2話 サツマイモ畑でつかまえて
早朝の双子山にカツッ!カツッ!と木剣がぶつかり合う音がこだまする。
「これならどうだっ!」
勢いのついた木剣同士が交わり合い、ガツンとくる衝撃が身体を駆け抜けた。
一瞬、姿勢が崩れたフィンに反撃をしかける。これが胴に当たれば俺の勝ち……!
「甘いぜ!」
上手い具合に身体をくねらせ、フィンは剣先を回避する。そして絶妙な位置から繰り出されたフィンの反撃の剣が、俺に迫る。
「おっ!?」
フィンのトリッキーな動きに、動作が一瞬遅れた。
……やばっ、間に合わない!
「おりゃあ!!」
「あだっ!!たんまたんま!」
俺が防御をとるより少しだけ早く、フィンの剣先が俺の肩に届いた。革の鎧越しに肩から痛みが全身に走る。
「そこまで!勝負あり!」
ゲッコウの制止によって、俺達の動きが止まった。
「やった……。やったー!ミナトに勝ったぞー!!うおおおおお!!」
ガッツポーズをしたフィンが勝利の雄叫びをあげると、そのまま地面に倒れこんでしまった。
「お、おい、大丈夫か!?フィン!」
慌てて彼の元に駆け寄る。……どうやら大丈夫そうだ。倒れたフィンは勝利の余韻に浸っているようで、嬉しそうににやけている。
「今日はこれまでとしよう。ミナト、長い時間、訓練に付き合わせてしまって悪かったな」
様子を見守っていた彼の師匠で、リザードマンのゲッコウが言う。
「いえ、俺もいい運動になりましたよ」
フィンから対人戦の訓練を申し込まれ、気軽に引き受けた、までは良かったんだけど……。
「勝つまでやるぜ!手加減するなよ!」の意気込みで打ち込んできたフィンを相手に、かなりの試合数をこなす羽目になった。
「フィンもだいぶ腕を上げましたね。やっぱりゲッコウさんの教え方がいいんですね」
「いや、まだまだだ。そもそもミナトが自分の愛刀を使えば、フィンの実力では一本取ることはできなかっただろう」
「いや~、でも久しぶりに木剣を使ったんで、最後は腕が上がらなかったです。俺もまだ修業が足りません」
俺は今回、自分の木刀ではなく訓練用の木剣を使った。
俺の愛刀である魔剣(木刀)は俺が他の剣を使おうとするのを嫌う。その呪いのせいで木刀以外の剣を使うとめちゃくちゃ重くなるのだ。
そんな状態で戦っていたから、最後は体力もなくなるし、腕の力も入らなくて、ヘロヘロな二人の気力勝負になってしまった。
……それにしても
「まさか勝つまでやり続けるとは……。何回負けても挑んでくるフィンの根性はすごいですね」
「そうだな。フィンの負けん気は冒険者向きだろう」
元々の性格もあるのだろうけど、彼のへこたれない性分は羨ましくもある。
そして、ゲッコウに師事してから、フィンの剣の腕はかなり上達した。剣の振り方やスピードも最初の頃とは比べ物にならない。毎日、真面目に鍛錬している証拠だろう。
「ミナト、おつかれさま~!はい、これ!」
ゲッコウと一緒に試合を見ていたリンが、汗拭き用のタオルを持ってきてくれた。
「お、ありがとう。リン」
受け取ったタオルで身体を拭く。ずっと動き回っていたから汗だくだ。
「ミナト、大丈夫?」
「うん、さすがに最後の方は体が動かなくてね。疲れたよ~!」
「ねぇ、ミナト。今度はリンと一緒にフィンと試合しようよ~!その方がフィンも強くなるよ!」
そんな話をリンとしていると、倒れ込んでいたフィンがふいに立ち上がり、ゲッコウに問いかけた
「師匠!ミナトに勝ったんだから、Cランクの試験を受けてもいいっすよね!?」
その弟子を見てゲッコウは、やれやれと言った風に首を振った。
「フィン、お前がミナトから一本取るまで何戦かかった?」
「えっと、8戦くらい?」
「……26戦だ。それにミナトは一人で戦っていただろう。ミナトは本来はリンと一緒に戦うのだぞ?従魔を使わないテイマーに勝てないようでは、剣士として立つ瀬がなかろう?」
「う……。まぁ、そうなんすけど」
「早く試験を受けたい気持ちは分かるが、焦りは禁物だ。実力はついてきてはいるがまだまだ未熟。せめて3本に1本取れるようになれ。その為にはもっと修行せんとな」
「ちぇっ、まだまだかぁ。ミナト、次はもっと強くなってくるからな。覚悟しとけよ!」
「はいはい、分かったよ。お前が強くなるの、楽しみにしてるからな」
「フィン、調子にのってはいかん。ミナトに礼を忘れるな」
「はい!師匠!分かってますって!ミナト、訓練ありがとな!」
この無遠慮で、お調子者のフィンは、存外強くなるかもしれない。その力をいい方向に使えるようにしてやりたいよなぁ。ゲッコウさんともいい関係が築けてきているし。
そんな事を考えていると……。
「ミナト、イアンが来たよ」
リンの指差す先、イアンが小走りにやって来るのが見えた。
「おはようございます!おや、フィン。朝から訓練か?えらいぞ!」
「ああ、聞いてくれよおやっさん!俺、ミナトから一本取ったんだぜ!」
「ほぉ、ミナトさんから?それはすごいな」
「だろ?一人前まであとちょっとだ。期待してくれよな!」
自慢気にそう言うフィンを見て、俺もゲッコウも苦笑した。まぁ、その「あとちょっと」が長いんだけどね。
「ところでイアンさん。今日はどうしたんですか?」
イアン達は朝から畑作業がある。特に朝は忙しく、訓練場に来るなんて珍しい。
「それが……。畑が大変なんです!」
え……?何があったんだろう?これから訓練の反省会をするというゲッコウ達と別れ、俺達はイアンと畑に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「見て下さい、この畑を!」
イアンの指し示した畑。その畝は乱雑に掘り返されサツマイモが顔を覗かせている。辺りには掘り出した芋が散乱し、芋を入れる籠が転がっていた。
「これは……また芋泥棒ですね?」
渋面で頷くイアン。ここのところサツマイモを狙った芋泥棒が増えている、という話を少し前からイアンやコンラッドから聞いていた。
サツマイモが有名になり、「双子山のサツマイモ」がブランドになるにつれ、それを狙う窃盗事件も発生した。
丹精込めて育てた農作物を出荷直前に盗まれる無念さは、想像にあまりある。日本でもよく起こった事件だが、美味しいところだけを盗んでいく犯人には憤りを覚える。
「うーん。ここまで多いとなぁ……冒険者ギルドで用心棒の依頼を出しましょうか?」
「そうなんですが……最近は少し様子がおかしいんです」
なぜか言い淀むイアン。
「何かありましたか?」
「はい。実はこのように盗もうとした形跡は以前からよく見かけたのです。しかしこれがどうにも奇妙でして……」
「というと?」
「ここには籠も芋も残っている。つまり犯人は何も取らずに立ち去っているのです。もしや、ミナトさんが何か対策をたててくれたのかと思ったのですが」
「え?いや、俺は何もしてないですよ?」
サツマイモ畑は今ではかなりの広さになり、端の方はリンの気配探知でも届かないほどになっている。だからそこを狙われると俺達でも把握できないし、どうしようか考えていた矢先だった。
「そういえば少し前、野菜泥棒を捕らえたのですが、これも妙な感じだったのですよ」
イアンは話を続けた。
「その男は朝、畑に倒れていたのですが目を覚ますとうつろな目をしてしきりに「来るな!来るな!」と叫んでいたのです。衛兵に引き渡したので、その後どうなったかは分かりませんが衛兵からは何か恐ろしい物でも見たのではないかと……」
それってまさか……。俺はゴクリと唾をのむ。
「断定はできませんが得体の知れない物怪かゴースト等の悪霊に取り憑かれた可能性も……」
急に体温が奪われていく感覚に襲われ、背筋がゾクッとする。
「それでですね。ミナトさんに是非、真偽を確かめていただけないかと……」
「えー!?俺が、ですか……!?」
ちょ、待って。え?俺?俺が確かめるの?うそーん。俺じゃなくってもいいでしょう!?ね?イアンさん!
「いや~。私はどうもその手の話は苦手でして……。ミナトさんならリンさんもいるし、魔法も使えますよね?我々、従業員の不安を取り除く為、ぜひとも真相を明かしてください!」
「ええ~……」
俺も嫌だよぉ……。しかしひたすら頭を下げるイアンに「従業員の安全の為にお願いします!」と言われるとなんとも断りづらく、結局引き受ける事になってしまったのであった。とほほ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そしてその日の深夜の畑……。
「なるほど。それでワシが呼ばれた、という訳か」
「ヌシ様なら双子山の主ですし、そのへんの知識も豊富だと思いまして!」
「そんな事言って、本当は怖いんじゃろう?」
「う……ま、まぁ、否定はしませんが」
イアンから聞いた「得体の知れない物」の正体。ひょっとしたらそれは以前、双子山で見た霧の幻じゃないかと思いヌシ様に聞いてみたが、本人がそれを否定した。
「霧は双子山を守るためのもので、畑までは拡げておらんよ。きっと別のものなんじゃろうな」
との事だった。
「ミナト、ゴーストや悪霊は、見かけこそ恐ろしいなりをしているが通常の魔物と変わりはせんよ。必要以上に怖がることは、冷静な判断力を欠き自らの手足を縛る事になるぞ?」
「頭ではわかってるんですけどねぇ……」
「冒険者となれば物怪などより恐ろしい敵はごまんとおる。戦いにおいて常に心に余裕を持つことが大事じゃ。そうでなければここぞという時、適切な手が打てんでな」
「うう。仰るとおりです」
ヌシ様は冷静だ。元英雄のハロルドであれば、この程度の事はいくつも経験してきたんだろう。
「安心して!ミナトの事はリンがちゃんと守るよ!霊が来たらリンがスパパッ!ってやっつけるから!」
リンが俺を励ますようにナイフを振る仕草をしてみせる。
「うん。ありがとう。リン」
「ほっほっほ。頼りになるのぉ。それなら安心じゃ。それでは敵が現れるのを待つとするかな」
農園の周囲が見渡せて、そして向こうからは上手い具合に体を隠せる農具小屋の影に身を潜め、異変が起きるのを待つことにした。
「何、夜は長いでの~んびりとな。よっこいせ、と」
敷いた筵にヌシ様がゆっくりと腰を下ろす。俺達もそれに倣って座る。
「ただ待つのも暇じゃな。ミナト、お茶を出してくれんか?」
「リンはホットミルク~!」
「あ、はいはい」
マジックバッグに入っている緑茶とホットミルクを取り出し、二人に渡す。
「ん~、外で飲む茶もまた格別じゃのぉ」
「うん!おいしーね!」
まるでピクニックにでも来たような気軽さで、ヌシ様もリンもニコニコと飲んでいる。月明かりにてらされて明かりがなくても周囲の視界はそれなりにあった。
「そういえばミナト。お主らはエリスと暮らしとったのだろう?あの子はどうじゃった?元気でやっておったか?」
「そうですね。色々ありましたが、今は穏やかに暮らしていると思います。ミサーク村も平和になりましたから……」
「エリスの魔法はすごいんだよ!敵がズバッて斬れたり、ヒューンって飛んでっちゃうの!」
「ほほう、そうかそうか」
待っている間、ヌシ様に俺がエリスと出会ってからの事を話した。母としてオスカーもトーマも立派に育てたし、二人もエリスを慕っている。村でも一目おかれているし、防衛隊では最後の切り札のような存在だしな。
俺達の話をヌシ様は、うんうんと嬉しそうに聞いていた。やっぱり父親としては気になるよね。
「でね、ブラックビーキングをエリスとミナトが……」
と話していたリンを突然、ヌシ様が制止する
「二人とも残念だが今日はここまでのようじゃ。おいでなすったぞ」
「ほんとに?まだリンの気配探知じゃ分からないよ?」
「ほっほっほ。経験の差じゃ」
どうやらヌシ様のスキルは、リンのそれよりさらに範囲が広いらしい。
「来たって、まさか悪霊がですか?」
「いや、泥棒のほうじゃ」
「あ、なんだ、そっちか」
泥棒と聞いてなぜかホッとした。
「なに、どうせゴーストにもすぐに出会えるわい」
「げっ、マジですか?」
「よいか、声を出すなよ。ここからは念話を使うんじゃ。リン、隠密を忘れんようにな」
リンが頷き隠密を発動させた。
……それから少しすると向こうから二人の人影が見えた。各々、黒い服を身につけ、背中に大きな背負い籠を負っている。
そして畑にやって来ると、植わっている収穫直前のサツマイモの蔓を力一杯引っ張りはじめた。間違いない。サツマイモ泥棒だ。
『どうします?捕まえますか?』
『いや、少し待て……。今から面白い物が見れそうじゃ』
念話でヌシ様に話しかけるも、そう言って俺達を止めた。
面白い物ってなんだ?と思っていると……
……ガシャン……ガシャン……。
どこからともなく金属が擦れ合う音が響き渡りはじめる。どこから響いてくるのか、見回しても誰もいない。
『ミナト、これなんの音?気配探知にも反応がないんだよ?これだけ近いならすぐわかるはずなのに、おかしいなぁ』
リンが不思議そうに首を傾げる。
俺にはこの金属音に覚えがあった。だとするともうじき……
と。
突然、畑にぼおっと青い炎のようなものが複数現れた。その数5つ。ゆらゆらと揺れる炎は、その中に人の形を浮かび上がらせる。やがてそれはひとつひとつが騎士の形を結ぶ。
しかし、それは異様なものだった。
その中の騎士の一人の鎧は強い衝撃を受けたのか胸部が大きくへこみ大穴が開いてしまっている。腕がない者、脚が無い者、また鎧が大きくひしゃげてしまっている騎士もいた。
本来は鈍く銀色をしているはずの鎧、そして持つ槍には、赤い血糊の様なものがべったりと付着している。
その中でもひときわ目を引く、馬に乗った指揮官と思われるフルプレートの騎士には、頭部がなかった。そして空に向かって握られた槍の穂先に、頭のような物が突き刺さっている。
「ひいいっ!」
そのあまりの異形に、一気に血の気が引き思わずリンを抱きしめる。
青い炎を纏った亡霊騎士達は、狙いを定めたかのように、サツマイモ掘りに夢中になっている泥棒達に向かい、ゆっくりと歩を進めていった。




