19話 とんぼ返りの男
「さっき出ていったと思ったら、また来たのかい?しかも今度は奴隷まで連れてるじゃないか」
薬屋にとんぼ返りした俺達に、店主のお婆さん、ビアトリスが声をかけてきた。彼女に奴隷商館を訪れた出来事や、ライとラナを引き取った事を話す。リンは「ちょっと行ってくる!」と一人、店内の奥に向かっていった。
「……それにしても奴隷なんて初めて見ました。この街にあんなにたくさんの奴隷がいるなんて、びっくりですよ」
「それは戦争があった所為だね。そのせいで奴隷が増えたのさ」
表情変える事もなく、淡々とビアトリスが話す。
「戦争?この国はどこかと戦争をしてるんですか?」
「ああ、隣国にあったナジカ王国とね。戦争があると奴隷の数がワッと増える。それこそ奴隷商人も大忙しだろうさ」
「戦では、勝った国に奴隷が多く入ってくるんだ。ミナトは、ナジカ王国との戦争があった事を知らなかったのか?」
話を聞いていたゲッコウが俺に尋ねてきた。
「いえ、全く。村にいた頃は、村の事でいっぱいいっぱいだったので」
遠くの戦争の話なんて、閉ざされた山奥のミサーク村にいた俺には、全然届いてなかった。もっぱらエリスのプログラムした厳しい修行や、村の修繕に明け暮れていたからなぁ。
「セイルス王国と隣国ナジカ王国には、色々と因縁があってな。元々あまり仲は良くなかったが、決定的だったのが、前回の魔物の爆発的発生の時だ。その際、王国の混乱に乗じてナジカ王国がセイルス王国の領土を侵食した、というゴタゴタがあってな。国力を回復したセイルス王国がナジカ王国に宣戦布告し、攻め込んだんだ」
「へぇ、セイルス王国の軍って強いんですか?」
「うむ。国力の差もあるが、基本的にはセイルス軍の方が兵力も多く装備も良い。その中でも優秀な術士で構成された魔術騎兵隊『マージナイツ』は特に名高い。強力な魔法に加え、高い機動力をあわせ持つ強力な部隊で、しかもそれを率いているのは、王家のグレース皇女だ。部隊の士気もとりわけ高い。彼女自身も優秀な術士で、将兵からは「戦舞姫」と呼ばれていると聞く」
「皇女って事はお姫様ですよね?そんな身分の人が、戦場に出るんですか?」
「いや。この国は特別だな。セイルス王の長子アーサー皇子と、グレース皇女。この二人はセイルス軍における旗頭だ。特にアーサー皇子は軍事の才があり、彼の指揮のもと、一年はかかるといわれていたナジカ王国との戦を、僅か半年で収束させたほどだ」
「そうなんですか、じゃあ、もうこの戦争は終わったんですね」
「ああ。今や旧ナジカ王国は、セイルス王国の植民地になっている。そこで奴隷の話につながっていくんだ。ひとたび戦争が起きた時、攻められた国では大抵、兵士による略奪が起きる。今回もそうだ。金、食糧、家財、資材、芸術品……ありとあらゆる物がセイルス軍によって強奪された。その略奪品の中には人間も入っているのだ」
侵略側による略奪は、日本の戦国時代にもあったと聞く。いわゆる乱取りとか、乱妨取りと呼ばれる兵士達の略奪行為だな。この世界にもそんなのがあるのか。
「拐った人間は奴隷商人に、二束三文で売り払われてるよ。戦争ではあらゆる残虐な行為が正当化されちまう。華やかな勝利の裏には、そういった暗い影もある。栄光の光が眩しければ眩しい程、闇もまた深いもんさ」
顔色を変えずにそう言うビアトリスだが、一瞬、その瞳に影が差したように見えた。
「最近じゃあ、セイルス王国の西にあるこのバーグマン領の街道にも、頻繁に奴隷馬車が通っている。その狸人族の坊やも、大方そんな感じで運ばれてきたんじゃないのかい?」
「僕たちは……」
奴隷になった経緯を話そうとしたのか、ライの表情が曇っていく。
「ライ、無理に話さなくていいんだよ。今はそれより、ラナの薬を手に入れよう」
「あ、は、はい」
自分たちの生い立ちや、悲しい記憶を、今、無理に聞き出す必要はない。
「あの、この子に俺が持っていたハイポーションを使ったんですけど、まだ、目を覚まさないんです。それで、考えたんですけどキュアポーションなら、何とかなるんじゃないかと思って。だから、この店で一番良いキュアポーションを下さい!」
ラナはゲッコウに抱き抱えられたまま。眠っている。早く、何とかしてあげないと……!
「キュアポーション?ああ、あるよ。出来たばかりの極上品がね」
ビアトリスがカウンターにキュアポーションの瓶を置く。以前の物に比べ不純物が全くなく、濃度が高い。高い魔力を秘めているのが、瓶越しからでも伝わってくる。
「それ、今、買えますか?……この子に使いたいんです」
「今回のは前のとは違うよ。あんたから買い取った幻視茸で作った、キュアポーション。ビアトリス自慢の逸品だ。値段も高い。それでもいいかい?」
「構いません」
「じゃあ、金貨100枚って言ったらどうするね?」
「そりゃ、借金してでも買いますよ」
「ほぉ、そんなにその奴隷が大切かい?」
「もちろんです。命はお金には代えられませんから」
「そうかい?世の中には命より金、と言う奴も少なからずいるがね」
ヒッヒッヒ、と高い声で笑うビアトリス。確かにそういう人もいる。さっきの奴隷商人もその類いだろうし、前世にだっていただろう。しかし……。
「では、ビアトリスさんにひとつ尋ねたいんですが、この世界に人を生き返らせる「蘇生薬」ってありますか?」
そう聞くと彼女の笑い声がピタリと止まった。
「……そんなものはないね。もしあるのなら、私が大金をだして買ってるよ」
「だからです。いくらお金があっても、死んでしまった人を生き返らせる事はできない。もし今、何もしないでラナが死んでしまったら、俺はありもしない蘇生薬を探し求めないといけなくなります。でも今なら、キュアポーションで救うことができる。今なら「たかが金貨100枚」のキュアポーションが、どんな大金をはたいても手に入らない蘇生薬の代わりになるんです。これってとても幸運な話だと思いませんか?」
フォルナでは生き返らせる術がない事は知っている。蘇生ができないなら、引き取った二人がそうならないようにするのが、俺の務めじゃないだろうか。
「また随分と飛躍した話だね。あくまでもその奴隷を助けるつもりかい?そんなにその奴隷が大切かい?」
「当然ですよ。それに「子供は国の宝」って言うじゃないですか」
「そういう事はちゃんとした大人が言うもんだ。あんたみたいな、成人したばかりのひよっこが言っていい台詞じゃないね」
「何かをするのに年齢は関係ありませんよ。俺の故郷ミサーク村では、二十歳前の若者が既に立派に政に関わっていますからね。若いっていいですよ。一直線に理想に向かっていく勢いがあるんです。前途ある若人が自らの手で未来を切り開こうとしているなら、見守ってあげるのが大人の務めってもんです。もし間違ってると思ったら、周りの大人が諭してあげればいいんですから」
オスカーは、今や村長の片腕だ。内政、外交、統治。村を成長させるため様々な施策を考え出し、今も村を豊かにしようと奮闘している。その理想に燃える姿を見ていると、俺も頑張らなくちゃな、って思えるんだ。
「なるほど、言葉だけは立派だねぇ」
「俺はこの二人を保護する事にしたんです。少なくとも成人までは、大人の目が必要でしょう?」
「……前も感じたんだけど、あんた本当に成人したばかりかい?」
「そうです!(キリッ)」
「ひょっとしてあんたかい?治癒院の真似事をしてる若いのってのは」
「治癒院の真似事、と言われれば確かにそうですね」
「金もとらずに回復魔法をかけたり、薬を配ったりしているそうじゃないか。儲けもないのに何が目的なんだい?」
「目的……というか、成り行きなんですよね。最初の人を治したら別の人も治してくれって。でも、俺が治したくない人は来ないようにしてるし、実は回復魔法って使うのは魔力くらいなんで、お金ってそれほどかからないんですよ。みんな何かしらお礼を持ってきてくれるし。それにお金を取らないのは、責任を取りたくない、というのもあるんです」
「責任を取りたくない?」
「だってお金をとったら責任が生じるじゃないですか。俺はあくまでも無償活動なんで。「やってもいいけど責任はとりませんよ。それでも良いなら」ってスタンスでやってます。だから意外と気楽なものなんですよ」
「なるほどね……ま、いいさ。それで上手くいこうが失敗しようが、あんたの勝手だからね。……ああ、キュアポーションだったね。これはあんたに預ける。持ってきな」
「良かった!ありがとうございます!」
「料金は後払いだ。使ったら金を払いに来な。借金の証文を用意して待っててやるよ。」
そう言ってニヤっと笑ったビアトリスは、俺にキュアポーションをよこした。
「ただ、今回はキュアポーションの出番はなさそうだね。体内の魔力が正常に戻ってきている。その子は、ゆっくり休ませてやれば、じきに目を覚ますよ。随分と質の良いハイポーションだったみたいだね。このキュアポーションは、次に何かあったら使うといいさ」
「え?治るんですか!?良かった!!あれ?でも、じゃあ何でキュアポーションを……?」
「前途ある若人が自らの手で未来を切り開こうとしているなら、見守ってあげるのが大人の務めってもん、なんだろう?私もちょいと乗ってみることにしたよ。……ただあんたはちょいと危なっかしいね。あんまり背伸びし過ぎて、転ばないよう気をつけることだね。つまりそのキュアポーションは、危なっかしい坊やへの餞別、転ばぬ先の杖ってわけさ」
「ありがとうございます。ビアトリスさん」
「お礼はその薬が役に立ったら受け取るよ。代金と一緒にね」
「良かったな、ミナト、ライ、ラナ」
ビアトリスの気持ちと、ゲッコウのかけてくれた温かい言葉に、ちょっぴり目頭が熱くなった。
「ありがとうございます!ミナト様、ゲッコウ様、ビアトリス様……」
ライもラナが治ると聞いて、ホッとして安堵の表情になり、嬉しそうにみんなにお礼を言う。
「ああ、私も薬師の端くれだ。間違いないよ。その子は治る。だが、このキュアポーションでも、そっちの子の目は直せないよ。残念だけどもう「固定化」されてしまってるからね」
「もちろん、分かっています」
固定化というのは怪我した部分が自然治癒した状態の事だ。通常、人間の体は傷つけば自らの力で治癒する。しかし、例えば切り傷が治癒した場合、傷が深ければ跡が残った状態で治癒する事がある。これが傷の「固定化」だ。この状態でさらに傷を負い、回復のポーションを使った場合、今、負った傷のみが消え、元々あった傷がそのまま残って治癒する。俺がリンにハイポーションを使っても足が不自由なままだったのは、そのせいでもある。
「それとコンラッドの事だけど、近いうちにあんたの所に顔を出すだろう。ああ見えて仕事は出来る。しっかり使ってやっとくれ」
こうして俺はキュアポーションを受け取り、薬屋を後にした。
薬屋を出る前に、奥にいたリンに呼ばれる。手招きをしたリンが、ニコニコしながらオウムを指さした。
「ミナト、スゴイ!ミナト、スゴイ!」
……もう何も言うまい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
色々あって俺達は、やっと家に戻ってきた。
バリトンさんが建ててくれた家は、二階建てのログハウスで建てたばかりの木の香りが実に心地よい。
この家だが俺とリンで生活するにはかなり広い。一階にはダイニングキッチンのあるリビングと居室が、二つそれぞれにベッドや家具を置いてある。階段を登り二階にも部屋を備え、ロハで建てて貰ったのが申し訳ないほどだ。
家に戻った俺はまずラナをベッドに寝かせた。まだ目は覚まさないものの、ビアトリスの言葉通り顔色も良くなり体調も良くなってきたようだ。ゲッコウはまた様子を見に来ると言って、帰っていった。
一階にある居室の内、リビングに近い方を兄妹の部屋にする事に決めた。目の見えないライにとって、移動するのに少しでも短い方がいいだろう。
夕刻も迫って来たため食事を作る。今回はライの体調を考慮し、パン粥を作った。パンを牛乳に浸し砂糖を少し混ぜたあと、火をかけてお粥状にしただけの料理だ。パンは日本から持ち込んだ食パンの最後の一枚。リンとライで半分こだ。それと、柔らかく煮込んだ野菜のスープ。
リンは美味しそうに食べていたが、ライはなかなか手をつけようとしなかった。どうも「奴隷の自分がこんなものを食べてもいいのか」と悩んでいたようだ。
「遠慮はいらないから食べなさい」と半ば命令のように言って、ようやく一口、パン粥を口に運ぶライ。そのあとポロポロと泣きだしてしまった。
「どうして奴隷の自分にこんなに良くしてくれるんですか?この食事も温かくて、本当においしいです……。小さかった頃、母さんと父さんがいた頃を思い出します……。」
と、鼻をすすりながら答えてくれた。
ライは泣きながら、自分たちがなぜ奴隷になったのか教えてくれた。元々、ライとラナの住んでいた狸人族の村は山奥にあり、村人は少なく貧しかったが皆、助け合い暮らしていた。
しかし五年前、村に魔物の群れが襲来。村は壊滅し、ライとラナは村人たちが体を張って逃がしてくれたため無事だったが、両親を始めほぼ全ての村人は亡くなり、二人はみなしごになってしまった。その後、山を降りたが、頼るもののない二人は人買いに買われ、以来ずっと奴隷として過ごした。
その五年の間、劣悪な環境と労働にライは病気にかかり、満足な手当てもしてもらえず生死の境をさ迷う。かろうじて病は治ったものの、病の後遺症で視力を失ってしまった。それでも一生懸命働いたライだったが、転機となったのが今回の戦争だ。
戦争によって「安く質の良い奴隷」が市場に多く出回るようになり、雇い主は目の見えないライより、新たな奴隷を買い入れた方がいいと判断したようで、ライは妹のラナと共に再び奴隷商人に売り飛ばされた。俺達に出会ったのは「お前らは他の奴隷より価値がない。今回決まらないと山奥に放りだし魔物の餌にするぞ」と脅されていた矢先の事だったようだ。
食事の後、ライに家の中を案内した。ライは
「一度、覚えれば家の中なら大丈夫です」と言っていた。一通り教え、疲れもあるだろうから今日は早めに休んでもらう。俺達も今日は早めに寝ることにした。
ライは大丈夫と言っていたが、慣れない場所はきっと大変だろう。家具の配置も考えないといけないな……。
過酷な環境にいたライとラナは、心に大きな傷を負っている。勢いで連れてきてしまったが、明日からどう接すればいいだろう。
早めにベッドに入ったがなかなか寝付けない。明日からの事を悶々と考えていると……
「ミナト、あっちの部屋の方で音がするよ。何かを引きずるような」
リンが声をかけてきた。
「引きずるような音?」
リビングで音がするのか?耳を澄ます。確かに何かをずっているような音が聞こえる。
……まさかあの二人に何かが起きた?
「行ってみよう」
俺達は跳ね起きると、音のしたリビングに向かった。




