23話 血のつながり
オスカーが集会に出かけたあと、マジックバッグの中にハーブティの茶葉があったので、俺はお茶を淹れてエリスさんにすすめた。
「このお茶は鎮静作用があるから、心を落ち着かせるのに効果的なんですよ 」
「ありがとう。あぁ、素敵な香りがするわね」
そう言って、ホッとしたようにお茶を飲む。一息ついたのを見計らって俺は口を開く。
「そういえば……呪いって、エリスさんのお兄さんのアーロ様も受け継いでいるんですよね?だったら今の領主様もその呪いは引き継がれているんですか?」
エリスさんは、少し考えたあと話してくれた。
「お兄様……いえ、アーロ様の呪いは、幼い頃に解呪されているの……あなたが持ってきてくれたのと同じキュアポーションでね。父が地下迷宮ダンジョンの最深部で発見した、とても貴重なものだったそうよ。次期領主であるアーロ様と私。バーグマン家領主の父からしたら、どちらに使うかは考えるまでもないでしょう?」
「自分の子供が生まれる前に、解呪されれば呪いは子供に受け継がれない、という事ですか」
「そういう事になるわね」
その言葉に俺の中でもう一つの疑問が浮かび上がった。はぐらかされるかもしれないけれど聞いてみてもいいか。
「あの、この体、トーマの身体には、呪いの刻印がなかったんですが……それってつまり……」
俺は体を拭く時などに自分の身体を確認したが、見えるようなあざや傷はなく呪いの刻印らしきものも見当たらなかった。
これは一つの事実を示唆している。
俺の思惑を見透かすようにエリスさんは黙ってこちらを見ている。お互いの視線が交わる。しばしの沈黙。その静寂を終わらせるようにエリスさんはふと寂しそうに微笑みながら話す。
「そう、あなたの想像した通りよ。トーマもそしてオスカーも、私とは血のつながりはない。二人は実の子供じゃないから……呪いは継承されてないわ」
……やはりそうか。
呪いは子供にも受け継がれる。であるならばトーマやオスカーに刻印がないのはおかしい。
直接、確認したわけじゃないがおそらくトーマもオスカーも最初から呪いにかかっていない。なぜなら彼等を見ても記憶から『刻印』や『呪い』のワードが導き出されることがはなかったからだ。
それはつまり、彼らは『呪い』について知らない、エリスさんと情報を共有していないという事だ。エリスさんが伝えようとしなかったのか、オスカーたちが聞かなかったのかは分からない。
しかし、もしトーマ達が実子であれば嫌でも知ることになるはずだ。『呪い』は継承されるのだから。
俺がパナケイアさんから託されたキュアポーションは呪いを解呪した。この効果と同じものをエリスさんの父親のハロルド様は、ダンジョンの最深部で一つだけ手に入れている。
この世界のダンジョンがどういうものか分からないが、少なくとも気軽に行けるところではないだろう。簡単に手に入るものならエリスさんも解呪されていたはずだ。
エリスさんの話ではハロルド様は魔物の爆発的発生を鎮め英雄と讃えられる程の実力の持ち主だったらしい。その彼をもってしても、たったひとつしか手に入れられなかったレアアイテムだ。エリスさんが子供のために二つのキュアポーションを手に入れるのはまず不可能だろう。
それらを加味して推測すると呪いにかかっていないトーマとオスカーはエリスさんとは血のつながりはない、という結論になる。
俺自身、うすうす気付いてはいたがこれはエリスさんたち家族の問題だ。余計な事を聞いてしまっただろうかという後ろめたさがぬぐえない。
何て言っていいか分からない俺を尻目に、エリスさんはお茶を美味しそうに飲んでいる。俺が謝ると「大丈夫、私と血がつながっていないのはあの子達も知っていることだから、呪いの事を伝えなかったのはあの子達に心配かけたくなかったから」と説明してくれた。
その後、エリスさんはオスカーと出会った時の事を教えてくれた。しかしそれはお世辞にも幸せな出会いとは呼べるものではなかったようだ。
「オスカーは、盗賊団に滅ぼされた村のただ一人の生き残りだったの」
オスカーが生まれたのはミサーク村と同様、盗賊団に支配され絞りつくされた村だった。村人の一人が命を顧みず大怪我を負いながらも町へたどり着き冒険者ギルドへ駆け込んだことで、事態が明るみになる。情報を得たギルドはその土地の領主に報告、討伐隊が編成される運びとなりギルド所属の冒険者が先行して村に赴くこととなった。
しかしすでにその事は盗賊団側に露見しており、激怒した盗賊団は、村人を一人残らず殺すという暴挙に出る。依頼を受けた冒険者達が村にたどり着いた時には、すでに盗賊団は逃走してしまったあとだった。
エリスもこの時、冒険者の一人としてパーティに加わっていた。
「私たち冒険者の部隊がたどり着いた時には、何もかも終わってしまった後だった……」
盗賊が放火して回ったのであろう、あちこちの民家から火の手があがりどこを見ても死体がそのまま野ざらしにされている。殺されてまだそう時間がたっていないであろう骸からは理不尽に命を奪われる恐怖と無念の表情が張り付き魔物と幾多の戦闘で命のやり取りを経験してきた冒険者達でさえ目をそむけたくなるほどだった。
ひどい有様の村の中でエリスはかすかな泣き声に気付く。その声をたどってみると一軒の家の方からその声は聞こえていた。その家は延焼をまぬがれており、声に導かれるように入った彼女は床に小さな扉のようなものを発見する。開けてみると果実酒や少量の干し肉などと共に布にくるまれた赤ん坊が泣いていた。
母親と思われる女性は我が子を守るように家の入口近くで亡くなっていた。どれ程の暴行を受けたのか、見るに堪えない亡骸だった。
「貴方の努力は無駄じゃなかったわよ……赤ちゃんは無事だった。だから安心しておやすみなさい」
そう言いながら、亡骸に布をかける。その時泣いていた赤ちゃんが泣き止み、エリスの方を見て笑ったような顔をした。
「本当は、生き残った赤ちゃんはギルドに預けようと考えていたの。ギルドは孤児院や教会に子供を振り分ける手伝いもしているから……戦災や病気、それに魔物に襲われたりして親を亡くした子はたくさんいるから。でも、いざ引き渡そうとした時、赤ちゃんが大泣きしてね。その瞬間、この子が急に愛おしくなったの。本当にギルドに引き渡してもいいのか、この子は私が引き取るべきじゃないかって思って……」
その後、彼女はあっさり冒険者に見切りをつけ、オスカーと名付けた赤ちゃんと一緒に暮らす事を決断する。だが、高度な風魔法を使えるエリスさんをパーティは離そうとしなかったらしい。しかし、元々、思うところがあり、オスカーを育てる決意を固めたエリスの意思は固く、同じくパーティを抜けるつもりだったアゼルと共に半ば駆け落ちのような感じでパーティを抜け、冒険者登録も抹消し、エリスの故郷であり土地勘もあるバーグマン領に戻り、人目につきにくいミサーク村に夫婦として腰を落ち着ける事になった。
「駆け落ちみたいな感じなんですか?それは、またずいぶんと思い切りましたね……。でもアゼルさんも優秀な冒険者だったんですよね?二人がいなくなったら、残されたパーティの人達は大変だったんじゃないですか……そして、パーティを抜けるだけじゃなく冒険者まで辞めちゃったって事ですか?エリスさんはともかくなんでアゼルさんまで?」
エリスさんはふふっと笑い
「それがね。アゼルはパーティの一人に猛アタックをかけられていたの。その人はパーティのリーダーだったんだけど、私がアゼルと少し話すだけでもものすごく怒ってね、当時は苦労したわ。私もアゼルも辟易していたのよ。私がオスカーを連れて出た後、アゼルがあとから追いついてきてね。理由を聞いたら『抜けてきた。潮時だ』ってね。私が故郷のある村に向かうつもりだと言うと彼も一緒に行くことになったの。どうもしばらく身を隠したかったみたいね。彼の「女と子供だけでは訳ありだと思われる。夫婦を装ったほうが受け入れられやすい」という意見に従って私達は夫婦としてミサーク村に移住したのよ」
夫婦を装って?あれ?ということはエリスさん達は好き合って夫婦になったんじゃないのか?俺の中に言葉にならないもやもやとした感情がわいてくる。でもそんな立ち入った事を聞くわけにはいかないしな。
「そうだったんですか……にしても残ったパーティはどうなったんですかね?」
「風の噂ではしばらくして解散したらしいわ。私がアゼルを誑かして連れ出したなんて噂まで立ってたようだけど」
「ありゃ、それは災難でしたね。アゼルさんは勝手に抜けただけなのに」
「でも、まさか私が出ていって「それは違う」って言うわけにもいかなかったし、冒険者を辞めた私に特に影響もないから。それに本来、冒険者は個々に実力をもっていないといけない。誰かの実力に依存したパーティなんて強そうに見えても案外、脆いものなのよ」
エリスさんはこうだと思ったら、それを貫く強さを持っている。だからこそ自分と同じように子供に呪いが伝わるとしたら……エリスさんは自分の子供を持つ事はないと決めていたと思う。でも、アゼルさんに出会い、オスカーとトーマに出会い、一人ぼっちだったエリスさんに家族ができて、エリスさんは幸せだったんだろうな……愛されてるもんな、オスカーとトーマは。くっ、目から汗が……。
「オスカーが……」
エリスさんが心配そうに言う
「今すごく頑張りすぎているのは、自分の生まれた村と同じようにしたくないと思っているからだと思うの」
エリスさんはオスカーが成人を迎えた日、彼に出会った時の事を話した。実の母親ではない事も。それを聞いた彼は
「僕が母さんの実の子供だろうと関係ないよ、引き取って育ててくれたこと感謝してる。僕はこの村が好きだ。村の人達は優しいし、村に誇りを持っている。今はこんな状態だけどいつか山賊達を追い出して、かつてのミサーク村を取り戻したい。賑やかでみんなが生き生きしていた頃のミサーク村を。もう二度と故郷を失いたくないからね」
と言ったそうな。村の為に寝る間も惜しんで働いているオスカー、生まれた村はもう無く、育った村も危機に瀕している。二度と大切なものを失いたくないという気持ちがオスカーを奮い立たせているのだろう。まだ若くて少年といってもいい年なのにな。
「この戦いが終わったら、オスカーはきっとこの村を引っ張っていくリーダーになっていくと思います。だからこそ、彼の頑張りを無駄にしないようにしなければいけませんね」
「ん、そうよね。少し生き急ぎすぎてる気はするけれど……オスカーの頑張りを無駄にしない為に頑張るわ。ありがとうミーくん」
会話が途切れ、お互いカップを口に運ぶ。オスカーは立派に育っている。エリスさんにとってもきっと自慢の息子だろう。
「……トーマの話も聞きたい?」




