22話 バーグマン家②
エリスさんが父であり初代領主のハロルド様から聞いた話によると、ここバーグマン領は魔力が集積されやすい場所で特にミサーク大森林は地下を流れる魔素が集まりやすく、しかもそこから流れる事はない。ひたすら魔素を貯め続ける湖のようなものなのだそうだ。
魔素は魔力のもとになるもの。魔力が過剰に集まる場所はその魔力を帯びた良質な鉱山ができそれを加工する事で人々に恩恵をもたらす。
しかし、それと同時に強大な魔力は魔物もおびき寄せてしまう。地下にたまった魔素を魔力に変えた魔物は自身を強化し更にその周囲にダンジョンを造成する。配下を次々に産み出しやがてダンジョンに溢れかえった魔物は地上にむけて侵攻を開始する……。
それが魔物の爆発的発生だ。
冒険者として、これを鎮めた輝かしい実績を持つ英雄ハロルドは当時のセイルス国王から爵位の授与と共にこの地の与えられ、領主として赴任する。
『この地に起こりつつある魔物の爆発的発生の予兆を秘密裏のうちに食い止めよ』という王国からの密命をうけて……。
赴任直後、ネノ鉱山一帯を視察したハロルドはミサーク大森林を含めて、魔素濃度が異常に高いと感じた。特にネノ鉱山の奥底から感じる何とも言えない不気味さ……それは魔力を感じることができる魔術士であり実際に魔物の爆発的発生を鎮めた事のあるハロルドはだから分かった事なのかもしれない。
もし、この地の魔力がこれ以上あふれ出し、そこに何らかの刺激が加われば「それ」は起こる。そしてここはあっという間に地下迷宮ダンジョンに変質してしまうだろう。
すぐには起きないかもしれない。おそらく二、三十年間は大丈夫なはずだ。しかしその予想も絶対ではない。自分が生きているうちになんとかしなければ……それから時が流れ、ハロルドがこの地に赴任してから十数年という月日が過ぎた頃、ハロルドはある行動を起こす。
『ネノ鉱山は安全性に著しい欠陥があり、これ以上の採掘は危険である』として閉山を決めたのだ。
閉山に際しては領主自ら強力な封印を施し、何人の侵入も許さないという念の入れようだった。
ネノ鉱山が閉山してから数年後、初代領主ハロルド・バーグマンは亡くなり、当主の座は長男のアーロ・バーグマンに引き継がれた。
アーロは堅実かつなかなかに優秀な男で、当主に就任すると領民の中からこれはと思う人材を積極的に登用したり、そこから提案された様々な施策を打ち出し、ネノ鉱山の収入に頼れなくなったバーグマン領の振興に努めるなど積極的に領地経営に関わった。
しかし、領地の半分以上を北のミサーク大森林が占め、鉱山以外にこれといった産業がないバーグマン領の経営は厳しくアーロをもってしても状況は綱渡り、といった状態だった。そんな現状に彼は王宮に出向き、王家から援助金の増額と支援を約束させることに成功する。それは彼の父、ハロルドが命を削って施した封印に対する王国からの対価でもあったのだろう。
王国からの援助も得てようやくバーグマン領の経営も起動にのりはじめた矢先、領内を揺るがす大事件が起こる。
東隣に位置する領主を訪問したその帰りの途上、アーロは彼の長男ダスティと共に何者かに襲われ命をおとしたのだ。随伴していた者達に生存者はなく、発見したのは通りかかった商人というありさまだった。領兵が検分したがその姿はズタズタに引き裂かれており、とても人間の仕業には見えず、魔物に襲われたと断定された。
当主のアーロと次期当主のダスティを一度に失い、家中は大混乱に陥った。跡を継げるのは次男のルカただ一人。しかし、当時ルカは三歳。とても政策につける年ではなかった。そしてその代理にアーロの妻である夫人が領地を治める事となった。
だが、慣れない政務や重責がたたったのか、まもなく夫人は病に倒れ病の床に伏する事となる。その間、政務を取り仕切ったのは、アーロの側近の一人でもあったダニエルという男であった。
このダニエルという男は表向きは忠義の士を装い、その裏では夫人にうまく取り入り、信頼を得、幼いルカの後ろ盾となり権力の座に就く。闘病の末に夫人が亡くなるとダニエルはルカを当主としたが、実権はダニエルが握ったままだった。それが今から三年前。その支配は今なお続いている。今では「ダニエルがバーグマン家の当主だ」と言われる始末だった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……なるほど、今のバーグマン家はそんな風に……確かに3年くらい前から、ミサーク村でも税金が高くなったね。それに村に支払われていた援助金も最近はないし……」
オスカーも何か考えている。
「さっきも言ったけれどネノ鉱山の封印を解くのに一番簡単な方法は、父ハロルドの娘である私の血を奉げる事。この封印を解くには自らの子供の血を奉げる事のみにより可能となる、という縛りを課すことによって、相当な能力の魔術師でなければ絶対に解けない封印となったの。逆に言うと、私が死んでしまえばこの封印はほぼ解くことはできないはず。ただ……」
「ただ?」
「これはバーグマン家でもわずかな者しか知らない秘密だったはず。なぜ、シャサイがそのことを知っていたのか……いずれにしても封印は解除させてはならない。魔物の大量発生を起こさせてはいけない。シャサイの思い通りにはさせない、バーグマン家の事をあなた達に話したのは現状を知ってほしかったのと、私なりの覚悟の証だと思ってほしいの」
「覚悟の証……」
エリスさんが本当に領主の娘だと分かれば身代金目的で彼女を狙う輩がいないとも限らない。エリスさんは俺の正体を知っている。覚悟とは俺にも自分の秘密を話した、という事だろうか……。
「さ、私の話はこれでお終い」
そう言い終えると、彼女はにっこりと笑い、いつものエリスさんになった。
……この笑顔の下で、母親が早くに亡くなった時も、バーグマン家の中で一人ぼっちの時も、そして自分の血の中に呪いがあるという事実を知った時も、きっといつだってひとりで頑張って来たんだろうな。エリスさんの魔術師としての能力の高さをみても、そうなる為にどれだけの努力をしてきたのだろう。だが、そんなことは全く表に出さない。
エリスさんの笑顔に、他者を寄せ付けない孤独みたいなものが感じられたのは、俺の気のせいだろうか。
もし、トーマだったらどんな反応をしただろう。
別にエリスさんにどんな過去があっても、トーマにとっては、命より大切なエリスさんだったんだろうけどね。
そう考えていた俺の耳に村の鐘の音が聞こえた。集合を告げる鐘が村中に響きわたる。
もうじき集会の時間だ。
あっという間だったような気がするけれど、いつの間にかずいぶんと時間がたち集会の開始までもう少し、という時刻になっていた。
「もうこんな時間か。とりあえず行ってくるよ。母さん、今日聞いた話は決して喋らない、墓場まで持っていくことにする。でも……どんな過去があったとしても、母さんは僕達の母さんなんだから」
そう言って、オスカーはエリスさんを軽く抱きしめると
「行ってきます」
そう言って、家を出ていった。




