1話 セイルス王家の闇
「アーサー皇子、万歳!」
「セイルス王国に栄光あれ!」
「グレース皇女に祝福を!」
「セイルス軍は我々の誇りだ!」
沿道につめかけた人々が、帰還した兵士達を讃え歓喜の声をあげる。
戦を終えて凱旋したセイルス軍を迎えようと凱旋門たる正門は、すでに多くの人々で足の踏み場がない程にごった返していた。
ここはセイルス王国の王都ローザリア。
セイルス王国は南にソフィア海と呼ばれる大洋が広がり、西をレニング帝国、北は山脈を隔ててドワーフが国を納めるガルラ王国が接し、そして東には小国のナジカ王国がある。
セイルス王国では過去に一度、魔物の爆発的発生いわゆるモンスターインパクトに襲われたことがある。その際、軍はほぼ壊滅し国は存亡の危機に陥った。しかし、冒険者ハロルドとその仲間達によりその危機は救われ、彼はセイルス王国の英雄として先王より地位と領地を与えられた。
その後、代替わりした現国王が今のセイルス四世である。モンスターインパクトから立ち直り、国力も往時の力を取り戻したとみた王は更なる勢力拡大を目論み隣国ナジカ王国に戦線布告する。
モンスターインパクトで国内が混乱しているのを良いことに、定まっていない国境線を勝手に動かし、我が領土を犯した、というのが理由だった。
半年にわたる戦争を勝利という形で終え、ナジカ国を支配下に納めたセイルス軍が凱旋帰国したのだ。
半年間という長期に及ぶ戦いは将兵に多大な負担をかけたはずだ。
しかし勝利という形で故郷に錦を飾る事ができた兵達は、自分たちを讃える声に応えるように戦いで歪んだ兜の下から誇らしげな表情を浮かべていた。
民衆からの熱烈な歓声に包まれて、セイルス軍は城下町を抜け王の居城たるセイルス城に至る。
セイルス軍を率いるのは、現国王セイルス四世の長子アーサー皇子。23歳。
王家特有の貴公子然とした整った顔立ちに鍛え上げられた体躯。さらに半年間に及ぶ戦争を勝利に導いた経験も加わり、その身体からは自信と人々を引き付けるオーラを纏っている。
そして妹のグレース皇女、20歳。
王家の皇女に相応しい優美な顔立ちにして、その華麗な佇まいもまた人々の目を引きよせる。
その秀麗な見た目に加え彼女は優秀な術士でもあり、魔術騎士団、通称「マージナイツ」を率い戦場に舞う皇女に兵は奮い立ち彼女を護るため奮戦した。
「御二人がいればセイルス王国は安泰だ」
国民の多くにそう言われる程、今回の戦いでの二人の戦果は素晴らしいものであった。
王城に着いた二人は兵を将軍に任せると、セイルス王に謁見するべく城内に入り、自身の父である王に報告する。
謁見の間には玉座に腰をおろしたセイルス四世、そしてその隣には二人の腹違いの弟で、3歳になるノアがおりそれに寄り添うように生母であるイザベル妃が立っていた。
「ただいま戻りました。ナジカ軍を打ち破り首都スザインを陥落させましてございます」
アーサーが半年間におよぶ戦争の報告をする。自らの子供達が大戦果を挙げたのだ。王という立場を抜きにしても父として嬉しくないはずはない。
しかし、王はどこか心ここにあらずと言った表情で報告を聞いていた。
「お二人ともご苦労でした」
平伏した二人に声をかけたのはイザベル妃。
「失礼ながらイザベル妃。我々は王に御報告しているのです。あなたに報告しているのではありません」
顔を上げたアーサー。その目には静かな怒りの色が見える。
「アーサー殿、わたくしは王よりこの場を取り仕切る任を仰せつかっております。ゆえに報告はこのわたくしにしてくださいませ」
「何を言われる。この半年間、我らは血で血を洗う戦場で戦い抜き勝利を納めた。我らが直に王に知らせねば我らと共に戦い死んで言った者達の面目がたたぬ!」
「まぁ、血で血を洗うなどと王の前でなんと野蛮な……」
「野蛮だと!何を言われる!貴殿は我らを侮辱しているのか!」
「やめよ。構わぬ、このこと余が認めた」
「しかし、父上……」
「構わぬと申したであろう!」
苛立ち玉座の手すりをドン!と叩く王。
その時だった
「うわ~ん!」
突然、王の隣に立っていたノアが高い声をあげ泣き出したのだ。
「おぅおぅ、ノア。驚かせてしまったか。すまんのぅ」
先程とはうって変わって相好を崩す王。ノアを抱きよせるとあやすように頭を撫でる。
その表情はまるで初孫に喜ぶ祖父のようだ。膝にノアを座らせたまま王が口を開く。
「アーサー、余はお前に3ヶ月でナジカ王国を落とせと厳命したはずだ。であるにも関わらずお前はさらに3ヶ月という期間を無為に過ごした。戦争には莫大な戦費がかかるのはお前でもわかるであろう。弱兵のナジカ軍相手に半年という無駄な時間がかかってしまったのはどういうわけだ?」
「恐れながら父上、ナジカ軍は決して弱兵などではなく王都のスザインは要害。レイラ将軍も過去にこれだけの短期間で王都を陥落出来る者は皇子をおいてない、と……」
「言い訳は無用だ。やはりお前指揮を任せるべきではなかったか。この程度の任務もできぬ無能者であったか」
「お待ちください、お父様!お兄様は決して無能などではありません!」
アーサーの妹、グレース皇女がたまりかねたように声をあげる。その声にジロリとグレースに視線を移す王。
「アーサーがアーサーならお前もお前だ、グレース。お前には我が国が誇る精鋭マージナイツ隊を任せていたはずだ。ナジカ国の軍事力は我が国に劣る。精鋭を率いていたにも関わらずこの体たらく。勝てたから良かったがもし破れていたのならお前達が今頃、どうなっていたか分からぬぞ」
王の言葉に謁見の間に居並ぶ重臣達からどよめきが漏れる。
頭を垂れたままグレースが反論する。
「王都スザインは我々の襲来を何年も前から予期し、強力な魔術結界がはられておりました。我が国のマージナイツは非常に優秀ですがあれ程の結界となると短期間に破るのは容易なことではございません」
「確かに我が軍の兵は優秀だ。しかし、率いる将が愚かであればその力を存分に発揮できぬ」
「……っ!」
王の言葉に思わず顔を上げるグレース。その顔には怒りが満ちていた。しかし、王は一顧だにしない。
「お前には転移魔法の研究を任せていた。もう研究も終盤にさしかかっていたはず。あれさえ完成しておればこのような無駄な時間をかけずにすんだ、違うか?」
「恐れながら『召還』の儀式は成功いたしました。すでに召還は発動し呼び寄せた人物はフォルナの地に来ているはずです」
「では、どうしてここにおらぬのだ!あの研究にどれだけの巨額を投じたと思っておるのだ!そやつは今、どこにおる!?」
再び玉座の手すりを叩きノアを抱いたまま立ち上がる。怯えたノアが泣き出すが、今度はそれを気にする様子もない。
「それは……分かりません。しかし、召還は転移魔法でも上位に位置する高等魔法。さらに転移魔法は術式も未発達であり不安定なもので……」
「黙れ!余は欲しておるのだ。先王に仕えた我が国が誇る英雄ハロルドのような、いやそれ以上の存在を!ハロルドのように戦争に加担せぬような臆病者ではなく王家の為に手足となって戦う英雄を!フォルナに覇を唱える事のできる強大な力を!早くここに連れてまいれ!」
狂気にも似た王の表情に声をかける家臣はいない。皆、下手に口を出して処罰されるのを恐れているのだ。静まり返った謁見の間に目を血走らせた王の叫びだけがこだまする。
「王様は今回の事でお疲れの御様子。これ以上、王に心労をかけるのは許しません。二人共、下がりなさい」
イザベルに半ば追い出されるように謁見の間を後にした二人は高級士官が待つ兵舎へと向かう。
「全く、どういう事なのかしら!イザベルもイザベルならお父様もお父様よ!」
勝利の報告をし、お褒めの言葉と賞賛を受けるはずが、思いがけず叱責と屈辱を受けたグレースは憤懣やるかたないといった表情を浮かべている。
「仕方がないさ。父上は3ヶ月と期限をきっていた。それを達成できなかったのだからな」
「お兄様まで何を言っているのです!そもそも3ヶ月という期限がおかしかったのです。半年間でセイルス軍を勝利に導いたお兄様は賞賛されこそすれ、罵倒される謂れはありません!それもこれもあの女狐が現れてから……」
「口を慎め、グレース」
アーサーが静止するがグレースは収まらない。
「あの女が来てから御父様はおかしくなり始めたのです!あの女が王家に入り込んであまつさえ子を成してしまった」
「黙れと言っている」
「いいえ、黙りません!あの女さえいなければお兄様は今頃、皇太子になっていたはずです!」
「……」
「私は夢見ていました!お兄様が国王になり、この国を、偉大なるセイルスを導くお姿を!このセイルス王国に相応しい王はお兄様しかありえません!なのに、なのに……」
言葉が途切れ涙をこらえるグレース。そのグレースをアーサーが優しく抱きしめる。
「お、お兄様、こんな所で……」
「グレース。お前の俺に対する想いは俺が誰より分かっている。俺は皇太子にならねばならぬ。そして国王となる」
「お兄様……」
「大丈夫だ。俺はあのような女狐に屈したりはせん。必ずやあの女を追い出し父上を元の姿に戻して見せる」
「はい……信じております」
兄の強い決意を聞き、抱かれたその身を委ねるグレース。
と
「いやはや、とんだ災難に会われましたな」
その声に弾かれるように離れる二人。見ると侍従長のローガンが穏やかな笑顔を浮かべ立っていた。
背が高くすでに老境に差し掛かろうかという年齢のはずだが、それを感じさせない立ち振舞いと整った顔立ち。
穏やかな顔には、誰もが怒りとは無縁であるかのような印象を抱く。仕事も実に的確で王族や城内の人間の信頼も厚く長く侍従長を務めており、アーサーやグレースとも気軽に話ができる間柄だ。
「いや、災難などではない。私は父上との約束を守れなかったのだ。叱責は当然だと思っている」
「周囲の者が申しておりました。そもそも3ヶ月でナジカ国を制圧できるはずがない、アーサー様は半年間で成し遂げられましたがそれとて前代未聞。本日の王のなさりよう、皆、アーサー様に同情しております」
「誰に何と言われようと私は父上からの命令を愚直に成し遂げるのみ。全ては父上の為、引いてはセイルス王国の為だ」
「ご立派なお覚悟。ローガン感服いたしました」
そういうとローガンはグレースに向き直る。
「グレース様も此度の戦いでは大活躍したと伺っております。グレース様に率いられたマージナイツ隊の士気は軍随一だったとか」
「私はお兄様の指示に従っただけ。大した事はしていないわ」
「いえ、大層な働きぶりだったと聞いております。お二人が居ればこの国は安泰でございます」
「でも私も召還の方は結局上手くいかなかった。お兄様を助けられなかったからその言葉にも手放しでは喜べないわ」
「例の異世界人を呼び寄せる召還の事ですか?国王はああ申されましたが、あれは成功と言ってもよいものではないですか」
「確かに召還は成功した。別の世界から我らの望む人物を呼び寄せる事は確かにできたはず。でもその人物はここに現れなかった」
「他国で召還が成功したという話は聞きませんし、新たな英雄が現れたという話も聞きません。何らかの原因でフォルナにきた時点で存在が保てなくなり霧散してしまった可能性もある、と魔術研究所が言っていたはずです」
「それはそうなんだけど、お父様がね……。あの女狐にすっかり骨抜きにされちゃって」
「おい、グレース!」
アーサーが慌てて制止する。
「ははは、ご心配にはおよびません。決して誰にも話しませんので。……それにしても、そもそも転移魔法そのものがまだまだ未発達の分野。ハロルド殿が魔物の巣より持ち帰った文献を元に術式をくんだのが始まりでその歴史も浅い。術式が不安定なのは王もよく御理解頂いているはずなのですが……」
「転移魔法ですらまだ満足な術式が解明できていないのに、更に上位の召還魔法を成功させろというんだから全くいい迷惑よ」
実はグレースが召還魔法研究の最高責任者になってからそれほど年月は経っていない。元々この研究はハロルドがモンスターインパクトで出来たダンジョンで手にいれた資料が元になっている。
それは人族が今だたどり着いていない技術で、文献の原作者は魔族ではないかと言われている。セイルス王国ではこれを最高機密とし巨費を投じて密かに研究を進めていたのだった。
「それでも前任の者に比べて大きな進歩でございます。グレース様は無事に召還の儀式を成功させたのですから。前任者は転移魔法ですら失敗し、あの忌まわしい転移事故をやらかしましたからな」
「その話はもういいだろう。ローガン。あれはただの不幸な事故だ。しかも目撃者もいない、その場に居合わせた者が不幸な事故だったのだ」
「そうですな、不幸な事故でした。おっと、随分と引き留めてしまいました。申し訳ありません」
「構わんさ。では失礼する」
そう言うと二人はローガンの前から立ち去った。それを見送ったローガンもまた自分の仕事に戻っていく。
「……ただの不幸な事故、ですか。ええ、そうでしょうとも。あなたがたにとってはね」
ローガンが鷹揚なく呟いた。王城の長い通路を静かに歩いていく。そこにはローガン以外誰も居ない。
石造りの柱が並ぶ廊下に差し掛かった時だった。
「ローガン様」
柱の影から気配と声がした。しかし、そこを見ても誰も居ない。
「例の件、いかがいたしましょう?」
「そうですねぇ、モンスターインパクトを起こすのはもう少し王家が混乱してからでもいいでしょう。時期的に考えて失敗した事はかえって良かった。ダニエルにはもうしばらく領民を搾らせて不満をためさせるよう、仕向けさせなさい」
今まで張り付けていた穏やかだった顔は一変し、嗜虐的な表情で命令を下すローガン。その顔も声も侍従長のローガンとはまるで別人のものだった。
「それと前回は流れ者を雇って失敗したようですが次はないと脅しておきなさい。まぁ、あれがあれば逆らえないでしょうけど」
「はっ、では」
その声と共に柱の影から気配は消え失せた。
「……王家はこれから混迷を極めていくでしょう。しかし、それも私にとってはただの『不幸な事故』なのですよ」
ローガンの顔がぐにゃりと醜く歪み破顔する。
「ふふふ、踊れ踊れ。みな踊れ。ああ、人の不幸とはなんと甘美なものなのでしょう」
先代のセイルス王の御世にはあり得なかったわずかな綻び。それは時と共に音もなくだんだんと広がっていく。セイルス王国に仕込まれた静かな毒は緩やかに、しかし確実に王国を蝕み始めていた。




