32話 月下の想い
「ミー君、リンリン、あなた達ならきっとできるわ。どうかお願いね」
エリスさんからギルドに渡すように託された手紙を預かり、マジックバッグへしまう。
ついに俺とリンがギルドのあるノースマハの町へと向かう日がやってきた。
明日はエリスさんがネノ鉱山に旅立つ。その前日夜陰に紛れて俺たちは監視の目をかいくぐり、ギルドに向かう……予定になっている。
「ミー君もリンリンも本当によく頑張ったわね。私もあなた達に負けないくらいやったわ!それでも今回はギルドの協力が必要なの。村の皆を守る事も必要だし、それに終わった後の始末も色々あるし、ね」
エリスさんの表情は穏やかで、一見すると自信を持って事に臨もうとしているようにも思える。その様子からは、自らが死と向き合っているようにはとても見えない。
嘘ではない……でもすでに覚悟をきめているのだろう。その笑顔は爽やかで明るい。
「任せてください。リンもしっかり間に合ったし、俺たちは大丈夫。エリスさんも……」
そう、言いかけた時だった。
突然、エリスさんに抱きしめられた。ふわっと良い匂いが鼻をくすぐる。
「え、あ、あの……?」
「あのね……私の呪いの事や、村の事も……本当に感謝しているの。いつか、きっとこの恩は返すわね」
そして、少しだけ体を話すと俺を見つめながら顔を愛しそうに撫でる。
―それは、愛する息子トーマに対する最後の挨拶なのか、それとも……。
「エ、エリスさん……」
抱きしめ返そうかなとちらりと思った瞬間。俺を見つめるエリスさんの瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。そして彼女もそれに気づいたんだろう。
「あ、あら?私ったらどうしたのかしら。やあねぇ、今生の別れでもないのに……」
俺から離れて取り繕うように涙を拭き、笑う。
そして隣にいたリンを同じように抱きしめる。
「……強くなったわね、リンリン。ミー君の事頼むわね」
リンはエリスさんの言葉は分からないはずなのに、コクリと頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨日の夜、リンは帰って来た。
だが体中にいくつもの傷があり余程激しい修行だったのか、疲労困憊していて歩くのもままならない程だった。
なのにポーションは未使用で残っていた。
「こういう時はポーションを使わないと、リン。こんな風に気を使ったって嬉しくないよ」
『帰リ着イタラ急二痛クナッテ……サッキマデハ大丈夫ダッタンダモン……』
「そっか、気を張ってたからかな。とりあえずポーションを飲んで。これはこういう時のために使うものだからね」
『……ウン』
ポーションを飲むとスッと傷が治り、痛みがなくなってほっとしたのか、リンはそのまま眠ってしまった。そしてそのまま、今日の昼まで疲労を癒すかのように眠り続けていたのだった。
それからリンの目が覚めてから、どんな修行をしたのか聞いてみたのだが、リンはふるふると首を振って俺の問いには答えなかった。
なんだかこれ以上聞いてはいけない雰囲気を感じてしまい、俺もそれ以上聞くのは止めた。
言いたくなったら、きっとリンの方から話してくれるだろう。
これでパナケイアさんからもらった回復薬の残りはハイポーションが一つだけ。これまで色々な場面で助けてもらった。最後のハイポーションは切り札としてしまってあり、今は手許にない。
「よし、それじゃあ行きますか。リンおいで」
リンがスルスルと俺に登りいつもの定位置につく。リンを肩車をしていると何だか俺も落ち着くようになってきた。不思議だ。
「じゃあ行ってきます。エリスさんもどうかご無事で」
「行ってらっしゃい、二人とも。ギルドにその手紙を渡しさえすれば、大丈夫だから!」
笑顔のエリスさんに見送られ、俺はぽつぽつと光る民家の明かりを南門までの目印にしながら、屋敷を出発した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
周囲は暗いが今夜は月明かりがあり、リンに頼らなくてもよさそうだ。
通り過ぎる民家はほんのりと明かりが灯り、そこではささやかな生活が営まれているのだろうという事を感じることができる。
平和で穏やかなミサーク村。
今は貧しく寂れているが、ヴィランから続く悪夢の連鎖さえ断ち切れば、きっと元の活気のある村の姿に戻れるはずだ。
しばらく歩くとグラントさんの家が見えてくる。
入口の近くに小さな人影が見えその人影は俺を見つけると右手を上げ敬礼のポーズをとった。
俺達もその人影……アニーに同じポーズを返す。リンも同じようにしている
出発までにププとアニーは必要な情報を集めてくれていた。ププは俺の言っていた目的のものを見つけ、アニーがそれを地図におこしてくれた。おかげで俺が知りたい情報は全て集めることができた。
明日もアニーには重要な任務を頼んである。
無言だったがお互いの成功と無事を祈りつつ家の前を通り過ぎた。
巡回中の警備隊が村を見回っているが、なるべく村人には会わないようにこっそりと行きたいと考えていた。
俺達が町へ行くことを、「エリスさんが自分の子供可愛さに逃がしたのだ」と捉える人もいるからだ。
自分達は村にとどまって、エリスさんに全てを押しつけているくせに「子供を逃がすのはけしからん」とはどの口が言えるのか、と思う。
まぁ、村人の中にはヴィランに近いやつもいただろうからそういう人間からすれば余計なことしやがってという感情があるのかもしれない。
当然だがそんなやつらの事なんて知ったことじゃない。事が済めばきっと村も良い方にいくだろう。そんな声も出なくなるはずだ。
村の中では所々でかがり火が焚かれ、村人が警戒のため巡回している
村を出るには南門を出るのが一番早いが、南門にも当然警備している村人がいるはず。気づかれずに出るには別の所から抜け出す必要がある
俺はあらかじめ目星をつけていた南門近くの柵を越える事にしていた。柵は丸太を切り出し大きな杭のような形状にして地面に打ち付ける。隙間なく並べられたそれは柵というより丸太の壁だ。魔物の襲撃に備え長い年月をかけて村の周囲を囲むように築いていったものらしい。
目的の場所に着く。ここは建物の影になり周囲からも見つかりにくい。柵の向こうには獣道がありそれをたどればミサーク山道にでることができる。
問題はその柵は俺が手を伸ばしても手が届かないくらい高い、ということだった。しかし、下見に来たときリンがこのくらいなら大丈夫、と自信満々に言っていたためここを脱出ルートに決めた。
柵の前に立つ。見上げるような高さだ。
「リン、頼む」
『ウン!』
そう言った途端、身体がダッと走り出す。助走をつけ、ぐんぐんスピードを上げた俺は柵に向かって跳躍し、木でできた柵を蹴りさらに上に飛ぶと、柵のてっぺんに手をかける。勢いを殺す事なく腕の力で上体を柵の上に持っていき、両足を跨ぎそのまま飛び降り、ほとんど音を立てずに地面に両手両足をつき着地した。
「……リンは本当に俺より俺の体の動かし方が上手いよね」
俺がどうやっても無理だったのに、リンが操ると簡単にできてしまうのが不思議だ。まるで自分がパルクールの選手になったかのように軽やかに動ける。感心しながらリンにそう言うと
『ソウ?ミナトダッテ動カシ方サエ分カレバ出来ルヨ。ダッテ、ミナトノ体ダモン』
そうかなぁ……?いや、ちょっと無理じゃない?なんかリミッターでも解除してるかのような動きだよ?
首を傾げながらぶつぶつつぶやいていると
『ミナト……アレ』
細い道の先、少し道がひらけ広場になっている場所。そこにうっすらと月明かりに照らされた見覚えのある姿が見えた。
「やはり来たね、トーマ」
「オスカー……兄さん。よく分かりましたね?」
「正門から行けば誰かに誰何される。人に会わないように行くなら裏道を使う。もし僕が君の立場だったとしてもそうするからね」
オスカーは静かに、しかし真剣な表情で俺を見ている。その手には木剣を持っている。
オスカーはあの日以来、グラントさんの家に泊まり込んでいて、俺と顔を合わせる事は無かった
「どうしても行くのかい?」
「はい」
「力ずくでも止めると言っても?」
俺は無言で頷いた。
「そうか……。じゃあこれが兄弟最後の喧嘩になるな」
そう言うとオスカーは無言で木剣を構え走り出した。一気に間合いに入ると勢いよく俺に向かって剣を振り下ろす。
「リン!」
俺の声に反応するように身体が自然に動き出す。リンに操られた俺は軽やかにその剣先をかわすとマジックバッグから木刀を取り出し構えた。
リンが操る俺の動きは明らかに修行前に比べ良くなっている。オスカーのどんな攻撃にも瞬時に対応してその剣先をかわす。
オスカーが木剣を振るうが、それは俺には届かない。そのすべてをかわし、受け続ける。その間、俺からは攻撃しない。
斬りかかる事、数十合。常に攻め続けたため肩で息をしているオスカー。すでに勝負は見えた。突き出された剣を交わしつつ重心が前のめりになった所で力を込め弾く。オスカーの「あっ!」という声と共に木剣は回転しながら弧を描き、乾いた音をたて地面に落下した。
「やっぱり、もうトーマには敵わないか……。分かっていたけど、悔しいな」
と言ってふっと笑う。
「それはリンが俺の体を動かしているから……」
「それでも、そのテイムされる能力はトーマのものだよ」
「……」
「お前の性格は分かっていたつもりだったけど、薬を取りに帰ってからのお前は……記憶を無くしてしまってからのトーマは、以前のトーマとは変わってしまったように思えてならなかった」
オスカーもやっぱり不思議に思っていたのか……。
「でも、以前と同じように母さんを大切に思う気持ちが伝わってきていた。これは全然変わらなかった。そのお前が母さんを置いて、自分だけ助かろうとするとは思えない。本当は母さんから町へ行けという頼みを逆手にとって、母さんとシャサイを戦わせない為に何かする気なんじゃないか?」
オスカーからの問いに頷く。
「このまま村にいても何も変えられない。だから俺は俺のやり方で村を救うつもりです。俺はエリスさんも兄さんにも死んでほしくない。これはリンの想いでもあります。だから俺は行かなきゃいけない。逃げる為じゃない、皆で生き残る為に、です。もし俺が兄さんの思い描く人間じゃなかったとしてもこれだけは信じてください」
頭上のリンがウン!ウン!と頷いている。
「……奴は強い。グラントさんも敵わない相手だ。それでもやるのか?敵は二十人はいるんだぞ」
「俺だけならとても無理でしょう。でも俺は一人じゃないから」
リンの脚にポンと触れる。
「リンは確かに成長している。並みの強さではないくらいにね。しかし、敵はあのシャサイだ。それでもやるのかい?それもたった二人で」
「俺たちだけじゃありませんよ。俺には協力してくれた仲間がいる。策は考えました。エリスさんを助けて村を救うための策、です。防衛隊に入らなかったのはそのための準備に時間が欲しかったからです」
「そこまで考えていたのか。でもせめて僕には教えてほしかったな。トーマが村の中で何かやっているのは分かってた。でもきっと村の人達にも秘密裏に動かなければならない理由が何かあったんだと思って……」
それ以上は聞かないでくれたのか、オスカー。
「これがトーマに会う最後になるかもしれないから、伝えておく。もし、お前の作戦が上手くいかなかったら……逃げてもいいから生きて、生き延びてほしい。たぶんそれは母さんも同じ気持ちだ」
最後に……なんて悲しい事を笑顔で言うんだ、オスカー。血のつながりは無くても、つらい時も笑顔でいるのはエリスさんにそっくりだ。
「俺は、エリスさんも村の皆も救いたいから行くんです。危ない橋を渡るのは確かだけど、必ず帰ってきます。だから兄さんは……」
「分かってる。村の事は任せてくれ。こちらも最善を尽くすつもりだ」
「あと作戦の事は村の人には黙っていて下さい。ひょっとすると内通する人がいるかも知れないので」
「ああ、僕は何も聞かなかった。ここで待っていたが誰も来なかったよ」
「はい。俺は今は警備にも参加せずに屋敷で寝こけてるので」
「そうだったな。全く、訓練にも参加しない、自分勝手な弟がいて苦労させられるよ。でも……ここで会えてよかった」
「俺もです」
困った顔をして笑うのを見て俺も笑う。その顔はいつもの優しいオスカー兄さんの顔だった。
さて、そろそろ俺の戦場へ向かうとしよう。
「じゃあ兄さん、行ってきます」
「ああ、必ず……帰ってくるんだよ」
お互いに無事を祈る。絶対にここへ戻ってくるんだ。
「リン、行こうか」
『ウン!』
リンに身体の自由を預けると、風のように走り出す。俺達は目指す決戦の地へ急いだ。




