で目が覚める。
隣を見るがリンはまだ眠っていた。もう一度耳を澄ます。
『……マイロード……敵勢……危険……』
……!この声……亡霊騎士からだ!
夜の畑では亡霊騎士達が見張りをしてくれている。その彼らからの念話だ!
急いでリンを起こす。
「リン、起きて!敵が来たみたいだ!」
「……え?敵?」
「そう!亡霊騎士達から警告が来た!急いで支度をしよう!」
リンは一瞬きょとんとしていたが俺の言葉をすぐに理解し、身支度を素早く整えた。
急いでライとラナを起こし、双子山に逃げるように指示すると、俺達は家を飛び出し、亡霊騎士達のもとに走る。
家を出た俺達は亡霊騎士がいるであろう、農園の入り口付近へ急いだ。
サツマイモ畑は、俺の家辺りからだんだんと拡張していった。イアン達の努力のかいあって、今では大農園と呼ぶに相応しい広さになっている。そのかわり、広くなりすぎてリンの気配探知でも探索できなくなる場所が出始めていた。
左右にサツマイモ畑が広がる大通りあたる道を走っていると……。
「ミナト、あれ!」
頭上のリンが叫ぶ。居た!亡霊騎士達が誰かと対峙してる!
目線の先には五体の亡霊騎士とそのリーダーの馬に乗った騎士がいた。
騎士達に相対するのは一人の人間。そして月明かりで見えたその姿に俺はある人物を連想した。
「え!?あれ……もしかして……忍者!?」
何の因果か、それとも全くの偶然か。黒装束に身を包み黒頭巾で顔を隠したその姿は俺が生前に見た日本の忍者だった。まさかフォルナで忍者に出会うとになろうとは!
その忍者に一体の亡霊騎士が槍を突き立てる。
しかし、その槍を軽やかな動きでひらりと交わす忍者。それと同時に、懐から巻物のような物を取り出した。
巻物を開いた瞬間、巨大な火球が飛び出し、一体の亡霊騎士を包み込んだ。
え!?まさかあれは……!
『……ガ……グァ……!』
なすすべなく炎にまかれる亡霊騎士。断末魔のような、言葉にならない声が聞こえる。炎が消えると亡霊騎士もまた消滅していた。
「あれは火遁の術!?」
バカな!ここは日本じゃないぞ!?なんでこんなところに忍者がいるんだよ!?しかも忍術みたいのまで使うし!
奴が背中に背負った剣を引き抜く。その刀身は辺りが暗いのにもかかわらず、まるで発光しているかのように浮かびあがっている。
俺を護るように亡霊騎士達が行く手を遮る。しかし、ヤツはそれをものともせず突っ込んでくる。
亡霊騎士が振り下ろす剣を弾き、斬りつける。斬られた騎士は、紙切れのように切断され消えてしまった。
……一体……二体……、斬り裂かれた亡霊騎士はどんどんその数を減らしていく。
亡霊騎士に効いているところを見ると、あれは何らかの属性がかかった属性剣なのか!?
馬上の騎士が手にした槍を空に掲げる。槍の穂先に刺さったフルヘルムの目が赤く光った。すると新たな亡霊騎士達が地表から湧き上がってくる。
その数、十は下らない。数を増やした騎士達が一斉に忍者に襲いかかる。しかし、現れた亡霊騎士もまた同じように斬り裂かれ次々に消えていく。
こいつ、めちゃくちゃ強い!
『……マイロード……退避を……』
亡霊騎士の念話が聞こえてくる。
「いや、俺達も戦うよ!ね、リン!」
「うん、リンもやるよ!」
頭上のリンが、力強く返事を返す。
『……我々が……時を稼ぎ……退避を……』
「君らを犠牲にして、俺達だけ逃げるわけにはいかないだろ!」
木刀を構え、リンもいつでも同調ができるよう戦闘態勢を整える。
「貴様がミナトか?」
突然、忍者が俺に声をかけてきた。
「だったら、どうだって言うんだ!」
くぐもった声。低く響くようなその声色は、俺に威圧と恐怖をわき起こさせる。
「ククク、好都合だ。貴様には俺と共に来てもらう」
「何だって?何の為だ!どこにだ!?」
「貴様が知る必要はない」
「断る!」
奴が何者かは分からない。しかし、味方でないことだけは確かだ。
「ならば力づくでも連れていく」
そう言いながらまるで飛ぶように迫ってくる忍者。その前に馬上の亡霊騎士が立ち塞がる。槍の穂先に刺さったフルヘルムを抜き取り、小脇に抱えた騎士が串刺しにせんと槍を繰り出した。
『……ヌゥン!!』
速い!俺の目では追いきれない!
しかし、忍者はその攻撃を軽やかに交わしていく。交わし、剣でいなし、弾く。
「リン!俺達もいくぞ!」
亡霊騎士だけに戦わせては駄目だ!同調を発動させ、亡霊騎士と戦っているヤツの背後に回り込む。
「おらぁ!」
「シイッッ!」
振り抜いた木刀を、忍者が剣で受け止める。しかし、俺はそれをものともせず、力任せに木刀を押し込しこんだ。
「ぬっ!?」
ヤツの目がわずかに見開かれる。
意外だったろ!?そっちが属性剣ならこっちは魔剣なんだよ!
「今だ!俺が抑え込んでいるうちにやれ!」
俺の声に反応したかのように亡霊騎士が槍を突き立てる!
しかし、その刹那、ほんの僅かな隙をつきヤツが巻物を引き出した。
危機探知が反応し、体内をゾワッと悪寒のようなものがはしる。これは……やばい!!
「リン!」
その声に反応したリンに操られ、俺は後方に飛びさすった。
次の瞬間、奴の周囲に地面から炎の渦が湧き上がる。槍を突きだしていた亡霊騎士が炎に包まれた。
『……グ……グァ……!』
炎に焼かれながらも槍を地に刺し耐える騎士。
このままじゃ危ない!とっさにイメージを思い描く。
「間に合え!ウォーターボール!」
いつものウォーターボールより、巨大な水球を発動させると炎上する亡霊騎士に向けて放つ。瞬く間に炎は消え、巨大な水球が騎士を包みこむ。
「解除!」
魔法を解除すると、騎士を覆っていた水球はフッと消えた。亡霊騎士から白い湯気が立ち上る。
『……マイロード……感謝……』
「ああ、でもまだだ!奴を倒すぞ!」
『……御意……』
そう応えた亡霊騎士だが、その動きは鈍い。攻撃を受けたダメージは深刻で、すでに満身創痍に見える。次に攻撃を食らえばヤバいかもしれない。
「ミナト!また火の玉がくるよ!」
奴が新たな巻物を取り出し火球を呼び出す。勢いの増した炎が俺達に迫ってくる。ハンドガンを引き抜き構えた。
「水魔弾!」
凄まじい早さの水の弾丸は、火球を貫き火球をかき消す。速度を保持した魔弾はそのままの勢いで奴に襲いかかる!
「……ッ!」
弾丸は右脇腹付近をかするように抉っていった。しかし、ぎりぎりで交わされてしまい、致命傷とまではいかない。水魔弾を回避した忍者が、再び巻物を取り出す。
次々に新たな炎が産み出される。俺達に向かって放たれた、大小たくさんの火球が殺到した。
「くそっ!水魔弾!ウォーターボール!」
放たれる巨大な火球には水魔弾を、それより小さい火球にはウォーターボールをぶつけ迎撃し続けた。水と火がぶつかりあい、辺りに濃い水蒸気が立ち込める。
魔法の連発で体内魔力がどんどん失われていく。……このままじゃ、やばい!
その時、攻撃がやんだ。水蒸気に包まれ辺りが見えない。緊張がほんの一瞬弛む。
「ミナト!危ない!」
「……えっ?」
その声と共に頭上から光る剣が振り下ろされる。
しまった!いつの間に!?
ガキッィ!!
という音という金属音と輝く剣が交わり、光が飛び散る。
「チィッ!」
舌打ちと共に、再び姿を消す忍者。見ると奴の剣が、根元付近から破壊されている。そして、右肩から腹部あたりにかけ黒装束が袈裟斬りに斬り裂かれており、そこから切断された編み込み状の鎖が姿を見せている。
……アイツ、水蒸気にまぎれて攻撃してきやがったのか!くそっ!気配が分からなかった!
「ミナト!大丈夫!?アイツの剣は壊したよ!ダメージも与えられた!」
「よくやったぞ!リン!」
リンのナイフも俺の木刀と同じく魔剣だ。今のはリンのスキル「光刃」。光の刃を伸長させ、相手の剣を破壊したうえで斬りつけたらしい。
致命傷にこそ至らなかったが、奴に一撃を加えた!どうだ!攻撃できるのは俺だけじゃないんだぜ!意表をついたつもりだろうが、突然のリンの攻撃にさぞ驚いただろう!
このまま反撃だ!と思った時だった
「ミナト!また火の玉がくる!」
「またかよ!?どれだけ攻撃するんだ、アイツは!」
接近戦は分が悪いと踏んだのか、忍者は再び距離をおいての攻撃に切り替える。また様々な大きさの火球が飛んできた。それをウォーターボールで迎撃し続ける。
すでにかなりの数を落としたはずだ。なのに、攻撃は一向にやむ気配がない。奴の魔力は底無しか!?
怒涛の攻撃に、すでに俺の魔力が尽きかけていた。
「ミナト、大きなヤツが来る!」
くそっ!魔力がもうほとんどないぞ!魔力消費の高いアクアバレットはもう使えない!
「頼む!ウォーターボール!」
苦し紛れに放ったウォーターボール。しかし、それは巨大な火球に飲み込まれるように消えてしまった。
しまった!やはりウォーターボールじゃ威力が足りない!
ウォーターボールをかき消した火球が俺達を焼きつくさんと迫る。
その直後、亡霊騎士が俺達の前に立ちはだかった
『……マイロード……護り……』
「おい、何やってるんだ!やめろ!」
『……どうか……御無事で……』
「やめろー!!」
俺達をかばうように立ち、全て受け止めるかように両腕を広げる亡霊騎士。
巨大な火球が全てを飲み込む直前、火球から眩い光が放たれ思わず目をつぶった。




