45話 魔族の王と人族の王
「えっ?タ、タヌ男!?なんでここに?」
そこに佇んでいたのは、双子山にいるはずのドッグウルフの子犬、タヌ男だった。
「なに、我も大人しく待っているつもりであったのだが「ミナト達を助けにいくし!」と突っ走りそうな奴がいてな。急遽、転送装置で戦場にやってきたというわけカネ」
「え~!転送装置で?タヌ男の瞬間移動能力は使わないで来たの?」
俺の肩の上でリンはタヌ男の姿を見て嬉しそうに声をかける。その問いにうんうんと頷きながらタヌ男は答えた。
「残念だが、我の瞬間移動は一度行った場所にしかいけないのカネ。だから装置を使わせてもらったカネ」
「ああ、そうなんだ。でも、転送装置は使用制限があったんじゃなかったっけ?」
タヌ男が作った人や物質を瞬時に移動させる転送装置。それは非常に便利なものだが、人員や使用期間に制限があり、一度使用すると次回の転送の為にエネルギーを貯める必要がある必要がある。俺達を転送する為に使ったからしばらくは使えないと思ってたけど……。
「うむ。実は再起動させる為、無理矢理エネルギーを充填させた。そうしたら転送直後に壊れたカネ」
「壊れた!?ちょっ!?えええっ!?大丈夫だったの、タヌ男!?」
「我はちゃんと転送でき、ここに来れた訳だし問題ないカネ。形ある物、いつかは壊れるものカネ。ま、ライが修理すれば済むことカネ」
「そ、そうなんだ……」
「タヌ男が無事で良かったよ!ね、ミナト」
リンと俺は顔を見合わせて胸をなでおろした。
「それよりミナト。お前、何やら敵と戦っていたようカネ?」
「あっ、そうだ!カストール!?アイツは……ああっ!?」
カストールは少し離れた場所で倒れていた。しかし、枯れ木のように痩せこけ、仰向けになったまま動かない。その身体はミイラのようにカサカサに干からびていた。
爛々と輝いていた目は窪み、眼球がなくなっている。腕や四肢も肉体は削ぎ落ち、乾燥した皮だけになってしまっている。生気はまったく感じられない。明らかに生きている人間でないことは俺でも分かる。
タヌ男が近づき、クンクンと鼻を利かせる。
「……ふむ。魔力はまったく感じられん。コヤツ完全に息絶えているカネ」
「なんだって!?まだ俺の質問の返答を聞いてないぞ!おい!」
カストールだったモノの肩を掴み揺り動かすが、骸と化したカストールからはなんの返答も無い。
「ミナト、随分取り乱しておるが、いったい何があったのカネ?」
「……カストールは俺と一緒にフォルナの世界に来てしまった人を知っているかもしれなかったんだ……」
事の顛末を話してきかせる。
「ふむ、そのような事があったのカネ。なるほど。お前の同胞かも知れない者がこ奴にカネェ……。確かにそれは知っておきたい情報であったカネ」
「そうなんだよ。俺もその人をずっと探していたんだ。この世界に一人ぼっちでつらい思いをしたりしてるんじゃないかって……。くそっ!自分の言いたいことだけ言って、勝手に死にやがって!魔族のクソクソクソ……!!」
リデルといいカストールといい、魔族ってなんでこう自分勝手なんだよぉ!
「……ミナト一つ大事な事を話しておく。このカストールという男、魔族ではないカネ」
「えっ?えええっ!?魔族じゃないだって!?カストールが!?」
「それほんとうなの?タヌ男!」
「うむ。こやつは間違いなく元は人族のはずカネ」
うそぉっ!?カストールはずっとリデルと一緒に共謀していたじゃん。それが魔族じゃないってどういう事だってばよ!?
「まずお前達が「魔族」と呼ぶ種族。つまりリデルや生前の我の事カネ。その昔、我らは自らを「コウカクの民」と名乗っていたカネ。いつの頃からか他の種族からは魔族と呼ばれるようになったカネ」
「コウカクの民?やっぱり人族とは違う種族なのか?」
「見た目はそう変わらんカネ。ヒト族との大きな違いは体内魔力の作りがちと違うのカネ」
「体内魔力?」
「そう。我らコウカクの民は生まれつき体内魔力が高いカネ。知力も体力もヒト族より優れている者が多かったカネ。そして寿命も長く、平均するとその差は人族の二倍近く。だいたいドワーフ達と同じくらいカネェ」
「へー。二倍かぁ……と言う事は、五百年カストールが生きていたって言うのは、魔族だからじゃなく、また別の何かかもしれないって事なのかな」
「さすがに五百年は長生き過ぎるカネ。コウカクの民が長命なのは、ヒト族よりも高い体内魔力量のおかげだからカネ。分かったカネか?」
そうか、体内魔力が高ければ若さを保ちやすくなるってエリスから聞いたことがあった。ヒト族でも魔法を使う術士は歳を重ねても冒険者を続けている人が多いし寿命も長いって。ハロルドもちょっと異常なくらい若く見えるもんね。あの人こそ魔族なんじゃないのー?ってぐらい魔力量すさまじいからな。
「あと、コウカクの民には額に小さな角の様な突起のある部位がある。そこに魔力を貯めるコアがあるのカネ。そこで最初の話に戻るカネ。我々には身体的に人族と違う特徴がある。しかし、こ奴にはその様なものはないカネ」
俺はもう一度干からびたカストールの額を見た。確かに突起のようなものはない。うん。
「それともう一つ。いいカネミナト、実は我らの種族はこの世界ではとうに滅んでいるカネ」
「え?滅んでいる?」
「それってどういう事なの?タヌ男」
「コウカクの民が住んでいた大陸はここから遥か東に位置していた。人々は魔力を使いこなし、ドワーフ族のように魔力を利用した生活を営み、大変に栄えた国だったカネ。でも今はその国も土地も何もかも残っていないカネ」
タヌ男は少し遠くを見るような仕草をしたあと言葉続けた。
「わが祖国は、突如起こった天変地異により海中に没したのカネ」
「じゃあ、その時にみんなしんじゃったってコト?」
リンの言葉にタヌ男は平然と頷き、続ける。
「それがおよそ千年前の話なのカネ。我は王の息子としては不出来であったカネ。まぁ、そんなものに興味がわかなかったから幽閉されて有難かったカネが、我が瞬間移動で王城を離れて僅か数年後に起こったらしいカネ。ただその数年前から予兆があったカネ。断続的に続く地鳴り。そして、天候不順カネ。不作が何年も続き、人々は飢えに苦しみ疫病が蔓延していた。人々の心は荒み、争いが絶えない。そんななか、止めを刺すように天変地異が我が祖国を襲ったのカネ」
「天変地異?それって大地震みたいな?」
「おそらくそんなところだろうカネ。地面は裂け、島全体を地盤沈下が襲い、あらゆる建物は崩壊した。もちろんリデルが住まう王城も例外ではなく島のほぼ全てが一夜にして海に沈んだのカネ。かろうじて生き残った者も僅かな食料を巡り争い、やがてそれも尽きて死滅した。生き残ったのは我のように別の大陸に渡っていた本当に一握りの者だけカネ。それがおよそ千年前。生き残った者も少数ゆえ、他種族との中で血は薄まり、種族としての純粋なコウカクの民はもはやどこにも存在していないのカネ」
「千年も前の話なんだな……。タヌ男は自分の国が滅んだって知っていたのか?」
「あのクソ親父が言ってたから間違いないカネ。捕まった時、その話を聞かされたカネ。」我はずっとダンジョンの奥で研究に忙しかったから、外の事は知らなかったカネ」
ああ!そうだった。タヌ男は体内魔力が低く王の跡継ぎとして相応しくないとして存在を隠され幽閉されていたんだ。そのタヌ男が瞬間移動を編み出し、国を脱出したあと、逆にリデル達コウカクの民は種族もろとも滅亡とかどんな皮肉だよ。
「おそらくリデルは死後も死にきれず霊魂が悪霊になり現世を彷徨い続けた。そこでカストールに出会ったのではないカネェ」
「でもカストールだって五百年前の人間なんでしょ?あいつはどうやって今まで生きてきたの?」
リンが小首を傾げながら聞く。
「生きてないカネ。あ奴は何らかの方法で自らの身体を不死者に変えたのカネ。そうすれば何百年と生き延びられる。まぁ、分類上は死んでいるがカネ」
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「じゃ、カストールは自らで進んで不死者になったってのか?」
「うむカネ。それだけ自らの王国を復活させたいという想いが強かったのカネ。奴ほどの情念があるなら不死者になっても自我が崩壊する事もないだろうからなカネ。そして、その野望を秘めたままセイルス王国に潜り込み、その時を待った。その過程で彷徨うリデルの魂と巡り合ったのカネ。怒りや無念、恨みの情念が強い霊は互いを引き寄せるカネ」
確かに双子山にはアラバスタがいるせいかたくさんの霊が来るもんなぁ、類は友を呼ぶのか。
「でも、なんでカストールはリデルを?立場的には王と王だからライバルなんじゃないのか」
「推測だが、それをは利用しようと目論んだのであろうカネ」
「利用?魔王を?」
「そう。不死者であるカストールは他人に乗り移れないが、悪霊であるリデルなら他人に乗り移れるからな。そしてカストールは親父を操り裏から王国を牛耳ろうとしていたのではないカネ」
「じゃあ、リデルはカストールに騙されて……?」
「いや、親父もかつては王だった者カネ。誘いに乗った振りをして権力を盤石にした暁には逆にカストールを消し、真の王として君臨するつもりだったはず。カストールもそれは分かっていたはずカネ。そして今、アーサーの身体を奪いセイルス王になる事でその野望は果たされたという事カネ」
「でもそれって、要は過去に生きていた連中が死にきれずに、現代に生きる人達を乗っ取っろうて話じゃないか。自分の国の再興の為に戦乱を起こし、多くの命を奪ってる。結局のところ、カストールもリデルも自分達の野望の為に今に生きる人達を苦しめてることには変わりはない。現にあいつらのせいで戦う必要のない人が戦い、失う必要がなかった命が失われたんだ。俺はあいつらを絶対に許せない。特にカストールは異世界人を……」
「それはお前の同胞の事カネ?」
「ああ。なにより俺が許せないのは、カストールが前世で自分の失敗を異世界人に押し付けた事だ」
カストールの話から、おそらく「その人」も俺と同じように色々なスキルを持っていたに違いない。不毛な土地を豊かな土壌にしたり、鉱山を発見したりなんて一朝一夕でできるもんじゃない。普通はとんでもない歳月と人員がかかるはずだ。
俺も異世界人だから分かるけど、転生した先の人々が苦しんでいて自分がそれを解決できるスキルを持っていたら使うはず。それで解決できれば人々は救われるし、皆が喜ぶ。それが嬉しいし、平和な日本から来た人間なら迷わず助けていただろう。
しかし、そんな環境を一変させるチートスキルを持ってる事が知られれば権力者が黙っていないだろう。権力者が強欲であればあるほど、その人間を拘束し、閉じ込めてスキルを独り占めしようとするはずだ。ヒュプニウムを発見した途端に取り上げようとした王家のように。王だったカストールはきっとその人を捕らえて、本人の意思と関係なく働かせたに違いない。
「余はその女に誑かされたのだ!」
この台詞にヤツが異世界人をどう扱っていたか、どういう風に見ていたかが端的に表されている。カストールは異世界人を道具としてしか見ていなかったに違いない。
確信できるけどカストールはその人のスキルを使って領土を豊かに変えたんだろう。建国したばかり、まだ国力がない段階で劇的な発展ができるスキルをもった人間は喉から手が出るほど欲しいに決まってる。
「ミナト、権力者にとって異世界人は法の外の存在なのカネ」
「法の外だって?」
「うむ。つまり戸籍も知縁も家族も居ない。元から存在しないのだから、どの様に扱おうが責任を問われるわけではない。そんな思考があっても不思議ではないカネ」
「だから使えるだけ使って死んでも仕方がない、その時はそれはそれで問題ない。そんな思考だったって事か?」
「人の思考は十人十色カネ。ルカのように民を大事にしようという領主もいれば、自らの領民を道具としてしかみないような連中もいる世界カネ。そういう輩にとっては利用価値のある法外の人間ほど自分にとって都合が良い存在は居ないカネ。我のような存在すら否定されたつまはじき者もなカネ。まぁ、我はそのお陰で結果的には生き延びたわけだがカネ」
「……」
「ミナト。この男の行った所業は許容の範囲をはるかにこえたものであり、またお前にとって同胞を虐げた到底許す事のできない行為であった事は疑いようのない事実カネ。……しかし、それは王になった者の定めでもあるのカネ」
「定め?」
「王にとって国は自分の半身、国の民は血肉カネ。自らの国を滅ぼされる事、それは自ら大切に育んできたものを蹂躙されたに等しい。ミナト、お前にしてみればこ奴等は愚かで強欲で自らの利益しか考えない傲慢な輩と映るだろう。しかし、それは自らの国を愛し、民を慈しむ心、そして自責の念に囚われていたからというのもまた事実カネ」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「そうでなければ自らを不死者に貶めてまで国を再興させようなどとするはずがないからカネ。王には絶対的な権力と引き換えに相対しなければならないものもある。計り知れない孤独とその座を追われる恐怖。そして、民の尽きることなき渇望と他国の脅威。それらと常に向き合い葛藤しながら、ともすれば押し潰されそうな重圧の中で心の平静を保って生きる、それが王という存在カネ」
「……」
「ミナト、こ奴等を許す必要はない。ただカストールもリデルも自らの国を愛していたのは間違いないカネ。自らがどうなろうと失った大切なものを取り戻したい、その王としての意思と純粋な矜持だけで今ここに在るカネ。まあ、我に言わせればただの妄執としか思えないカネがねぇ」
王としての矜持、か……。
「ミナト、あれ……」
「カストールが……泣いてる?」
リンが指さす先。もはや動くことのないカストールの亡骸。眼球を失った窪んだ瞳から一筋の泪が流れ落ちた。
「ミナト、カストールも悔しかったのかな……」
「ああ。自らが興した愛する国を攻め滅ぼされたんだ。さぞかし無念だったんだろう。でも……だからと言って己の欲望の為に、今を懸命に生きる人達の人生を壊していいはずはないよ」
「うん……」
カストールは本当に嫌な奴だが手強い奴だった。俺とリンを分断させて単独で戦わせたり、自分の作った空間に閉じ込めたり……。魔法だって凄かった。一歩間違えていたら俺達はあの密室で誰にも気づかれずに死んでいただろう。俺にとっては欲望のままセイルス王国を混乱させたとんでもない奴だけど、自らを不死者に貶めても王にならんとするその狂気にも通じる強固な意思は感じ取れた。
「ミナト、お前の同胞やもしれぬ者の行方はさぞ気にかかることだろうカネ。しかし、その動向を気にかけるより先に、今の我らには成さねばならぬ事があるカネ」
「……ああ。分かっているさ。セイルス王国の行く末を誤らせてはいけない。俺は俺の大切なものを護る為に戦う!」
「そういう事カネ」
タヌ男の言う通りだ。俺と同じ日本から来てしまった人に会いたかった。でも、生きていたのは五百年も前の話だ。残念だけどもうとっくに亡くなってしまっているもんな。その人の事は、もう痕跡を探す手がかりもない。かろうじてガルラ王国で見たチラシ、そしてカストールの証言程度しかない。
「大丈夫。ミナト、お前からは不思議な縁を感じるカネ。お前はきっとそのうち同胞に会える。そんな気がするカネ」
珍しくいつも辛辣なタヌ男は俺を慰めるために優しい言葉をかけてくれた。こっちにも縁って言葉に近い言葉があるのだなぁ、と感心しながらその言葉をかみしめた。
「縁ねぇ……」
「ミナト、エニシってなに?」
「えっと、人と人を繋ぐ不思議な巡り合わせとか、関係とかそんな感じかなぁ」
「そっか〜!ならリンはそのエニシって信じるよ!だってそのおかげでミナトと会えたんだもん!ね!」
「リン……ありがとう。そうだな」
「さぁ、我々の使命を忘れてはならんカネ。目指す魔王はすぐそこ。どうらやハロルドもそこにいるようカネ。」
「ハロルドさんが?てことは、まさかリデルと戦ってるのか?」
「うむカネ。ただ状況は良くない。あやつの魔力がかなり弱まってきているカネ」
「ええっ!?じゃあこのままじゃ、ハロルドさんは……!」
「一応、我と共に来たやかましい援軍が一足先にそっちに向かってるカネ」
「やかましい援軍?」
「我らが着く間くらいは持ち堪えてくれるだろカネ。ミナト、我らも急がねばならんカネ」
「ああ、分かってる!ハロルドさんを助けにいかなきゃな!」
リンにハイポーションを飲ませ傷を癒すと、俺達はタヌ男を伴い魔王リデルの居る王軍の本陣に向かって走り出した。




