34話 敵の敵
木々の間から一筋の光が差し込む。
それから間を置かずまた新たな光が一つまた一つと増えていき、周囲が次第に明るくなっていく。
夜間、頻繁に聞こえた魔物の遠吠えは止み森はつかの間、静寂に包まれる。
聞こえるのはわずかな虫の鳴き声程度。活発に動いていた者は眠りにつき、眠っていた者が活動を始める刹那の時間。
俺達は木陰に身を潜め、ある魔物が巣穴から出てくるのを待っていた。
まもなく、俺の聴覚は巣穴である洞窟の方から僅かな羽音をとらえた。その音はだんだん大きくなる。そして巣穴から一匹の黒い蜂のような魔物が姿をあらわす。
その魔物の正体はブラックビー。
ミサーク村に向かっていた俺達が遭遇した大型の蜂のような魔物。5年前、ミサーク村を襲ったのもこいつらだ。
洞窟から這い出てきたブラックビーは大きな羽音と共に一匹、また一匹と獲物を求めて飛び立っていく。
改めて近くで見るとやっぱりデカい。
その体長はリンを超え、黒く染まるその容姿は威圧感が半端ない。
規格外の大型の蜂という点だけでもじゅうぶんヤバいが、それにもましてブラックビーは強靭な顎と鋭い毒針という強力な武器を持つ。もし襲われればまず無事では済まないだろう。
しかし、そんな恐ろしい奴等だが今日だけは俺の味方になる。
いや、正確にいえば「結果的にみれば俺の味方になる」だな。
短い間に十匹ほどが巣穴から次々に飛び立っていった。
「そろそろ行こう」
そう伝えるとリンは
『ウン!』と力強く頷き俺の肩にのる。
いよいよだ。
「よし!リン、頼む!」
声とともに俺は勢いよく立ち上がり、それと同時に頭上のリンが
「ガアアァァ!」
と、雄叫びをあげブラックビーを挑発し、俺も持っていた石をブラックビーめがけて投げつけた。
ブラックビーの動きが止まり、こちらを視認する。
「逃げるぞ!」
それを確認した俺達は同調を発動すると、一目散に駆け出した。森の中をぬうように走り、ネノ鉱山を目指す。
「リン、ブラックビーは!?」
『追ッテ来テルヨ!今、二匹!』
リンが応える。予想通り挑発に乗ったブラックビーは上空から俺達を追いかけてきた。
奴らの攻撃手段は急降下して獲物を掴みそのまま空中へ飛び、顎による噛みつき、針での攻撃、もしくは落下させてダメージを負わせるという攻撃をするというもの。
しかし、上空から狙うという事は森の中では障害物が多く森の木々に遮られ狙いが定めにくいということでもある。
俺達はあえて密集した木々の間を選んで走った。こうすることでブラックビーの攻撃回数を減らす効果が期待できる。
とはいえブラックビーも森に棲む魔物だ。執拗に獲物を追い、攻撃の機会を狙う執念深さを持っている。攻撃の瞬間はおそらく、木と木の間隔が広い空からでも地上が見渡せる場所に来た時。
俺達の目的地が決まっている以上、どうしてもそういう場所も通らなければならない。
『来ルヨ!』
木と木の間隔が少しだけ開いた、開けた場所に足を踏み入れた瞬間、それを待っていたかのようにブラックビーが急降下する。羽音が大きくなり距離が一気に縮む。
ブラックビーはリンを引きはがし空中に攫おうと足を広げた。恐ろしい羽音が一気に迫ってくる。
ブラックビーがリンを掴まんと急降下したまさにその時
『エイッ!』
リンはある液体をブラックビーめがけて噴射すると同時に、俺ごと横に飛んで攻撃を回避する。
噴射された液体を浴びたブラックビーは、そのまま地面に激突、身体を硬直させ、動かなくなった。
『倒セタノ……カナ?』
「よし成功だ!ナイス、リン!」
頭上のリンを褒めながら俺は再び木々の中に駆け込んだ。
リンに使わせたのは、日本から持ち込んだスプレー式の殺虫剤だ。
一応村で小さな虫にも試してみたのだが、効果が強いのか、一瞬で息絶えてしまった。体格の大きなブラックビーには効くかどうか、と思ったがこれなら武器として申し分ない。
二匹で追ってきたブラックビーを一匹倒した所で、もう一匹は引き返して行った。
『今、モウ一匹ガ仲間ヲ呼ビニ行ッタ。ソレガ来タラ走ルヨ』
ブラックビーを鉱山まで引き付けるには、視界に入りつつ、つかず離れず保って誘導しないといけない。
実は俺の考えた作戦は「ブラックビーをネノ鉱山まで誘導し、シャサイ達と戦わせ、あわよくば相打ちを狙う」というものだ。
戦力の乏しい俺達からすれば集団で人間を襲うブラックビーは恐ろしい敵である。しかし、それは何も俺達だけに限らない。
山賊達にとってもブラックビーは厄介な相手なのは間違いない。それが集団で襲ってくればシャサイといえど無事ではすまない。俺達の事など気にする余裕はなくなるだろう。
俺達にとってブラックビーは敵であると同時に頼れる友軍になってくれるはず。要するに「敵の敵は味方」理論だ。
勿論、当のブラックビーはそんな事は露ほども思っていないだろう。しかし、集団でターゲットを執念深く追い回し、相手が倒れるまで攻撃し続けるスタイルは山賊達の相手にピッタリだ。
今は俺達が獲物だがやり方次第で矛先は変えられる。何としても連れて行って、山賊達にお披露目しなくては。
『ミナト、来タヨ!』
リンの声と同時に再び走り出す。
「うげっ!めっちゃ来てる!」
沢山の羽音が近づいてくる。見上げると黒い塊が群れになって飛んできた。
見た感じ少なくとも10匹はいるな。
自分が立てた作戦とはいえ、あれだけのブラックビーを見て恐怖に襲われる。俺だけなら恐怖で足がもつれ、動くこともままならないだろう。だがリンにテイムされた俺の体は軽やかに森をかき分け、駆けていく。
ひとりなら絶対できなかった。リンがいてくれたから、できる!
この計画も、アニーやププがいてくれたからできる!
俺一人だけの力なんて、全然大した事はないけれど……みんなで力を合わせれば村を救う事だってできるんだ!
俺はそう考えながら自分を奮い立たせ、襲ってきたブラックビーを殺虫剤で撃退したり、隠密スキルを発動させ距離を取りながら何とか森を走り抜け、ネノ鉱山の山道付近まで戻ってくることに成功したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ネノ鉱山近くの山道まで来た俺達は、手近な茂みに身を隠し隠密スキルで気配を消した。ブラックビーの視界から外れている時に隠密スキルを使えば、向こうは隠れている事に気付かなくなる。ブラックビーは今も上空を飛び回っているが俺達を見つけられずにいる。
元々残量が少なかった殺虫剤はもうカラだ。これからは直接対決はなるべく避けなければならない。
ここから木々の切れ間の向こうに、山道と石造りの橋が見える。という事は、南側の橋という事だ。ブラックビーを誘導しながらなのに、リンはとても正確に位置を把握し、走ってくれた事になる。
橋付近には見張りと思われる男が二人いた。槍を持った体格の良い男達である。ここを突破して、鉱山に入らねばならない。
まずマジックバッグからフード付きの服を取り出し身につける。顔を覆うように目深にフードをかぶった。山賊達に俺の素性がバレないようにするためだ。
次にリュックサックに似た大きな背負い袋を取り出す。リンにはこの中に入って隠れてもらう。これならただの旅人に見えるだろう。
「リン、窮屈だけど少しの間、我慢しててね」
『ウン。ミナト本当二、大丈夫?』
「ふっふっふ、こう見えて実は演技は得意なんだよ!昔、幼稚園の演劇で俳優賞をもらったことがある!」
『ハイユーショー?』
「その通り。一番演技が上手かった人に贈られる賞さ!」
『一番!ミナト、スゴーイ!』
リンが感心している。
実は当時の役は「村を鬼に襲われ助けを求める村人」だった。鬼に襲われ恐怖で逃げ惑う役処だったのだが出演直前何かにつまづいて転んで、泣いていたところで出番が来てしまい、そのまま演じた。
その演技?(俺はマジ泣きだったんだが)が演劇を見ていた親御さん達に妙に受け結果的にチョイ役なのに賞をもらった。先生が俺の親に「劇団に入れてみては?」なーんて話をしてたっけ。なんだか懐かしいな。
……いかん、つい思い出に浸ってしまった。
気持ちを切り替え用意した背負い袋にリンに入ってもらい、ひもを締める。
よし、最高の「旅をしている最中、魔物に襲われ命からがら逃げる男」を演じてやるぜ!
「じゃあ、予定通りに」
『分カッタ』
茂みから立ち上がり、大きく息を吸い込む。
「うわああああー!助けてー!!」
「ガアアァアア!」
俺の叫び声と一緒にリンが挑発するように大きな声で吠える。これでブラックビーも俺達に気付くはずだ。
それと同時に俺は走り出した。転がるように山道に出ると脇目もふらずに橋を目指す。
「止まれ!!何者だ!!」
橋のたもとで二人の山賊が槍の矛先を向けてきた。
「助けてください!魔物に襲われたんです。お願いです!入れて下さいぃぃぃ!!」
目深にフードをかぶっているため良く見えないだろうが、俺は顔は涙と鼻水を流しつつ、魔物に襲われた恐怖で半狂乱になった体で必死で懇願した。
「ダメだ!ダメだ!部外者を入れる事は出来ん!とっとと失せろ!」
俺の会心の演技をにべもなくスルーする山賊達。
「そこを何とか。お願いします!お願いします!」
そんな山賊にすがりつくようにさらに懇願する。
「諦めろ!魔物よりも先に俺達に殺られたいのか!」
「どうかどうか!おねがいひまふううう~!!」
山賊達と押し問答をしていると
『ミナト来タヨ』
リンの念話が聞こえた。羽音とともに黒い塊が上空に姿をあらわす。奴らが俺達を見つけたのだ。
「お、おい。あれ……」
山賊達も気づいたようだ。一点を見つめ呆然としている。
「……まさか、あれは……」
「ああああ!出た~!ブラックビーだぁ!!たすけでぇぇぇぇ~!!」
山賊達がブラックビーに気を取られているスキを突き、脇を走り抜け、橋を渡る。
「あ!?おい、待て!」
不意を突かれた山賊の一人が叫ぶ。
「おい、俺達も逃げるぞ!あんな数のブラックビー、俺達だけで太刀打ちできねぇ!」
山賊達も橋を渡って鉱山の方に逃げだした。上空より迫って来るブラックビーの数は更に増えている。ざっと20匹余りはいるだろうか。どうやら襲ってきたブラックビーを返り討ちにしたことで相当に怒りをかってしまったようだ。
一足先に鉱山の敷地に逃げこんだ俺達の視界に、木造の古い家や長屋のような建物が飛び込んでくる。山賊達の視界から外れたと同時にリンが隠密を発動させ、手近な建物の影に身を隠した俺達は山賊達に見つからないようそっと様子を窺う。
少し遅れて見張りの山賊達もやってきた。
「お、おい奴ら来るぞ!どうすんだよ!?」
山賊の一人が焦って叫ぶ。
「心配するな。この鉱山には魔物よけの結界が張ってあるってボスが言ってたろ。やつらはここまで来れないはずだ。あれを見ろ!」
俺達を追ってきたブラックビー達は、橋を渡り切ったあたりで突然何かにぶつかったかのようにはじかれる。
しかし蜂たちはそんな事にはお構いなしで攻撃してくる。一匹、二匹……次々にアタックを仕掛ける。だが、突撃の結果は同じ。全てが壁にぶつかったように跳ね返された。
「ははは……ははは!ざまあ見やがれ、クソ蜂ども!」
ブラックビーがこちらに来られないのが分かり、勝ち誇る山賊。
「この分なら蜂の方は大丈夫だ、さっきのガキはどうする?探すか?」
「今日は例の女が来るんだろう?こんな日に馬鹿正直にガキが入り込んで取り逃がしましたなんて、ボスには報告できねぇよ。俺達が殺されちまう」
「まぁ、それもそうだな」
「見つけたらとっ捕まえればいい。何、すぐ見つかるさ。それよりよ、あの蜂どもを倒して、部位を売っぱらえば良い値がつくんじゃねぇか?」
「まあ、飲み代くらいにはなるだろうな……。しかし、どうやって倒す?」
「やつら、こっちに入れずウロウロしているだろう?つまり、俺達が一方的に攻撃できる。こういう時は……こうするのさ!」
山賊の一人が手近にあった石を投げつけた。
投石された石はホバリング中のブラックビーに命中する。飛行能力に支障がでたのか不規則に飛び回り、その後崖下の川へ落下していった。
「ざまあみろ!よし、皆を連れてこい!この蜂どもを倒すぞ!弓矢も忘れるなよ!」
「分かった!」
ブラックビーを倒したことで気を良くしたのだろう。山賊達はこのまま邪魔なブラックビーを倒し、なおかつ部位を売り飛ばして酒代を稼ぐつもりのようだ。俺達に気づくこともなく隠れている家の前を通り過ぎる。
間もなく呼ばれた山賊達が続々とやって来た。
人数は15人程。見たかぎりではシャサイはいない。
到着した山賊達は弓で攻撃を始めた。たくさんの矢がブラックビーに殺到する。しかし怒り狂うブラックビーは矢にもひるまず、結界に突撃し続ける。
山賊対ブラックビーの戦いが始まった。
その様子を建物の影から見ていた俺はほくそえむ
事前に得た情報ではこの鉱山にいる山賊は多くて20人程度。つまり大多数がここに集まっている。
期せずして敷地内に分散していた山賊を引き付けることができた。山賊達がブラックビー捕りに夢中になれば、俺が敷地内で見つかる確率はぐっと低くなるだろう。
しかし、俺の本当の狙いはそこじゃない。
重要なのは山賊達がブラックビーを倒し続けることで、ターゲットが俺達から山賊達に変わる、という事だ。これで俺達がまた見つからない限り狙われることはなくなった。
加えて山賊達は気づいていないようだが、実はブラックビーというのは倒せば倒すほど、厄介な存在になる。一人でもこの事を知っていれば、決してこんな状態のブラックビーを倒そうとは思わないはずだ。
そして今は魔物の侵入を阻んでいる結界だが、これも絶対的なものではない。
ネノ鉱山に張られた結界は、山道の野営場にあるものと同等のもので、魔物除けの結界だという事は屋敷の資料で確認済みだ。その為、魔物であるブラックビーは通さない。
リンが通る事が出来たのは従魔だからだが、この鉱山では昔から、従魔も働かせていたらしい。だから従魔はここの結界を通れるのだ。
さらに資料によれば、結界というものは、一度張れば良いというものではなく、しばらくすると効果が弱まり、また張り直さなければならないらしい。
シャサイが解除をたくらむ鉱山入口にある結界はハロルドが張ったものだが、彼のような当代きっての術士の張った強力な結界と比較して、ネノ鉱山を覆う結界は一般の術士の手によるもので、時とともに効果が薄れ劣化してくるのだ。
薄くなった部分をメンテナンスし、維持していくことが大事で、もし、それを怠っていた場合、薄い部分に衝撃が加わり続ければ、弱体化した結界は消滅する、とあった。
果たして山賊達は、この結界をメンテナンスしていたのだろうか?
もし、していなかったら、結界がブラックビーの猛攻撃に耐えられなくなり、消滅した途端、ブラックビーの群は怒涛のように山賊達に襲い掛かるだろう。
つまり、俺が望む状況になるという訳だ。




