28話 ネズミ達は夜と遊ぶ
「リン、大丈夫かなぁ……」
リン達が地下水路の闇に消えて数分。今だ通路内は静かだ。剣を交えるような物音どころか、足音すら聞こえてこない。
ルーク達は隠密で気配を消している。もし通路に敵がいても気づかれることなく排除しているんだろう。ワンドもトゥナもルークが厳選したメンバーだ。実力が本物である事には疑いの余地はない。
……それにしても、古い遺跡のような水路跡に一人取り残された、この心細さといったら……。出ない……出ないよな?「ゆ」のつく奴とかさ……。うう、考えると余計出てきそうな気がする……ああああっ!駄目だ!考えるの止め!今は敵が来た時の為に準備しないと、そう!準備準備!
俺は松明の火を消し、「ライト」を発動させる。松明は辺りを照らす便利なアイテムだが、使用中は常に片手が塞がってしまう。通路には篝火が等間隔で置かれており、それなりに明るいのでライトは必要ないかも知れないが、より明るい方が「ゆ」のつく奴らも嫌だろう、うん。そして木刀を取り出し強く握りしめる。頼むぜ、魔剣!
……と
突如、何かを吹っ飛ばしたような派手な音が奥から聞こえた。その音を合図に怒鳴り声、そしてぶつかり合う金属音が聞こえてくる。
始まった!!
逸る気持ちを抑え、俺は状況を見極めるため意識を集中させる。
俺の役割はルーク達の支援だ。俺は何をすべきか?支援役をしていたゲッコウなら何をするだろう。しかし、そんな事はゲッコウから聞いた事はない。
それなら……防衛隊の時を思い出す。まだ戦況は大きく動いていない。こういう時は迂闊に動くべきではないだろう。ルーク達の実力は確かなんだ。大丈夫、心配ない!
そう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせようと努める。
どうにも心に余裕がない。やっぱり、リンがいないのが大きいな。こんな時はいつもリンが励ましてくれたっけ。
……いかんいかん、リンに頼ってばかりじゃ!リンも一人の戦力として集められた正式なメンバーなんだ、今頃頑張ってるんだから!俺も自分の任務を全うしないと!
気配探知を発動させ「その時」に備える
その時、通路の向こうから誰かがこちらへ走ってくるのが見えた。
「お願いです。助けて下さい!今までグリムに捕らえられていて今、何とか脱出してきたんです!」
走ってきたのはフードがついたボロボロのマントを羽織った人だった。頭からすっぽりとフードを被っているため表情は窺えない。
「え?逃げてきた……!?それは大変だ!早くこっちへ!」
「グリムに攫われ、この地下に囚われていたんです!でも、先程助けにきた戦士様が逃げろ、と……」
戦士様っていうとルークの事か。顔は見えないが口調からして女性のようだ。だがその声に俺はどこか違和感を覚えた。それに……。
「なるほど、分かりました。あの、その前に聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「一般の女性でも隠密って使えるんですか?冒険者とかじゃなくても」
「えっ?」
「ここは地下水路。足音はかなり高い音で反響するはず。にもかかわらずあなたの足音は、直前まで聞こえてこなかったんです。俺も気配探知を使っていたんですよ?でもあなたの気配が直前まで分からなかった」
「……」
防衛隊に居たときにも経験があった。あの時は魔物が隠密で気配を消して近づいてきて、突然目の前に居るように錯覚してしまった。リンは気付いていたようで問題なく対処してくれたけど。ヌシ様にもよく同じ様な事をされたのだ。
「……あなたは何者なんですか?こんな所にいる、という事は……」
不意に、フードに隠れた女の口元がニッと笑みを浮かべたように見えた。
「ふふふ、せっかく隠れて脱出しようと思ったのに。こんなボウヤに見抜かれるようじゃ、私もまだまだね」
そう言った女の姿が揺らめいた。
……!?
その瞬間、女が地を蹴り跳んだ。俺の懐めがけ距離を詰める。ライトの反射で手許がキラリと光った。
危機感を抱き後ろに飛ぶ。間一髪、奴が隠し持っていたナイフは、俺が避ける直前まで心臓があった位置を正確に突き刺した。
「フフッ、よく避けたわね。ボウヤ」
「やっぱり、その装備……慌てて逃げて来た捕虜は普通、足や腰に巻くような武器を装着してないからね。お前は黒蛇の構成員か?」
女のマントの隙間から体にまかれた何かの武器が見える。
「あら、よく見てるじゃない?まぁ、同じ様な武器を持っているしね」
そう言って、女は俺の腰のあたりをねめまわすように見た。それにしてもこの世界では見慣れない武器に気付いたとは、侮れないな。
距離をとり、木刀を握り直す。こっちまで来たという事は、ルーク達の攻撃から逃れてきた奴だろう。それなら俺が対処しなければならない。
ルークから示された対応のうち「隠れる」はすでに出来なくなった……なら残るは一つだ!
木刀を構え床を蹴る。こいつはナイフを武器にしている。リーチならこっちが有利だ。木刀の威力で一撃で勝負を決めてやる!
と、女が右腕をこちらに突きだした。その動きに危機探知スキルが反応する。
バシュッ!!
長袖で覆われた右腕から何かが射出された。ボロボロになった袖を突き破り、俺めがけ飛んで来くる。
「なっ!?」
ガキッ!!
幸いな事にそれは木刀に弾かれ、わずかに指をかすめたが体には届かなかった。見ると細長い針のような矢だ。
こいつ、やっぱり暗器(隠し武器)使いだ!
さっきのナイフも突然、手元から出てきたようだった。多分、普段から投てき用の武器を仕込んでいるのだろう。さっきの一発で終わるとは思えない。あのマントとゆったりとした長袖の服は暗器を隠すカムフラージュか!?
迂闊に近づくのは危険と判断し、再び距離をとる。しかし、このままではこっちの攻撃がままならない。
離れれば暗器、近づいてもナイフと矢が飛んで来る。しかし、俺にも水魔法がある。でも水魔法は切り札だ。奴に俺には木刀しかないと思わせる必要がある。
「ボウヤ、例のテイマーでしょ?腰の「それ」は使わないの?あんたのそれも暗器なんでしょ?」
……例のテイマー?俺の事知ってるのか?ハンドガンの事も!?
「なんで知ってる、って顔したわね?うふ、分かりやすくて、可愛いい子ネズミちゃんね」
女がクスリと笑った。
「子ネズミちゃん。あんたの事はちょくちょく聞いてたわ。手下からもギルドからもね。こんなに怯えたネズミちゃんが、ミサーク村に送り込んだシャサイをどうやって倒したのかしら?」
……そうか!俺は以前黒蛇と戦った。木刀もハンドガンも使っている。その時、逃がした奴等が知らせたか!
ギルドは……ヌレイだろうな。あのヤロー!絶対許さん!
「あ~あ!せっかく風殺の腕輪まで持たせてやったのに全部パー。おかげでこっちは大迷惑よ。依頼主には叱責されるし、シャサイは死ぬし、商売あがったりだわ」
やれやれとため息をつく女。風殺の腕輪はもともと領主であるバーグマン家の家宝のはず。それをこいつが持っていてシャサイに渡したならダニエルとの繋がりがあるのは確定だ。
「俺はお前らの勝手な欲望から、ミサーク村の皆を守っただけだ。とやかく言われる筋合いはない!」
「そう?じゃあ、せめて損害分だけでも払ってもらうわね?……その命でね!」
再び間合いを詰めるべく女が跳ぶ。また一撃必殺を狙う気か!
このままだとまずい!とっさに魔力を集中させる。イメージするのは沸き上がる水流の拳。チャンスは奴が接近した……今!
「食らえ!水流拳!」
「なにっ!?」
アッパーカットの動きに連動するように目の前に水の拳が現れる。質量をもった水の拳は早さと威力をもって湧き上がり、俺を刺さんと接近した女を吹き飛ばした。
「くっ!」
後方に飛ばされながらも女は素早く体勢を建て直し、左手を突きだし隠し矢を発射した。
近づかせないための牽制か!そう来ると思ったよ!
「ウォーターボール!」
即座に、目の前に大きい水の球を発動させる。矢は球の中に吸い込まれると勢いを無くし、止まった。
ウォーターボールは投げて攻撃するだけじゃない。今のように防御にも使えるのさ!
魔法を解除するとウォーターボールが消え、推進力を失い落ちた矢が、カランと音を立てた。
「まさか、魔法が使えるの?単なるゴブリンテイマーだと思って油断したわ。詠唱も随分短い。なかなかやれるのね。子ネズミちゃんでも。フフッ。それに、こんな魔法は見たことがないわ。そう言うの好きよ。独創性があるじゃない?」
「それはどうも。でも、あんたに褒められても嬉しくないね!」
水流拳の元ネタは昔やった格闘ゲームだ。水魔法と組合わせる事で自分でも再現できた。まぁ、有効範囲が狭いし、今のように初見にしかなかなか当たらない、ロマン魔法なんだけど。
「さて、仕切り直しといきましょう。……そろそろね」
「何?」
そろそろ?なんの事だ?女の言葉に一瞬、考え込んだ時だった。
俺の身体が衝撃波のような揺れを感知する、次の瞬間
ドォン!という爆発音と衝撃が包み込んだ。凄まじい震動と共に地下通路が揺れる。
な、なんだ!?爆発!?
爆発音は少し離れた所で聞こえた気がする。長年、使われていない地下通路の壁には亀裂が入り、天井から砂ぼこりが舞い降りる。
「今、何が起きたか分かる?私の部下が制御室に仕掛けた爆薬を起爆させたのよ。自分とボウヤの仲間を巻き込んでね」
「なんだって!?」
爆薬だって!?ルーク達が潜入したあの部屋にはそんな物が仕掛けられてたってのか!?じゃあ、リンは!?ルーク達は!?
「まんまと誘いに乗ってきたネズミちゃん達は、爆発に巻き込まれて木っ端みじん!それが見れなかったのは残念だったけどね。クックック」
「……もしかして俺達を誘い込む為に、わざと情報を流していたのか?」
「察しがいいわね。ネズミちゃん達が道に迷わないように、このアジトにいるという情報を流したのはわ・た・し。そしてこのグリムを狙って奥の制御室に入ったら、そこに居るのは私の偽者。私は隠し部屋から外に脱出。奴らは偽物と一緒にドカン!……よ」
は!?、こいつがグリム?「男」だって話じゃなかったっけ……??まさか、女だったとは!
……それよりリン達は無事か?すぐにでも助けにいきたい!しかしもしこいつを逃がしてしまえば、出入り口を塞いでしまうだろう。俺達がここに閉じ込められてしまう!
「!……ちょっと待て。お前がここにいるならお前の偽者は?まさかそいつが自分の命を犠牲にして、お前を逃がしたとでもいうのか?」
「そうよ?奴隷って知ってる?あいつらってさ、主人の命令に逆らえないの。うふ。だから私がやれ、と言われればやらなきゃいけないのよ」
「まさか奴隷に命じて無理矢理……?」
「やあね。そんな事はしないわ。「この仕事が終わったら解放してやる」って言っただけ。その時の嬉しそうな顔ったら。最後に騙されたって知った時は、私の事どう思ったかしら?それを考えただけで、可笑しくなっちゃうわ!フフッ」
「騙して殺したのか!?お前は人の命をなんだと思ってるんだ!」
奴隷商館で見た奴隷の顔が思い浮かぶ。家族も財産も失い、奴隷として買われた人達。絶望の中、「奴隷身分から解放してやる」という言葉はどれほどの希望を与えた事だろう。こいつはそんな人の気持ちと命を踏みにじったんだ
「あら?奴隷は主人のために働くものよ。そう、命がけでね」
「ふざけるな!奴隷を物扱いするな!」
「……はぁ~。そんな事、問答する気はないわ。ボウヤを殺して私は出て行く。もう、あいつらも生きてはいないだろうしね」
グリムの言葉に俺の感情がキレた。
「お前は、お前だけは、許さない!」
「別にいいわよ?」
怒りに任せ、奴に攻撃を仕掛けようと木刀を構えた時だった。
「……?」
左手の力が入らない?
ついさっきまでは確かに左手の感覚も力も入っていたはずだ。なのに今はその感覚が失われている。見るといつのまにか左手の小指に傷ができており、そこから出血していた。
この傷は、さっき奴の攻撃で……?
「どうやら効いてきたみたいね。どう?痺れ薬は?」
痺れ薬だって?
「いくつもの毒草を調合した黒蛇特製の毒薬よ。よく効くでしょ!即効性があってほんの少量でも効果があるの。どう?指の感覚がなくなってきた?」
勝ち誇ったようにグリムが言う。奴の言葉通り左手の指が上手く動かせない。
けど、まだだ!左手が使えなくたって片手だって木刀は振れる!
残った右手に力を込め、グリムに走り寄ろうとした。
バシュッ!
……!!
グリムの腕付近からワイヤーのような物が飛び出し、木刀に絡み付く。
「あっ!?」
絡めとったまま力任せに引っ張る。女とは思えない力で俺の手から木刀を奪い取った。そのままグリムの後方に飛んでいき、地面に落ちた木刀がカランカランと音を立てる。
くそっ、なんて力だ。まだあんな物を隠してたのかよ!
腰に手をやり、ハンドガンを掴む。木刀が無い今、もうこいつを使うしかない!
ハンドガンを抜き、構えようとした。が。
「ふふふ。捕まえた」
なっ!?
グリムが間合いに入ってる!?いつの間に?スキルか!?
俺に密着するように組み付いたグリムが、ハンドガンをもった右腕を締め上げる。その力で腕がミシミシと音をたてた。
「目線が外れてたわよ。いくらこれが切り札だからって目の前の敵から一瞬でも意識をそらしたらダーメ。あら、近くで見ると可愛い顔立ちをしてるわね。フフッ、私好みだわ。こんな形で会わなければ良かったわね。ちょっぴり別れが悲しいわ」
そう言うとグリムは俺の首筋をべろりと舐めた。
ぞぞぞぞぞっ!背筋と言わず全身に鳥肌が立った。
「畜生、離れろ!」
アクアバレットを放つ。しかし締め上げられた銃口の先にグリムはいない。銃弾は地下水路の壁をえぐっただけだった。
「いいわねぇ、その威力。そんな素敵な魔具、子ネズミちゃんにはもったいないわぁ」
グリムが更に力を込める。締め上げられ感覚がなくなった右手が、ハンドガンを取り落とす。
「はい、いただき」
俺からハンドガンを取り上げたグリムは嬉しそうな声で、俺の額に銃口をあてる。
「どう?自分の武器に裏切られた気分は?今の威力も申し分ないし、子ネズミちゃんには過ぎた暗器よ。これからは私が使ってあげる。そんな顔しないで。すぐに仲間に会わせてあげるから」
「俺を撃つってのか?」
「そうよ。自分の武器で死ぬなんてかわいそ。でも、それがあなたの死に様。じゃあねテイマー君」
俺の視界に、微笑みながらハンドガンのトリガーに指をかけるグリムが映った




