26話 嘘
お茶を堪能したあと、エリスさんは何故自分がシャサイに狙われたのか、またその黒幕と思われる存在の事を話してくれた。
それはエリスさんに流れる『血』に密接に関わるものであると同時にバーグマン領の未来を左右する非常に重大なものだった。
村長ヴィランと手を組んだ山賊達の夜襲事件が起きたあの夜、俺達は山賊達を返り討ちにした。生き残ったのは首謀者のヴィランと山賊が一人。俺がとどめを刺せずに逃してしまったあいつ、名前は確かザカリーといったか。
ヴィランは盗賊団のボス、アンガスのいるアジトへ逃げ、一方のザカリーは別行動をとり、街にある裏の情報屋にヴィランから得たある情報を売り込んだはずだとエリスさんは話した。
その情報とは「ミサーク村にいるというエリスという元冒険者はバーグマン家の娘エリス・バーグマンである」というもの。
どうして二人の行動を予想できるのか。
山賊の夜襲を返り討ちにし、村人達が村長の屋敷に迫った時、ヴィランとザカリーは船で下流に逃亡している。その際、ザカリーはヴィランに詰め寄ったはずだ、「なぜあの女が魔法が使えるんだ?話が違うぞ。俺達を嵌めて殺そうとしただろう」と
保身に走るヴィランはこの際、身の潔白として自分が知るエリスさんの出目について洗いざらい話したはずだ。そしてその時、ザカリーはこう考えただろう「このままこの山賊団にいてもいずれあの女に壊滅させられる。それなら手にいれた情報を街で売ってとんずらした方がいい」
そして、ザカリーはアジトへ戻らずヴィランと別れ川を下り街に行き情報を売る。その後、村にやってきたのがシャサイだ
恐らく奴は情報を手にいれた黒幕から「封印を解くためネノ鉱山にエリスという女を連れて来い」と命令を受け村にやって来た者。
シャサイに黒幕がいると断定できる理由は奴がエリスさんをバーグマン家の娘だと言ったうえで彼女に鉱山に来いと言った事だ。
ヴィランはエリスさんがバーグマン家の娘だと言う出自は知っていたがその刻印と彼女にまつわる『血』の意味までは知らない。しかし、シャサイはそれを知っている。しかもそれはバーグマン家の中でもごく少数しか知らない秘中の秘だった。
その秘とはある方法を使った封印の解除法について。
ネノ鉱山の封印を施したのはエリスさんの父で初代領主のハロルドである。当時の術士の中でもトップクラスの魔力を持つ彼が施したその封印は強力で並みの術士ではとても解除できない。過去に何度か解除が試みられたがいずれも強大な封印の前に失敗を繰り返していた。
実はひとつだけ解除する方法があるにはある。しかしその解除法は残酷かつ外法ともされるものだった。
『血の解錠』と呼ばれるそれは、封印を施した者の実の子の命と引き換えに解錠されるというもので、親や孫、養子などでは効果がない。施す側にも覚悟を強いるものだ。
この条件に当てはまりハロルドが施した結界を解くことができるのは、彼の二人の子供である前当主のアーロ様とエリスさんのみ。
現時点でアーロ様は亡くなっているため、該当するのはエリスさんただ一人。
この秘密を知る者はバーグマン家の中でも極めて少なく、秘事中の秘事である。本来なら領主、またはその身内にしか伝えられることはない。しかし、現当主ルカはまだ幼なく肉親もいない。ために政務は側近が代行している。ならばその人物に秘密を伝えられている可能性が高い、とエリスさんはにらんでいる。
それらを踏まえるとシャサイの裏にいるのは幼い領主ではなく実権をにぎるその側近……!
「当主のルカ様を差し置いて権力を握っているのが側近の……確かダニエルでしたっけ?」
「そう。『血の解錠』の秘密はアーロ様からアーロ夫人に伝わり、死の床にあった夫人は側近のダニエルに伝えたと思うの。そして今、権力を握るダニエルの狙いはネノ鉱山の封印を解くこと」
しかし、現状でネノ鉱山の封印の解除は『血の解錠』でしか行えない。そのためダニエルに目をつけられた。しかしエリスさんはバーグマン家を離れているとはいえ、ハロルドの娘であり、当主のルカからみれば叔母にあたる。すでに一切の相続を放棄しているとはいえ、領主の娘を生贄にし封印を解いたとなれば同情の声も上がるだろう。重税を課し、評判の良くないダニエルに対し不満をつのらせた民衆の中には蜂起しようとする者があらわれるかもしれない。
領民の為に奮闘した英雄ハロルドやその息子アーロの治世を懐かしみ慕う民衆は今でも多いからである。
その対策として派遣されたのがシャサイだ。彼はまず村を支配していた山賊団ボスのアンガスを殺害し、ボスに収まった。そして鉱山をわがものにするため山賊達はエリスさんを使ってネノ鉱山の封印を解く。その後、ダニエルが領軍を動かしバーグマン家が山賊団を蹴散らし苦も無く鉱山を占領する。
そうする事で評判を落とすことなく、自らの血も流さず鉱山利権を手に入れようと目論んでいるのだろうとエリスさんは予想する。
そしてシャサイとダニエルが結びついていると断定できる決定的な証拠。それが「風殺の腕輪」だ。
シャサイが語っていた通りその腕輪は己に向かってくる風魔法を無効化する強力な宝物。領内経営のため数々の財宝を売り払ったハロルドが、唯一手放さなかった秘宝だった。
「父は私が成人したらその腕輪をくれると言っていたの……でも父が亡くなって私も家を出たり色々あってすっかり忘れていたのだけれど」
バーグマン家の家宝を勝手に持ち出せるのは権力の中枢にいるダニエルしかいない。それをシャサイが持っているという事が、ダニエルとシャサイがつながっているという何よりの証だ。
ネノ鉱山の封印を解いたあと、計画通りシャサイの配下の山賊は領主軍に一掃される。事前にそれを知るシャサイはおそらく逃げおおせるだろう。
分からないのは「血の解錠」によって封印を解いた後に起こるかもしれない魔物の爆発的発生の危険性について、ダニエルやシャサイが知っているのか?という事だ。
知らずに封印を解こうとしているのか、まさか、わざと魔物の爆発的発生を引き起こそうとしているのか?そんな……まさか……。
しかし、それよりも問題なのはエリスさんだ。風魔法が効かないシャサイにどうやって勝つつもりなのか。このままではなすすべなく奴等の牙にかかってしまうに違いない。
「何より俺が心配なのはエリスさんの事です。このままじゃむざむざ死にに行くようなものじゃないですか。なんでそんなところに一人で行く何て言ったんですか?別に行かなくてもいいじゃないですか、みんなで戦いましょうよ!その方が……」
「駄目よ」
エリスさんが言葉を遮る。
「何故ですか!?」
「ミー君、リンリンが敵の人質になった時、あなたはそれでも敵を攻撃できる?」
「え……?」
「あなたはきっとできない……私も一緒よ。誰かが人質にされたらどうしようもないの。私が村に残ってもシャサイなら無理にでも私を連れ出すはず。だから私一人で行く。……心配って顔してるわね?大丈夫、策はある。風魔法が使えなくても私にしかできない、ミサーク村を守る方法があるのよ」
「そんな事できるんですか?どんな方法ですか!?」
「本当は誰にも言いたくなかったの。それはバーグマン家に伝わる秘術でね。父から教わった一子相伝の魔法なの。ものすごい威力の広範囲魔法だから周りにいる人が巻き添えになるし、他の人に存在を知られても困るの。だから一人で行くのよ。絶対、誰にも言わないでね」
勢いこむ俺を受け流すようにに人差し指を唇に当てていたずらっぽくウインクする。確かにエリスさんの父、ハロルドさんは魔物の爆発的発生を止める程の英雄だし、何か特殊な魔法を知っていても不思議はないけど……。
「あと、さっき言っていたお願いなんだけど、ミー君に頼みたい事があるの」
「あ、はい。何ですか?」
「手紙を、ノースマハの冒険者ギルドに届けて欲しいの。今回の件で冒険者ギルドの協力を仰ぎたいから」
「手紙?……俺がですか、それはなぜ?」
「リンリンは隠密スキル使えるでしょう?そのスキルがあれば見張りに見つからずに歩けるはずよ。そのスキルは村の人は持っていなくて、ね?」
「リン、隠密スキルなんて持っているの?」
俺の膝の上で大人しく話を聞いていたリンに聞く。
『ウン、イツノ間ニカ持ッテタ。ミナトニスキルヲ見セタ時ハ無カッタノニ』
隠密スキルは自らの気配を消し、相手から見つかりにくくするスキルらしい。家が山賊たちに襲撃されたあの時、リンは山賊を一人倒したあと、まるでいなくなったかのように気配を消した。見ていた俺も消えたと思うほどの気配の消し方だった。
あれはスキルの効果だったのか……いつから覚えてたんだろう。
「ひょっとしたらその服のおかげかもしれないわ。ミー君の持っている木刀もただの木刀ではなかったし、もしかするとパナケイア様が加護をつけてくれたのかもしれないわね」
「はあ、そんな事、言っていなかったけどなぁ……」
パナケイアさんの事だから色々言い忘れている事があるのかもしれない。転生する時のバタバタといい、どこか抜けたところがある気がするんだよなぁ……。
リンは俺があげたTシャツをすっかり気に入り、以来ずっと着用している。勿論、でかでかと「人」という文字がプリントされたあのTシャツである。これが意外と丈夫で訓練に参加した後も洗った時もほつれひとつ見当たらない。日本からの持ち込み品だしひょっとしたらパナケイアさんが加護でもつけてくれたのかもしれない。エリスさんの言う通り木刀だって、一応魔剣だしな。
「とにかくお願い。魔法が上手くいったとしてもシャサイを打ち漏らす可能性がある。逃げたシャサイを確実に捕らえるためにギルドの力が必要なの。この任務は責任重大だからよろしくね!あ、でも秘術の事は誰にも言っては駄目。もし、シャサイに知られてしまえば作戦は失敗してしまうから誰にも知られたくないの。それにこの魔法は私の代で終わらせようと思っているから……」
街の冒険者ギルドに手紙を届ける。エリスさんの作戦上、外せないもののようだし、リンが他人から見つかりにくいスキルをもっているなら俺達は適任だ。ただ……。
「オスカーは大丈夫ですかね?きっとエリスさんが一人でシャサイの所へ行くのは反対のはずです」
「反対でしょうね。でも今夜の会議で予定通り私が一人で行くことになるはずよ。みんな、私の魔法を見ているし、それに誰しも命の危険のある場所には行きたくないでしょうしね」
誰だって危険な所には行きたくはない。命を失う可能性がある戦場なら尚更だ。それに村の人達がついていっても何もできない。逆に人質にとられる危険もある。それは理解できるが……
「やっぱりエリスさん一人で行くのは危険じゃないですか?俺も残ってみんなでシャサイを倒す作戦を考えた方が……」
「グラントでも勝てない相手よ。仮にあなた達が村に残ったとしてシャサイに勝てる?私の作戦より勝つ確率が高いと思う?」
「……いいえ」
グラントさんも全く歯が立たない相手だ。俺とリンが居たところで戦局が大きく変わることはないだろう。それならば彼女一人で向かい魔法が効かないと油断しているシャサイ達を秘技で一網打尽にするという作戦のほうが現実的な気がする。その間、村の人達は村の防衛に全力を注ぎ、俺が熟練の冒険者に応援を頼むことで後顧の憂いを断ち、例えシャサイを打ち漏らし奴が逃走しても確実に捕らえることができる。
……確かにそのほうが勝利の可能性は村に残るよりはるかに上だろう。エリスさんもそう思ったからこそ俺を指名したはず。この世界のギルドの事はわからないがオスカーの生まれた村の時がそうだったように村の危機を知れば、多分助けてくれるはずだ。
「……分かりました。その任務引き受けます」
「良かった、これでひと安心だわ!」
エリスさんはホッとしたように笑みを浮かべる。
「エリスさん?」
「なあに?」
「本当にみんなこれで助かるんですね?これが成功すればみんな幸せになれるんですね?」
微笑みながら頷く。その顔はとても穏やかに見えた。
「えぇ、それとこの話は子供達にも話したことがない。あなたの胸にしまっておいて」
「そうだったんですか、良かったんですか?」
「助けてもらった事と今回の件に巻き込んでしまったせめてものお詫びよ。私は私の出来ることをする。だからあなたはあなたの為すべき事をしてね。手紙は出発の日に渡すわ」
「分かりました」
それじゃあ、今日はもう遅いから……おやすみなさい。そう言ってエリスさんは自分の部屋に戻って行った。
……今日は本当に色々な事があった。シャサイの事、オスカーとトーマの事、エリスさんの事……。
たくさんの情報かあってまだ頭の中で整理しきれない。エリスさんは最終的には俺を信じてくれた。だから呪いや黒幕の事まで包み隠さず話してくれたんだろう。残念ながら俺には単独でシャサイに立ち向かえるだけの力はない。魔法は不発、剣はリン頼み。俺には残念ながら転生者がもらうようなチート級の魔力も武力も備わっていないようだしな。
……まぁ、俺は俺のやれる事をやるだけだ。
手紙を街のギルドに届ける。簡単だけど重要な任務。この世界の冒険者ギルドがどのようなものかは分からないけどとにかく行ってみないとな。
『ダメ……行ッチャダメ……』
ん?
「リン?」
腕に抱えたリンを見ると今にも泣きだしそうな表情を浮かべている。
「リン、どうしたんだ?」
『エリス、嘘ヲツイテル。エリスヲ行カセチャダメ!』
「……え?」
『コノママジャ、エリスガ死ンジャウ!』
「なんだって!?」
エリスさんが嘘をついてる?このままだと死ぬ?
まさか……なぜ?何で!?




