幕間 エリスの夢
懐かしい夢を見た。
それはまだ子供だった頃の夢。
父が連れていってくれた「秘密の場所」そこには、私と時間と人生を共有してくれる仲間がいた。
思い返せばあの頃は楽しい事ばかりだった。大変だった事もあったけれど、当時の思い出は今も私の心の中に大切にしまわれている。
子供心に思ったものだ。
『いつか皆で冒険に出よう』
私の言葉がどこまで伝わったかはわからない。それでも皆、喜んでくれたように感じた。私が成人すれば冒険者になることができる。そうなったら皆を連れて冒険者になるんだ。
生きる楽しさ、厳しさ、そして優しさを教えてくれた仲間達。一緒に生きていく事を少しも疑いはしなかった。
……あの日が訪れるまでは。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
母は私が幼い頃に亡くなった。だから母との思い出はあまりない。
私の父はモンスターインパクトを食い止めた英雄であり、バーグマン領の領主ハロルド=バーグマン。
そして母は第二夫人だった。自由で明るい性格だったという母には、領主夫人という環境は馴染まなかったのだろう。私を身ごもった事が分かった後でも、屋敷にあがる事を拒み続けていたそうだ。
母にとって屋敷での生活は、決して快適とは言えなかったからだ。正妻である第一夫人は王家に仕える重臣の娘。仕える家臣も多い。
それに引き換え母は領主のしきたりなど知らずに育った町人の娘だ。いきなり屋敷あげられて、領主夫人といわれても戸惑う事ばかりだっただろう。
母が領主夫人になった事、私を身ごもっている事は当時、かなり大きな騒動になったらしい。それでも母が領主夫人となったのは、父のたっての願いだったようだ。しかし、そんな状況で屋敷に入れば周囲の目はやはり厳しかった。
「ハロルド様を誑かして、夫人の座を得た泥棒猫」
そんな陰口を正妻の取り巻きから叩かれる事は、日常茶飯事だった。町人出身であるため、味方になってくれる人もほとんどいない。
そんな環境にあったはずだが、幼い私の記憶の母はいつも笑顔だった。
「エリス。お父様はね、いつでもあなたと私を愛してくれている。あなたはどんな時でも一人じゃないの。あなたは英雄の娘。例え辛い事があってもきっと乗り越えてゆけるわ。だから決して挫けちゃ駄目よ」
病気がちだった母が、そんな言葉を遺言に託して亡くなったのは、私が五才の時だ。
母を亡くし、屋敷に居場所がなくなった私を父が連れていってくれたのはとある山。過去に整備されていたようで、歩きやすいよう石畳が敷き詰めてあり、中に人の手が入っていると思われる石垣もあった。
そこを登ると突然、周囲が開けまばらに木が生える広い平地が姿を表す。そこには雨がしのげる小屋も建てられていた。
どうしてこんなところに?不思議に思っていると父が誰かを呼んだ。すると、方々から物音が聞こえ木々の間から魔物が次々に姿を見せた。
10匹はいただろうか。コボルト、オーク、ハーピー、ゴブリン……突然現れた魔物達に驚き思わず父にしがみついた私の頭を優しく撫でると、父は魔物達に向かって話し始めた。
「私の大切な娘だ。この子の面倒を見てやってくれ」
魔物達は父の従魔だった。父は当代随一の術士であると同時に優秀なテイマーでもあった。父は領主になった後、自らと腹違いの兄であるアーロ、そして私にかけられた呪いを解除するすべを探し、よく長期の旅に出ていた。
その旅先で従魔となった魔物を山に集め、世話をしていたらしい。
「魔物は人を襲うものじゃないの?」
そうたずねると
「確かに魔物は人を襲う。でもここにいるのは私の従魔になる事を望んでくれた者達なんだ。魔物であっても私達の仲間なんだよ」
「仲間……」
人間でもない、ましてや魔物が人間の仲間になんかなれるのか、襲われて食べられるんじゃないか。
しかし、そんな私の恐怖心はすぐにかき消える。
従魔達はみな私に優しかった。一緒に遊んでくれ、私を世話をしてくれる。人に近い従魔も居て食事も出してくれた。
いつも私に寄り添い一緒に遊び過ごしてくれる特に仲の良い仲間もでき、人間の中で感じる事がなかった安らぎを従魔達から感じる事ができた。
みんな優しかったがだだ一人、ちょっぴり苦手な従魔もいた。父が英雄と呼ばれる以前から一緒に冒険していた従魔で唯一、人の言葉を話す事ができたグリフォンのロイ。
父の相棒でもあり、私の魔法の師匠でもある彼は実力もまた父に引けをとらない。
「お前の父からしっかり鍛えてくれ、と言われている」
私は彼に魔法のイロハを叩きこまれた。今、私が風魔法に特化しているのは師匠であるロイが風魔法の使い手だったからだ。
もっともロイからは「全ての基本属性を満遍なく覚えろ」としょっちゅう怒られた。それをしなかったのは、彼が風魔法特化だったのと風魔法でロイを越えたかったから。はっきり言えば意地だ。
「もし、風魔法でお前に負けたらお前の従魔になってやる」
そう言われて、なんとか勝とうと頑張るが全く勝てない。
呪いにより強制的にひき上げられた魔力は制御が非常に難しく、それを意のままに使いこなすのは結局、最後までできなかった。
負けるのが悔しくて、そんな時は仲の良い従魔に泣きつく。すると、その従魔達はロイに抗議するように怒ってくれた。
「全く、お前達がそんな風にエリスを甘やかすからいつまで経っても上達せんのだ」
従魔達の抗議をやれやれ、という感じで聞き流していたロイ。教えは厳しかったが、いつも私を見守ってくれていた。
ここに来て間もなく寂しさから泣いていた時、彼の背中に一度だけ乗せてもらったことがある。
「本当はマスター以外は乗せないが、一度だけ乗せてやる」
そう言って私を乗せて飛びたった。上空に飛び立った彼の背中から眺める景色に私は目を見張った。眼下にはノースマハの街があり、蟻のように小さくなった人々が見えた。
遠くを見れば南のサウスマハの街、そしてその向こうの海が青く光り、北を見ればドラゴンの背びれと言われている山脈が頂上まで見渡せ、さらにその麓にひろがるミサーク大森林も一望できた。
「ハロルドが言っていた。この景色を見ていれば辛い事など忘れてしまうと。ハロルドはお前を愛している。それはここにいる者達も同様。忘れぬことだ。お前は決して一人ではないのだからな」
ロイが私を乗せてくれたのは、あの一度きりだったがあの時の光景は今でもはっきりと覚えている。そしてたまに訪れる父からは、従魔とのあり方を教わった。
「魔物は人を襲う。それを倒すことに何の躊躇いもないし、してはいけない。しかし、もし魔物が自ら従魔になりたいと望み、それを受けたなら決して粗略に扱ってはならない。従魔になるということは命をマスターに握られるということ。その覚悟にテイマーも応えなければならない。それができないならテイマーである資格はない」
父はそう言っていた。信頼し仲間として遇すれば従魔もそれに答えてくれる。しかし、酷使すればいつか裏切りという形で牙を剥く。従魔に厳しい制約をつけて縛りつける者はテイマーとしての覚悟がない証拠だ、と。
実際、父の従魔達は何の制約もかけられていなかった。だから私を襲おうと思えばいつでもできたはずだ。しかし、誰もそんな事はしなかった。
「従魔はマスターの影響を受けるというからな」
ロイはそんな事を言っていた。
人がくれなかった優しさ、安らぎ、あたたかさ。そして信頼できる仲間。私がやっと得た幸せ。かけがえのない宝物だった。
……しかし、それらはある日突然奪われる。奪ったのは、人間だった。
私が13歳の時、父が亡くなった。久々に屋敷に戻っていた私は「安全を確保するため」と称しそのまま屋敷から出ないよう命じられ一室に閉じ込められた。
「バーグマン家所有の山を、魔物が占拠している」
耳を疑った。その魔物とは、父の従魔達の事だったからだ。後に分かったことだが、従魔はマスターであるテイマーが死ぬと、契約は破棄され制約もなくなる。つまり元の魔物の状態に戻るのだ。
「制約のなくなった従魔はもうただ魔物だ。人々に危害を加える前に排除せよ」
何を言っているんだ。あの従魔達が人を襲うはずがない。
私が行けばそんな事はないとすぐわかるのに、どうして誰も聞いてくれない、どうして人間は従魔を理解しようとしないんだ!
閉じ込められた室内でどんなに叫んでも、誰も答えてはくれなかった。やっと監禁が解け急いで山に向かった時の光景は、今でも私の脳裏に焼き付いて離れない。
幸せな日々を過ごした山は、人間の手により一変してしまっていた。
私の大切な仲間達と過ごした山には火がかけられ、思い出のつまった小屋は跡形もないほど破壊されていた。所々に血だまりの跡ができ、容赦のない殺戮が起きた事が窺えた。
「魔物は狂暴で残忍だ。従魔になろうがやはり所詮は魔物でしかない」
閉じ込められていた時、そんな声を聞いた。
違う、何も分かっていない!
ただの魔物になったのであれば、逃げようと思えば簡単にできたはず。なのにあえて逃げずに戦った。そして殺されていったのだ。
追い詰められた魔物達は、私が過ごした小屋の周りで討たれていた。みんな最後まで、私の居場所を守ろうとしてくれたのだ。
もし、人間達が普通に接していてくれさえすれば、従魔達だって抵抗などしなかったはずなのに。
「魔物は人を襲うもの」
違う。
「人が魔物を襲うもの」だ!
その後の成人までの二年間、私はがむしゃらに魔法の修行に励んだ。バーグマン家の人間は、私の中ではすでに人ではなかった。
成人を迎えた15歳の誕生日。あの日から一言も話さなかった兄で、バーグマン家当主となったアーロとその家臣達に継承権を放棄し縁を切る、と宣言し私はバーグマン家を出た。
冒険者になってからも、私の心は壊れたままだった。魔物を倒すことに後ろめたさはなかったけれど、いくらクエストを達成しても冒険者のランクを上げようと、心は満たされない。
冒険者と過ごしていた間、テイマーと出会う事もあったけれどその従魔達は厳しい制約に縛られ、人の盾としてしか扱われず、その目には悲しみと憎しみをたたえていた。
仲間として接すれば、制約なんていらないのに。
テイマーの中には、その従魔の子供を守ると約束をして従魔にしたも関わらず、制約で逆らえないようにしてから、足手まといだからとその従魔に子供を殺させた者もいたという。
それがどんなに残忍で残酷な事か、分かりもしない人間。私がもしその場に居合わせていたら、きっとそのテイマーを殺していただろう。
冒険者になっても満たされない私がやっと小さな安らぎを見つけたのは、冒険者を引退しミサーク村で暮らすようになってからだ。
旅先で引き取ったオスカーと、仮初めの夫アゼルとの生活。
自分に母親が上手くできていたのか分からない。オスカーだけでも大変だったが、さらにトーマを迎え、私は毎日てんてこ舞いだった。でも冒険者で得られなかった安らぎがここにはあった。
しかし、その一方でアゼルとの仲はだんだんすきま風がふいていく。子供達が成長する間にアゼルは家を開ける期間が長くなった。
私はアゼルに二人の父として振る舞って欲しかった。少なくとも私はアゼルが夫であると思っていた。しかし、彼はどこまでも冒険者だった。子供達とも満足に心を通わせられないまま私達は『あの日』を迎える。
ブラックビーの襲撃だ。
ヴィランの暴走が発端の襲撃で村人は死傷し、村は深刻な被害をうけた。そしてアゼルはブラックビーを道連れに命を落とした……事になっている。
しかし、私には分かる。彼はきっと生きている。彼は次に何かあれば、自分は死んだ事にして名を変え冒険者に復帰するつもりだったのだ。
それがわかったのは襲撃後、彼が部屋に残したメモを見つけたから。
『恨まれても憎まれても構わない。俺はやはり冒険者としてしか生きられない』そう記されていた。
あの日を境に、魔法を封じられた私の体調にも変化が表れる。私の身体に刻まれた呪いの影響で、死期がだんだん近づいてきていた。
オスカーとトーマは私を病気だと思い、心配し尽くしてくれた。母親として失格だった私を愛してくれた。しかし、私の呪いのせいでトーマが命を落とす事になってしまった。
結局、私は何もしてやれなかった。何ひとつ守れなかったんだ……。
そう思った時だった。
「そんな事はないよ」
懐かしい誰かの声が聞こえた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「エリス~。朝ごはんだよ~!」
廊下から声がした後、扉が開き小さなゴブリンが足を引きずりながら入ってきた。
「エリス、おはよー!」
ベッドに腰かけた私のもとに、ニコニコとやって来たのはリンリンだ。昔の事を思いだしているうちにずいぶんと時間が経っていたらしい。
「おはようリンリン。ごめんね、ちょっと寝過ごしちゃった。すぐに着替えるから待っててね」
「うん!」
急いで着替えリンリンを抱っこして、リビングに向かう。焼きたてのパンとコーヒーの良い香りが部屋を包んでいる。
「おはようエリス。オスカーは朝から用事だからってもう家を出たよ。それにしても珍しいね。この時間まで起きてこないなんて」
食器を並べながらミー君が聞いてくる。
「何でもないの、ちょっと寝過ごしちゃった」
「そっか。最近、気合い入れて鍛練してたみたいだし、無理がきたんじゃないの?」
「ううん、本当に大丈夫だから。それより良い匂いね、すごい豪華だし美味しそう!」
テーブルにはパンとベーコンエッグにソーセージ、それにサラダ、蜂蜜がかけられたヨーグルト。そしてコーヒーが置かれていた。
「日本に居た時のモーニングを再現してみたんだ。材料は全部、村の中で手に入れられるものなんだよ。まぁ、さすがにコーヒーはないけどね。さっ、冷めないうちに食べようか。リンも座って」
「うん!」
リンリンが自分の席に腰を下ろし、私も座る。
「では……」
手を合わせる。
「「「いただきます」」」
これはミー君が日本でやっていた習慣でなんでも「食材となった命に感謝して頂く」というお祈りのようなものらしい。ミー君がやっていたのをリンリンが真似していつの間にか私もするようになった。
「ん~!たまごもべーこんもおいし~!」
リンリンが喜んでいる。それをみながら私も料理を口に運ぶ。コーヒーが飲めないリンリンにはホットミルクが置かれていた。
美味しい。味も良いが卵は産みたて、ベーコンもほど良い塩気のものが調理されていた。
「やっぱりミー君の料理は最高ね」
「うん、ミナトはりょうり上手!」
「ははは。それならリンは褒め上手、かな」
「えへへ、だってホントにおいしいんだもん。リン、しあわせ~!」
リンリンが喜び、それを嬉しそうに見つめるミー君。そこには人間も魔物もない。二人はお互いがお互いを信頼し種族を越えて助け合っている。
そして私も二人がいなければ、こうして食事をとることなどなかったはずだ。
「俺達は助けたいと思ったから助けたんだ。だからその事で気を使ったりしないでほしい」
ミー君もリンリンもそう言っていた。
それはトーマも同じだ。
あの子とは何度か夢の中で会っている。この家のリビングを再現させた空間だったから、トーマがここで生活していた頃と何も変わらないように感じた。
きっとパナケイア様の配慮なんだろう。
トーマは普段やっていること、何をやったかなど雑談をして帰っていく。毎回、ありきたりな話しかできないけどな、と本人は言っていたがそれが何より嬉しい。
何でもない話ができる。いってらっしゃい、と送り出せる。それがこんなにも幸せな事だったのかと今更ながらに思う。
オスカーも村の為に毎日頑張っている。改めて私はいつも支えられていたんだな、と感じた。
今回の事があってからジーンと改めて色々話した。グラントの嫁であるジーンは今は村長夫人だ。話したのは自分の出目やアゼルの事。アゼルの事はグラントには話しづらかったからだ。
全てを話したあとジーンは黙って私を抱き締めてくれた。
「例えあんたのどんな過去が分かったとしても、私は今までと変わらないさ。これからも私はあんたを信じてるよ」
そう言ってくれた。そして笑いながら
「これまで一生懸命頑張ってきたんだ。これからはあんた自身が幸せになってもいいはずだよ。実はもう気になる人がいるんじゃないのかい?あんたは若く見えるんだから、歳なんて言わなきゃ分かんないもんさ」
と言っていた。
もうっ、ジーンったら……本当は同い年なんだけど……やっぱり内緒にしなきゃ良かったかな
ミー君とはある約束をした。
「ダニエルの事が片付いたら、三人で冒険者になろう」
引退した私が、また冒険者になるのはどうかと思ったが
「俺も転生して若返ったし、エリスだって肉体的には若いんだから生まれ変わったつもりで冒険者をやってほしい」
と言われ引き受けた。肉体的には、は余計なんだけどと言ったら笑っていた。
引き受けたのは何よりリンリンが一緒に来てほしいと強く望んでくれたから……だけど
『いつか皆で冒険に出よう』
子供の頃、従魔達とした約束。あの頃と同じわくわくした気持ちがした。ミー君とリンリンとならきっと素敵な冒険ができる。そんな予感がする。
今はまだ出来ないけれど、いつかあの子達がいたあの山に二人を連れていけたらいいな。
楽しそうな二人の会話を聞きながら、ゆっくりと食後のコーヒーを口に運んだ。
ここからおまけ漫画です。おすかーくん




