5話 初任務
「これ食べな。昼飯まだなんだろ?」
「うん……ありがとう」
道の端で座っている獣人の子に、近くの屋台で売っていた鶏肉の串焼きを渡す。街の中には屋台もあって色々な食べ物が売られている。鶏肉の串焼きは焼き鳥とよく似た感じだが串が太くて肉もデカイ。俺も一口かじってみたが、味付けは塩だけとごくシンプルだったがそれがまた旨い。
リンも黙々と二本目を食べている。昼ご飯終わったばっかりなのによく食べるなぁ。育ち盛りだからかな?
獣人の子の名前はガウラ。彼は自分は狼人族だと名乗った。彼にどうしたのか聞いてみると「村に現れる魔物の討伐依頼をしにきた」との事だった。
狼人族……何ともロマンあふるる響きだな!
彼は狼人族の父親と弟と三人で元々の別の場所で暮らしていたのだが、今は人間の村で暮らしているという。ただ、生活は決して楽ではなく、ガウラも父親を手伝って一生懸命畑を耕し作物を育てていたらしい。
しかし、最近、村の近くにある森に魔物の群れが住み着いて時折、農作物を荒らすようになった。特に村の外れで森に一番近いガウラの家の被害が一番大きく、せっかく育てた農作物もめちゃくちゃに荒らされてしまった。
ガウラの父親も畑を守るために魔物と戦ったが、怪我をしてしまい畑仕事も満足にできなくなってしまった。頼るべき村人達は魔物を恐れて討伐には及び腰だ。要請を領主にだしても動いてくれる気配はない。もちろん討伐の為に人を雇う程の余裕は村にはない。獣人である自分たちを受け入れてもらったという負い目からか父親も強く頼めない。
しかしその後も魔物は何度も村に現れては畑を荒らし続けた。このままでは家族だけでなく村が飢えてしまう。思い詰めたガウラは冒険者ギルドで討伐依頼をする事を思いつき、街までやってきたのだった。しかし……。
「……そうかぁ。断られちゃったのかぁ」
「うん。これっぽっちじゃ、討伐依頼は受けられないって……」
ガウラが持参した依頼のための資金は銀貨三枚。日本円に換算すれば約三千円だ。俺の記憶ではギルドに張ってあった討伐依頼の報酬は一番少なくても大銀貨一枚。約一万円だ。確かに銀貨三枚では報酬としては少ない。
「何とかして後で絶対払うからって言ってもダメで……一生懸命お願いしたんだ。でも少ししたら偉い人が来て「金もないのに依頼するんじゃねぇ!この薄汚い獣人が!」って追い出されたんだ……」
「マジかよ、それはひどいな!獣人のどこがいけないんだ!?俺はすごく恰好いいと思うぞ!」
あの冒険者ギルドではアリアさんが受付だった事もあり、良い印象を持っていたんだけどな。ゴブリンであるリンにもニコニコと対応してくれていたのに……。俺にはにわかに信じられない話だ。偉い人……上役?ギルドっていうとギルドマスターとかか?
「ギルドの外で冒険者の人達にも頼んだんだけど、誰も受けてくれなくて……」
「君のお父さんには相談したのかい?」
「うちは貧乏だから父さんにはこれ以上負担をかけたくないんだ。だから僕や弟も少しでも生活の足しにと思って村の人の畑仕事を手伝ったり、見張りを代わったりして貯めたんだ。でもやっぱり大人みたいには稼げなくて……」
うつむいたガウラの目に涙がたまる。
……銀貨三枚は俺にとっては大した金額じゃない。職についている大人ならきっと同じ感想のはずだ。でもガウラにとってはそれが彼の持つ全ての財産。同じ金額でも大人と子供では価値は違う。それを全て投げうっても家族を助けようと頑張ってお金を貯めてきたのだ。
なんとも健気な話じゃないか。この子は自分の出来ることを精一杯頑張った。一人で街に来るなんて大変な決心だったに違いない。
そんな必死な想いを歯牙にもかけず、助けを求めてきたガウラに冷酷な仕打ちをしたギルドの「偉い奴」に軽蔑と怒りの感情がわいてくる。
こんないい子を泣かすとは許せんな!これは俺が何とかせねばなるまいて!
「俺が引き受けよう」
「え?」
「その依頼、俺達が引き受けるよ。俺も一応、冒険者だからな」
驚いて俺を見るガウラ。
「でも僕、お金が……」
「銀貨三枚でいいさ。まだ依頼を出したわけじゃないんだろ?」
「う、うん。でもこれじゃ足りないって……」
ギルドで依頼すれば報酬が足りない。ならどうするか……。
ふと、思いつく。個人的に受けるなら金額は問題ないんじゃないか?と。
「そうだ!ガウラが俺を指名したことにしよう!」
「え?指名?」
「そう、指名依頼。依頼主が冒険者を指名する制度があるってアリアさんが言ってた。これって実質、個人同士の取引だから報酬が低くてもいいはずだ!」
「ほ、本当に……?」
「多分!詳しくは知らん!まぁ、これでよしとしよう。俺はガウラから指名をうけて依頼を受ける。報酬は銀貨三枚。いいかな?いいよね!?」
「え……、で、でも相手は魔物だよ?父さんだって怪我したくらいなんだ。危ないよ」
「あ、そっか……。ちなみにどんな魔物なんだい?」
肝心な魔物の事を聞いていなかった。ある程度なら俺達だけでも対処できるはず。アイアンスネークとかブラックビー100匹とかじゃさすがに無理だけど……。
「レッドボアだよ」
よっしゃ、それならいける!
「森に巣があって多分10匹はいるんじゃないかって」
「じゅ、10匹かぁ……」
ミサーク村に居たときに野生のレッドボアとは何度も戦った。一応、俺一人で5匹までは倒したことがある。大人の身長ほどはある巨大なイノシシの魔物だ。今では村でも飼育されている家畜だが、野生のレッドボアは気性が荒く俺のアクアバレットでも急所を突かないと仕留めきれない。逆に反撃されて大怪我を負う。
でもリンと一緒なら多分なんとかなる。はず!
「いけるさ、困っている子を見捨てるわけにはいかないよな、リン?」
「……うん」
ぼそっと呟くようにリンが言う。
あ、あれ?リンの機嫌がなんだか悪い?
「え……、えっと。とにかく俺はガウラの力になりたいんだ。レッドボア討伐に力を貸すよ!」
「本当に?本当に引き受けてくれるの?」
「ああ、任せてくれ!」
「うん……ありがとう!お願いします!!」
よほど嬉しかったのだろう。泣き顔がぱあっと笑顔になった。
「そうと決まればさっそく行動だ。まず現状を確かめたいな。ガウラの村に案内してくれるかい?」
「はい!」
元気になったガウラの案内で、俺達はレッドボアが暴れているという彼の村に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トン、トン、トン……。よし、強度はこんなもんだろう。次は反対側だ。
今、俺はガウラの畑で丸太で組んだ柵を設置している。5メートル程に組んだ短い柵。これがマジックバッグの中にいくつも入っている。防衛隊に居たときに使ったレッドボア対策の一翼を担う壁役だ。地面に刺すタイプではなく設置型の簡易的な柵だがこれで案外強度は高い。これを『ハ』の形になるように並べていく。広い入り口を森側に、狭い方を村側になるように設置した。
畑の状況は思ったより酷い。あちこちで堀かえされた穴があり、農作物は無惨に食い散らかされ、その欠片がそこかしこに落ちていた。
「リン、ガウラ!そっちはどうだった?」
反対側で、同じく柵の強度を確認して戻って来た二人に聞く。
「大丈夫、壊れてる所はなかったです。ね?リン」
「うん!」
二人が頷き合う。どうやら大丈夫そうだな。リンのご機嫌も直ったみたいでよかった。
村に向かう道中、俺があんまりにも獣人の事を褒めるものだから、リンが少し拗ねてしまったのだ。
「リンよりガウラの方がいいのかな~?ゴブリンは可愛くないのかな~?」
リンはそんなふうに感じてたらしい。それに気づいて俺に指摘してくれたのはガウラだった。
「ミナトさんってリンちゃんにものすごく好かれているんですよ。なのに僕とか獣人の事褒めすぎたら、そりゃ、拗ねちゃいますよ」
そう言われて、リンにはそんな事、言葉で伝えなくても、伝わっていると思っていた事に気付いた。獣人が好きな事とリンを好きな事は全然別次元だし……。でも、たしかに俺の言葉が足りなかったのもある。しっかり謝ってリンが一番だよ、と言うと「えへへ」と機嫌を直してくれた。
「女心がわかってないなぁ~。ミナトさんは」
そのガウラの言葉はちょっと違うんじゃない?と思ったが……。まだまだ子供ですよ、ウチのリンはさ。
さて柵は大丈夫そうだから次は……。
「ミナトさん」
「ん?なんだい」
「父さんの事です。本当にごめんなさい」
申し訳なさそうにガウラが頭をさげる。
「ああ、いいよいいよ。ギルドカードも発行前だったし、仕方がないさ」
「まさか、父さんも村の人達も協力してくれないなんて思わなかった。せっかくミナトさんに来てもらったのに…」
討伐にやって来た俺達を見た村の人達は冷たかった。
レッドボア討伐に来たと告げた村長は最初は歓迎してくれたが、やって来たのが俺達だけでしかもEランクだと分かると露骨にがっかりした表情を見せた。
ガウラの父親にいたっては「ガキがレッドボアをなめるな!さっさと帰れ!」と怒鳴られる始末だった。まぁ、怖いもの知らずの駆け出し冒険者が無謀な依頼を受けてきた、とみられても仕方がないだろう。なんせ剣も持ってない木刀少年に、ゴブリンの二人組だからな。
「俺の依頼主はガウラです。帰れと言われて、はいそうですかと帰るわけにはいきません」
と言うと
「勝手にしろ、大怪我しても知らんぞ!」
と怒鳴り、家に入っていった。
狼人族の名の通り立派な体幹をしていたガウラの父親だが、三角巾のような布でつっていた右腕が痛々しかった。あれでは農具も満足に握れないだろう。乱暴に追い返そうとしたのも本当に危険だというおもいがあるからだろうな。
「前にもこんな事はあったからね。まぁ、見ててよ。リン、『強い敵には?』」
「工夫するー!」
リンが手を挙げて大きな声で返事をする。
防衛隊のスローガン。『強い敵には工夫で当たれ』。エリスにもよく言われたな。ブラックビーの時のように準備をしっかり整えれば俺達だけでも勝てるはずだ。
突進してきたレッドボアは壁際までくると止まるまでは壁に沿って走る習性がある。それを利用した柵だ。そして柵の向こうにはクロスボウが据え付けられた台座を設置していく。その数、10基。トリガーには紐がくくりつけられておりそれを柵の中に引っ張りピンと張る。紐が引っ張られればクロスボウの矢が射出される仕組み。ミサーク村で魔物や害獣用に設置される罠だ。これを迷彩を施した布で覆い隠していく。そして『ハ』の字に設置した柵の一番狭い部分にも仕掛けを施す。
「リン、ここに落とし穴を頼むよ」
「分かった!ん~、……あ~な、あ~な、落とし穴~。エイッ!」
リンが地面に手をつき呪文を唱える。すると目の前の地面がズズっと割れていき、縦横2メートル程の穴があいた。あとは穴に蓋をして隠せば準備はオッケー。
「あ……穴が……いったいどうして?」
「すごいだろ?魔法だよ。リンは土魔法がつかえるんだ」
この一年でリンは魔法が使えるようになった。系統は土。俺の影響からか詠唱とイメージとを合わせたような少し変わった詠唱をする。
「すごい……。こんなたくさんの物を一時間もかからずに一人で用意できるなんて……リンもゴブリンなのに喋れるし魔法まで……」
「えへへ~。でも、ミンナにナイショだよ~」
まぁ、どうせばれるからいいけどね。
「さて、次は森へ行こう。リン、頼めるかい?」
「うん!任せて」
リンと一緒に森に入り一声吠えてもらう。リンによるとこれは「ここを我々の支配地とする!」と宣言するものらしい。当然、今まで縄張りにしていたレッドボアからすれば「何だと、ゴラァ!」となり侵入者を追い出すために出てくる、という流れだ。
この森のレッドボアは夜行性のようだから、もうじきだな。準備が間に合ってよかった。
「辺りが暗くなったら、設置した松明に火をつけてくれ」
「はい!ミナトさん達も気をつけて」
ガウラに頼み、俺達は森の中に入る。お前らのターゲットはここだとアピールするためだ。
「さて、もうじき完全に夜になる。ここからはリンが頼りだからね」
「うん!リン、頑張る!」
リンがフン!と胸を張る。最近では肩車しながらでもなんとなく分かるようになった。
しばらく待っていると……。
「動き出したよ!11匹いる!」
気配探知に反応があったようだ。
「だいたい予想通りだな、リン。頼む!」
リンが雄叫びをあげる。その声が森の中に響きわたった。それに呼応するかのように少し離れた場所で雄叫びが上がり地響きが聞こえてくる。
「ミナト、来たよ!」
「よし、戦闘開始だ!!」
俺達はレッドボアとの戦闘に備え武器を構えた。




