16話 土魔法☆マジック
「山の麓に畑をのぉ?ああ、よいぞよいぞ、好きに作ると良い」
「ありがとうございます。ヌシ様」
まるで卵を乗せたような大きな真っ白い頭に白い顎髭をたくわえたヌシ様は俺の申し出をあっさりと許可してくれた。ゆったりとしたローブを身に纏い、枯れ木のような杖を持つその姿はまるでお爺さんになったハンプティダンプティのようだ。
「何を作るか知らんが、収穫を楽しみにしておるぞ。リンちゃんが言っていたが、ミナトの作るものは何でも美味いそうじゃからのう。ほっほっほ」
俺達は、双子山の山頂にあるヌシ様の住まいにやって来ていた。
それにしても「リンちゃん」かぁ、ヌシ様といいエリスといいリンは可愛がられてるな~。
バリトンさんが訪ねてきて以来、俺のところには回復魔法を目当てに人々がやってくるようになった。だが、治療を受けた人の話を聞いているうち、色々な問題が浮上してきた。そして、それを解決する手段のひとつとして思いついたのが、『畑』なのである。
「お~!すごいよ、リン。ここからならノースマハの街が見下ろせる」
「ほんとだ!あ、ミナト!あそこの建物から煙がでてるよ!」
「あれは鍛冶屋だね。ほら、前に荷物を届けた所さ。きっと薪か何かを燃やしてるんじゃないかな」
その後、俺達はヌシ様の案内で双子山を散策していた。今は南側の山の山頂からノースマハの街を眺めている。木々が伸びて視界を遮るものの、その合間からは街が一望できた。
「どうじゃな。なかなかの眺めじゃろ?」
「はい、すごく良い景色ですね」
「そうじゃろ、そうじゃろ。ほっほっほ」
ヌシ様がいつもの調子で笑っている。双子山には相変わらず濃い霧が立ち込めている。しかし、俺が霧の中に入るとすぐに霧が晴れるようになり、最初の時のように幻をみる事はなくなった。ヌシ様からは「もう幻を見る事はない」と言われたが、どうやらそれは本当だったらしい。
「ここの山は石垣があって、時折崩れる事もある。気をつけるんじゃよ?」
そうだ、それついてヌシ様に聞きたい事があったんだ。
「あの、石垣があるという事は、ここに昔は城か砦があったんですか?」
双子山には、至るところに石垣があり、俺の身長を優に超える程のものもある。劣化が激しく、石垣の隙間から木が生えてきていたり、組んであった石が崩れ落ち、道に転がっている箇所も多い。いずれにしてもかなり石垣のある場所は双子山全体に及んでおり、人の手がかなり入っている事が窺えた。
「そんな事が気になるか?ミナトよ。そう思う理由は?」
「この山からはノースマハの街が一望でき、街向こうも見える。そして北の方、ミサーク大森林方面にも視界がききます。周囲を見張る砦を築くなら、この山は最適です。」
「ほーう、なるほど。それで?」
「くわえて、竜神川が北から東へぐるっと回り込むこの山は、守るのに適した地形をしている。川は天然の堀ですから。ここに砦があれば、仮にノースマハの街が攻められたら、領主はここに逃げて橋を落とせば時間稼ぎができます。北から攻めてくるなら、ここはノースマハの街を守る前線基地になります。だからこの石垣は昔の人が作った城塞の一部なんじゃないかな、と思ったんです」
「へー。ミナト、すごいね。頭いい!」
「ふむ。お主、どこかで戦術でも学んだのか?」
「いえ、何で双子山に石垣の跡があるのか、考えてみただけなんですけど……」
前世の家の近くにも昔の山城の跡があり、学校の授業で城の研究をしたことがあった。
山城は周囲を見渡せる山の上、そして交通の要衝に位置する事が多い。と学んだ。それを加味するとこの山は条件にぴったりだった。
「ミナトのいう通り、昔はここに砦があった。といっても百年以上前の話じゃがな。お主の観察眼はなかなかのもんじゃのう!」
「いやぁ、それほどでも……」
本当は昔の知識を引っ張りだしただけ、とは言えないしなぁ。
「ここでは実際に戦いもあって人も死んでおる。実はワシが幻術なんぞ使わんでも、霊体は山の中をウロウロしとるんじゃよ」
「……え?」
「もし、骸骨が歩いていたり、ボロボロの甲冑を身にまとった騎士が居たら、そやつらは「本物」じゃ。夜は山に入らん方が良いかもしれんのぅ。ほっほっほ」
「え~っ!?それってめちゃくちゃヤバいじゃないですか!マジなんですか!?」
「ほっほっほ。冗談じゃ」
「ちょっ!?ヌシ様~!」
「若者をからかうのは楽しいのぉ、ふぉっふぉっふぉっ」
「俺、幽霊だけは駄目なんです!もう、勘弁してください~!!」
俺の悲痛な叫び声が山に響き、何度も木霊していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん~、つ~ち、つ~ち、『おどる土』~!エイッ!」
リンが魔法を唱えた直後、リンの周囲5メートルほどの地面がボコボコッと波打ち、小さな隆起がそこかしこで発生する、その光景はまさに土のさざ波だ。
「お~、凄い!本当に地面が踊ってるみたいだ!」
「ほぅ、これは「アースシェイク」だな」
俺の隣で見ていたリザードマンのゲッコウが、呟くように言う。
「それって魔法ですか?」
「そうだ。土魔法にそういうものがある」
リンは土魔法が使える。以前は落とし穴を作りレッドボアを倒したこともある。俺の影響かイメージと詠唱をミックスさせて発動させているようで、リンのオリジナルの能力だ。
双子山を下りた俺達は早速、畑作りに取りかかった。そこにゲッコウが訪れたのだ。
「それで、リンにこれを使わせてどうするんだ?作るのは畑なのだろう?」
「まぁ、見ていてください。リン、これくらいでいいよ。ありがとう」
リンの魔法がかかった地面に足を踏み入れる。先ほどまでの固い地面だった面影はなくなり、足が沈みこむような感触が伝わってくる。さっきまでそこに根を張っていた雑草に手をかけてみると苦もなく引っ張りあげることができた。
「うん、思った通り!うまい具合に耕されてる。これなら耕作も簡単だ!」
俺達は今、家の裏に畑を作ろうと開墾の真っ最中だ。かちかちだった土壌はリンの魔法で上手い具合にふかふかになった。雑草も容易に引き抜ける。これならあとは畝を作るくらいでいいだろう。
「なるほど。まさかアースシェイクにこんな使い方があるとはな」
ゲッコウが感心している。
「でもやり過ぎるとグチャグチャになっちゃうから、ちょっぴり難しいんだよ~!」
リンは自身の魔力を調整する事で適切な範囲と威力に抑えている。その辺は俺の魔法と同じだが範囲が広い分、緻密な魔力精度を要求されているはずだ。その辺のセンスも優れている。
「それで畑を作って何を植えるつもりなんだ?」
「はい、実はコレを」
「……?これは何だ、何かの蔓か?」
「はい。これは「サツマイモ」っていう芋の蔓なんですけどゲッコウさん、見たことあります?」
蔓をゲッコウに手渡す。ゲッコウはしげしげと眺めていたが。
「いや、見たことはないし聞いたこともない。こんなもので芋が育つのか?ジャガイモとは全く違う形状をしているが……」
「はい、作るのは比較的簡単でしかも美味しくて甘い芋なんですよ。調理も焼くだけでもいいから誰でもできるし」
「甘い?芋なのに甘いのか?」
「ホントだよ!だってリン、前に食べたことあるもん。とっても美味しかったよ!」
ミサーク村に居た時に、サツマイモを焼き芋にして出したことがある。ホクホクの食感と何といってもあの甘さにリンとエリスも喜んでくれたのだ。
サツマイモは蔓を植える。なので、発芽させようとマジックバッグから出して外に放置しといたら、短期間のうちに芋から蔓がモッサーと伸びていた。なんか日本にいた時より明らかに成長が早いんだよなぁ。
実はサツマイモは、この周辺では手に入らない。というか各地を旅したエリスも知らないと言っていたので、ひょっとしたらものすごく貴重な物かもしれない。
畝に蔓を埋め優しく土を被せる。その他に、ジャガイモも隣の畝に植えておく
どちらも日本からの持ち込み品で、これが最後のひとつだ。ジャガイモはこの辺でも見かけるから失敗してもなんとかなるが、サツマイモはなんとしても育ってほしい!
「ミナト、このお芋、すぐにできるの?」
「そうだなぁ、多分、2ヶ月か3ヶ月くらいかな。村の野菜と同じで時間がかかるんだよ」
「ふぅ~ん。じゃあ、リンが早くできるようにおまじないをかけるね!ん~、おいも~、おいも~、育ついも~!エイッ!」
魔法をかけるようにリンがおまじない?をかける。
「ははは、早く出来るといいな。まぁ、それ以前にちゃんと育つか分からないけどね」
日本から持ち込んだ野菜を植えるのはこれがはじめて。味の評判は良いが、だからといってフォルナで育つかは未知数だ。しかし、もし成功すればたくさんの収穫が期待でき、さらにサツマイモが広まれば「ある問題」が解決できる可能性がある。
それは『食料問題』だ。
俺の回復魔法を求めてくる人の中には、毎日の食事に事欠く人もいる。治癒院にかかる治療費が払えず俺の所に来る事も多いので、そういった人も少なからずいるのだ。
マジックバッグには食料はある。でも肉など調理して出すのも大変だし、第一、ここは食堂でもない。そこまで重くならず、そういった人達に多少なりとも助けになるには……と考えた末にサツマイモの栽培を思い付いた。
焼けば食べれる手軽さとあの甘さは、きっとここでも受け入れられるだろうという確信がある。もし、これでサツマイモが育ってその蔓を配ればさらにたくさんの人に栽培してもらえるだろう。食料に困る人達の一助になるはずだ。戦時中にも頻繁に食卓にのぼっていたようだしな。
さらに少し離れた場所には、リンゴやブドウの種なんかも植えてみた。種はマジックバッグに入っていた日本からの持ち込み品で実の方はとっくに食べてしまってもうない。その時に出た皮や種を捨てずにマジックバッグにしまっていたのだ。ブドウは大粒のメジャーな品種。まぁ、これらは木だし野菜より難易度は高い。育てばラッキー、くらいに思っている。
「一個人が食料問題の解決とは随分と壮大な話だが、まずはやってみるといい。それにしてもお前自身も最初に会った時から変わったな。「少年」が今や人々に頼りにされる「ミナト先生」か」
「それは皆が勝手に言ってるんです~!俺は止めてくれって言ってますよ。好きでそう呼んでもらってる訳ではないんですよ!」
「ははは。その割にはこれから、在庫が無くなった薬の材料を買い出しに街に行くんだろう?金も受け取っていないのに良くやっている」
そうなのだ。今日は街にある薬屋に買い出しに行くため、治療はお休みにしたのだ。
俺の使える回復魔法も、一日に使える数に限りがある。なので、回復魔法を使う程でもない時は、薬で対応していた。防衛隊で教わった程度の知識と素人に毛の生えた調合技術しかないが、それでも割と好評で、あれよあれよいう間に、ストックしていた傷薬や貼り薬の材料が尽きてしまったのだった。
材料はミサーク大森林でも採れるが、広大な大森林の中を探し回るのは、中々骨が折れる作業である。将来的には畑でも収穫できるようにしていくつもりだが、さしあたっての材料を街の薬屋へ、調達しに行く事にしたのだ。
「そ、それはまぁ……。いいじゃないですか。人助けは良いことなんだから。それにお金の代わりに皆も色々持ってきてくれるし」
俺が人助けしているのは、パナケイアさんの選定者だからだ。善行は選定者の義務なのです!べ、別にやりたくてやってるわけでも、喜ばれると嬉しいからな訳でもないんだからね!
「まぁ、お前がいいなら止めはせんが無理はするなよ。それと、紹介した薬屋なんだが……。あの辺りでは品揃えも豊富だし、一番の店なんだが、薬屋の主人は少し癖のある人物でな……。だが、お前ならきっと大丈夫だろう」
「えっ?癖のあるって……どんな人なんですか?」
「いやいや、脅かすつもりはなかったんだ。何、買い物するだけなら何の問題もないはずだ。気にするな、ミナト先生」
「もう!ゲッコウさんまで~!!」
ゲッコウさんの言葉に一抹の不安を覚えた俺だったが、とりあえず支度を整え、薬屋に向かうべくノースマハの北門をくぐったのだった。




