17話 ゲンキダケのひみつ
「ああ、あの薬屋に行くのか?最近はこの辺も物騒でね。少し前にも近くの倉庫で地下組織の抗争があったんだ。危ないからあまり変なところには入るんじゃないぞ?」
俺の身分証を確認した衛兵は、そう言って去っていった。職務質問は今日だけで3度目だ。この辺りで地下組織の抗争があったらしく見回りを強化しているらしい。
……抗争かぁ。それなら黒蛇の連中が俺達の所に来ないのも納得だ。それにしても勝手に自爆してるなら世話はない。
わはは!争え、もっと争え!てなもんだ!
頻繁な職務質問は気が滅入るけど、襲撃よりはまだずっとマシだしね。
俺達は人通りの少ない路地に入ると、怪しげな雰囲気の漂う通りを抜け、薬屋にたどり着いた。
「わぁ!いろんな物があるね!キノコ、草、トカゲ、カエル……。あっ!ミナト、おっきなヘビがいるよ!」
リンが乱雑に棚に並べられた沢山の薬材や、生き物を見て歓声をあげている。籠に入れられたヘビをみても、恐がる様子はない。逆に籠の隙間からヘビをつついて指に噛みつこうとするのを交わして遊んでいるくらいのもの。まったく、たくましい子に育ったもんだ(いや、最初からか……)。
それにしてもこの薬屋、どこかで見覚えがある。吊り下げられた薬草、蛇やトカゲの籠やたくさんの薬瓶たち……。
『俺』がここに来るのは、今日が初めてだ。
なのにここを訪れた時、前に来た事があるような既視感を覚えた。そう思ったのはこの身体の前の持ち主だったトーマが生前、この薬屋に来た事があったからだ。そう、トーマがエリスの病気を治そうと訪れた薬屋……それがこの店だったのだ。
もっともトーマがこの薬屋で手に入れたキュアポーションは、ヴィランに叩き割られてしまったため、使う事はできなかったけど。
「ミナト~!これ見て~!ゲンキダケがあるよ!」
「ゲンキダケ?」
店の奥の方でリンの声がする。行ってみるとカウンターを指差すリンがいた。リンを抱き上げ、カウンターにある小瓶に目を移す。そこには何かの液体に満たされ、ゲンキダケが1つだけ入っている小瓶が置かれていた。リンがよく森で見つける、「元気になるキノコ」だ。
「あ、ほんとだ。でもなんでわざわざこんな瓶に……?」
手に取ろうと腕を伸ばした時だった。
「触るんじゃないよ!」
突然の怒鳴り声に、出した手を慌てて引っ込める。目の前にはしわがれたお婆さんが座っていた。あ、あれ?いつの間に……。今まで居なかった……よな?
「これは採取して短期間で保存液につけた上質な幻視茸なんだ。これだけでハイポーションが5つはできる貴重品だ。気安く触るんじゃないよ!」
「あ、はい。すいません」
「……で、何の用だい?」
お婆さんが、ぶっきらぼうに聞いてくる。
「えっと、治療に使う傷薬と、貼り薬の材料を買いに……ルコー草とキソニ草って置いてます?」
「……そこの棚だよ」
老婆が指差した棚のザルに、薬草が入っていた。ルコー草とキソニ草を一束、取り出してみる。
「ん~、これは……」
俺が採取したミサーク大森林の薬草たちは、もっとイキイキしていた……んだよね。ここにあるルコー草とキソニ草は採取してから時間が経っているのもあるだろうけど……魔力が弱い気がする
「一束、銀貨1枚」
お婆さんの声がする。う、高い……。お金にはそれほど困っていないが、この品質でこの値段はちょっと釣り合わない気がする。どうしようかな。……買うか、やめるか?うーむ
「ところでアンタ。あの時の坊やだろう?キュアポーションは役にたったかい?」
「えっ、俺の事、覚えてるんですか?」
突然、話を振られびっくりする。
「ああ、覚えとるよ。あの時のあんたの必死な顔をしっかりとね」
「えっと……、役には立ちました」
「そうかい。なら代金を頂こうかね。金貨20枚だよ」
「ふぁっ!?き、金貨20枚!?」
金貨20枚だって!?ええと……金貨1枚は大銀貨10枚分で、大銀貨換算だと200枚分。大銀貨1枚で約1万円だから……げ!?200万円!?
「何を驚いてるんだい?あのキュアポーションは貴重品だったんだ。アレであんたの母親は元気になったんだろう?あんたは命より金の方が大事だったのかい?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」
記憶ではトーマは「治ったら薬代を払いに来ればいい」と言われて、キュアポーションを受け取っている。確かにタダでやるとは言われていない。もちろんあの時のトーマにとって最善の申し出で、感謝こそすれ、代金を支払わないという事はないのだが。
あの時、実際の治癒にはパナケイアさんのキュアポーションを使ったのだ。ここで受け取った薬はヴィランに割られてしまった為、使っていない。でもあれのお陰で、エリスが負わされた借金が帳消しになった訳で、結果オーライだったんだよな。
あの時、ヴィランはキュアポーションを山賊から金貨30枚で買い取った、と言っていた。それなら金貨20枚という価格ははまだ良心的なんだろう。問題は今の俺の全財産は、金貨15枚分しかない事なんだよね……。残りの分はツケにしておいてもらえるんだろうか……?
あ、そうだ。
「……分かりました。払います。あの時は本当に助かりました」
「ほう、持ってるのかい?最近の子供は金持ちだねぇ」
お婆さんがニヤリと笑う。
「払うには払いますが、今、手持ちは金貨15枚しかありません。なのでコレを買い取って貰えますか?貴重なものなんですよね?」
マジックバッグから15枚金貨、そしてリンにもらった50個程のゲンキダケを全て取り出し、カウンターに載せる。それを見たお婆さんの顔色がサッと変わり目が見開かれた。
「む……!これは幻視茸か!?」
「はい、俺達はゲンキダケって呼んでますけど」
「見せな!……む……!どれもこれも……魔力が溢れているじゃないか……。まさか、こんな事が……」
茸をつかむお婆さんの手が震えている。あ、それは年のせいかな?
「あの……?」
「よし!金貨15枚とこの幻視茸、全部で手を打とう。いいね?」
「え?このゲンキダケが金貨5枚分ですか!?」
これってリンが森でちょこちょこ採ってきてくれる茸だぞ?疲れた時に食べると少し疲労がとれる気がする……程度の茸だったんだけど?本当にいいの?
「ま、まぁ、それでいいならいいですよ」
「うむ!それでは交渉せいり……」
「ちょっと待ったぁ~!!」
お婆さんが交渉成立の証に打とうとした柏手は、店の入り口から聞こえた『ちょっと待ったコール』とともに中断された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「婆ちゃん!どういうつもりだよ!?このクラスの幻視茸がたった金貨5枚なはずないだろう!?」
「うるさいね。交渉事は双方が納得して成り立つもんだ。この坊やだって納得してただろう?」
「それはこの人が価値を知らなかったからだよ!そんなの騙すのと一緒じゃないか!商人が信用を失ったら何が残るっていうんだ!」
「綺麗事で金はついてこないんだよ!コンラッド、あんたも現実を見な!」
どでかいリュックを背負った青年が突然、俺達の交渉を中断させ、お婆さんと言い合いを始めた。言い合いの内容から、どうやらお孫さんのようで、名前はコンラッド。今は一人で行商を営んでいるらしい。ややふっくら体型の若い男だ。
と、言い争いをしていた青年が突然、俺の方を振り向いた。
「あなたももう少しこの幻視茸の価値を知っておいた方がいいですよ!!危うくぼったくられるところだったんですからね!?この茸はなかなか見つからなくて、探し疲れて幻が見える程貴重と言われているから『幻視茸』という名がついたと言われているんです。このクラスの幻視茸ならひとつで金貨1枚はするんですよ!!」
「は?……はぁ!?ひとつで金貨1枚!?」
「幻視茸は長い期間をかけて魔力を溜め込み、成長する性質があります。その魔力は特に回復薬として高い効果があるんです。そのまま食べても疲労が少しとれる程度。でも抽出したエキスは、ポーションやハイポーション、といった回復薬やキュアポーションなどの状態回復の薬にも使われる、言わば万能薬の元になるものなんですよ」
「へぇ、ゲンキダケってそういうものなんですね……」
そんなの知らずに普通に焼いて食べてたんだけど。リンも元気になるキノコって言ってそのまま食べてたし。
「ただ、この幻視茸に秘められた魔力は採取された瞬間からどんどん抜けて、品質も一気に劣化していくんです。採取されたばかりで上物の幻視茸のエキスなら、ハイポーションや重篤な病にも効くキュアポーションが作る事ができる。でも、それも時間がたてば劣化してポーション程度しか作れなくなってしまうんです」
「じゃあ、このゲンキダケは……」
「そういう事!話は後じゃ!!」
俺と青年の話を中断させると、今までの緩慢な挙動からは想像できない身軽な跳躍でカウンターを飛び越えたお婆さんは、そのまま店の奥にかけこむ。そして奥からガシャンガチャンと大きな物音がしたあと液体が入った大きな瓶を抱え戻ってきた。年配とは思えない動きで、素早く瓶の蓋を開けるとゲンキダケを全て放り込んで蓋を閉めた。
「そう。採取したらああやって、素早く保存液につけなければいけません。さらに冷蔵機能のある保冷庫での保存が望ましい。だが冷蔵保存する倉庫は持ち運び出来ない。ここまで輸送してきてこの状態なら極上品といっていいでしょう。いや、すばらしい幻視茸だ……!!」
「はぁ~、このゲンキダケがねぇ……」
「どうでしょう?もし、良ければ私に買い取らせてもらえませんか?ひとつ、金貨1枚。幻視茸が全部で48個。同数の金貨でいかがですか?」
それなら大幅にプラスだ。しかし、危うくお婆さんに騙されるところだったせいか、トーマの記憶の親切だった店主と、ゲッコウの言っていた「癖のある店主」という言葉がぐるぐるとかけ巡り、俺の中で猜疑心が生まれてくる。本当に信用できるのか、この人は……?
「喜んで、と言いたい所ですがひとつ確認したい事があります」
「なんでしょう?」
「あなたは商人ですよね?あなたの店では「信用」と「信頼」は扱っていますか?」
俺の質問には「あなたは本当に信用できるのか?」という意味も含まれている。
「はい!もちろんです、お任せ下さい!買い手と売り手、双方が満足できる商品と価格を提供するのが私のモットーですから!ご用命とあらばどこにでも駆けつけます、信用は裏切りません!!」
そう言って自分の胸をどん、と叩く。ふくよかな体型と相まって、穏やかそうな人に好感を持たれるだろういい笑顔だ。それプラス、こちらを真っすぐに見つめる瞳から、正しい意志の力を感じる。
「本当に?どこにでも、ですか?」
「はい。お約束します。このコンラッド、体力には自信がありますので!」
先ほどの店主のお婆さんとのやり取りを思い出す。彼は「信用を失ったら何が残る?」と発言していた。詰問する彼の表情からは、嘘を言っているようには見えなかった。このやりとりが詐欺だったら、彼は希代の詐欺師になれるであろう。
……よし。俺も腹を決めた。
「分かりました、信じましょう。買い取りをお願いします。改めて俺はミナト。これからどうぞよろしく」
「はい、私は行商人のコンラッドといいます。こちらこそよろしくお願いします!」
俺が差し出した右手をがっちり握り、握手するコンラッド。その手からはただの一商人ではない気が伝わってきた。
「あと討伐した魔物の素材とかも買い取れますか?」
「もちろんです!」
マジックバッグには、防衛隊所属時に討伐した魔物の素材や肉が入っている。これらが換金できれば当面は資金面では困らないだろう。
「それならこれ以降、ゲンキダケや素材の買い取りは、コンラッドさんに全てお任せしようと思いますがいいですかね?」
「全て私にお任せいただけるのですか!わかりました。精一杯務めさせて頂きます!」
うん。この人なら信頼できるだろう。まぁ、それも俺の直感でしかないけど。でも素性のわからない人に売ってぼったくられるより、毎回、信頼できる人に買って貰った方がこっちも安心だしね。
そしてゲンキダケと引き換えに、まずコンラッドから金貨48枚を受け取った。
そこからキュアポーションの対価を払おうと思ったのだが、店主のお婆さんがニヤッと笑い、金貨1枚だよ、と言いだした。
どうやら、トーマが受け取ったキュアポーションの本来の実売価格は金貨1枚程度の物で、質はそこまで良くなかったらしい。とはいえハイポーションの価格が大銀貨1枚程だそうだから、高価なのは間違いないが……。それにしてもヴィランは金貨30枚で買い取ってたらしいから、どんだけぼったくられてんだよ。
「価値の分かる人間には適正な価格で売る。価値を知らない人間は損するのさ。分かったかい?坊や」
……確かに悪い人ではないのかもしれないけど、しれっとそんな事を言う店主の人となりに、ゲッコウが何となく言いよどんでいた気持ちが分かる。うん。……そして本来の目的である薬草は、コンラッドの計らいで、ありがたい事に無料で譲り受けることができた。
リンは俺の交渉中、俺と離れて店の中で動物と遊んでいた。ヘビに飽きたらしく、今度はオウムのような鳥に言葉を教えており、そのオウムは「ミナト!ミナト!」と喋っていた。
あちゃ~、こりゃ後でお婆さんに怒られるかも……(汗)
コンラッドさんに見送られ薬屋を後にする。それにしても何でもないと思っていたものが予想外の高値になる。俺もびっくりな1日だったなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「婆ちゃん、今日はどうしたんだよ?いきなり法外な料金をふっかけて。危うくこの薬屋の信用を落とすところだったじゃないか」
「元々受けとるつもりはなかったからね。絶対払えないだろうと思って、ふっかけたのさ。まさか払うと言われるとは思わなかったがね」
「じゃあ、あれはわざと?」
「当然さ。それに私が悪者を演じた方が、私を止めたあんたの印象が良くなるだろう?あんたが戻って来たのは分かってたからね。これであんたはあの坊やの御用商人になれた。商人なら有望な取引先との繋がりは何より大事だからね」
そういってまたニヤリと笑う。
「有望な取引先って、ミナトさんの事かい?」
「ああ。あの坊や、ただ者じゃないよ。このまるで採りたてだと言わんばかりの幻視茸をみれば分かるだろう?どんな極上品が採れたとしても、こんな品質のままここまで持ってくるのは至難の技だ。そしてあの坊やはマジックバッグを持ってる。あんたにこの意味が分かるかい?」
「マジックバッグ……まさか、あれに時間遅延機能が!?」
「おそらくね。ひょっとしたら時間停止かも知れない。いずれにしても、あの坊やは以前の坊やじゃないね。以前、あの坊やは「トーマ」と名乗っていた。なのにさっきは「ミナト」と言った。どんな事情があったのかは分からないが名前を変える何かがあったんだろう」
「何か……それは……?」
「さぁてね。でもただひとつ分かる事がある。あの坊やはそのうち何かでかい事をやるだろう。もしそうなった時、あんたは御用商人として何をすればいいか、分かっているね?」
「はい!」
「よろしい。では報告を聞こうか。今度は薬屋のごうつく婆ではなく、『フリール商会のビアトリス』としてね」
今までの空気とは一変したオーラをビアトリスが纏う。それは先ほどまでの老婆とは明らかに異なるものだった。
薬屋の老婆は仮初めの姿。その正体はバーグマン領内随一の商家、フリール商会総帥ビアトリスである。
コンラッドが居ずまいを正し、報告をはじめる。
「はっ!第三商隊隊長コンラッド、報告します。旧ナジカ王国内で商圏を拡げるべく土地の有力者と渡りをつけました。未だ戦争の爪痕は深く物資は常に不足しています。まずはフリール商会の名を広めるべく有力者や商業ギルドを通じて適正価格にて物資の卸しを開始しています。こちらは領内の品不足と相まって評判は上々、現在のところ順調に推移しております。次に収支ですが……」
コンラッドの報告が続く、その間、ビアトリスは口を挟まない。
「……以上になります」
「まぁ、こんなもんだね。気を抜かずにやっとくれ。あ、そういえば昇格試験はどうだった?」
「はい。冒険者Bランク昇格試験、無事合格しました」
「そうかい。まぁ、あんたならそうだろうね」
「しかし、まだまだ総帥には遠く及びません」
「当然さ。そう簡単に追いつかれる程、このビアトリスは老け込んじゃいないよ」
そちらにはたいした興味はないようで、軽く聞き流しただけのビアトリスだった。




