24話 護るべきものの為に
セイルス王国の王都ローザリア。その城門から続々と兵士が出征していく。規則正しく整列し、行軍していくその様子を見ようと沿道には多数の市民が詰めかけその姿を見守っていた。
アーサー皇子が即位し、新王セイルス五世となった歴史的な日からはや一ヶ月。王都は物々しい空気と衝撃につつまれていた。
「アダムス辺境伯が王座簒奪を図り、新王を暗殺すべく、王族の旧臣らと共に謀反を企んでいた」
即位の儀の直後、まさかと思うような発表が王家からあり、王都は騒然とした。幸いにも計画は事前に露見し、アーサー皇子は何事もなく王座を継いだ。式典の終了直後、首謀者であるアダムス辺境伯は身柄を拘束された。今は亡き王族達の遺臣との結託も疑われ、現在は城内の一室に押し込められ、取り調べを受けているという。
この前代未聞の事態に、新王はアダムス家の家督を継いだ新当主エドワード=アダムスに今回の件の釈明の為の召還を命じた。王の御前にて父親の犯した事件の全容解明と謝罪、そして王家に忠誠を誓えば、アダムス家を存続させるという条件だ。事態の大きさから考えれば温情ともいえる措置だった。
しかし、その措置に反発したエドワードは召還に応じる事はなく、逆に支配地域の軍事拠点を強化する。これは西セイルスが王家との対立姿勢を鮮明にした事を意味していた。
アダムス家に明確な叛意ありと判断した新王は西セイルスを平定する為、討伐軍を編成すると宣言。これにより西セイルスを除く国内の貴族達に徴集が命じられ、兵を率いた諸侯が続々と王都に集まった。その数およそ10万。
そして、新王の号令のもと、編成された「討伐軍」が西セイルスに向け、王都を続々と出陣していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
討伐軍は王国の各地から参集した方面軍からなる。新王セイルス五世こと、アーサー王が率いる王軍を主力とし、かつて王族が支配していた地域から、それぞれ東セイルス軍、北ナジカ軍、南ナジカ軍の三軍がその指揮下に入っていた。
その中で先陣を任されたのは北ナジカ軍。かつて王族スレイアムが支配した北ナジカから徴集された兵、一万で構成されている。そして、軍団を率いるのは北ナジカの将官ではなく、マージナイツ千騎将のセインだった。
愛馬デュランダルに跨り、北ナジカ軍を率いる堂々たる若き将軍は、平生はマージナイツ隊で、千名の隊員を率いる千騎将である。しかし、王命によりこの度の遠征における王軍、その一翼を担う北ナジカ軍の最高指揮官に任命されていた。
そこに副官のフェルナンドが馬を寄せてきた。
「北ナジカ軍を率いる最高指揮官に任命されるとは、この上もなく名誉な事ですねセイン隊長。いえセイン将軍」
「それは皮肉で言っているのか?フェルナンド」
かすかに不満を含んだ声でセインが副官のフェルナンドに問いかける。
「北ナジカを差配しているのはドミンゴ将軍だ。それが急な病と称して指揮を辞退し、この俺が並み居る将校らを差し置いてこの軍を率いなければならなくなったのは、奴らが押し付けあった結果だぞ。俗に言う貧乏くじってやつだ」
「ですが、兵士にとって隊長ほど頼りになる指揮官はおりませんよ。いくら国の為に死ぬ覚悟はできているといっても、無駄に兵士を突撃させて殺すような真似はしないですからね。それに我らマージナイツは末端の隊員でも千名の通常兵を指揮出来きるよう叩き込まれてます。ましてや千騎将のセイン将軍ならば、たかだか一万の軍の指揮などどうということはないでしょう」
「……お前の冗談は笑えないものが多いな、フェルナンド。我らマージナイツは普段から信頼関係を築き、戦いの中でお互いを支え、協心する強い絆をもっているからこその隊なのだ。お前は顔も見たことのない将軍を信頼できるか?私とて心を操る魔法を持っている訳ではない。臨時の将軍はせいぜい彼らの期待を裏切らんように努力させてもらう事しかできんよ」
そう言って、副官に苦笑してみせるセイン。なぜだろうか、戦場においてもそこだけ春の日差しが降り注いでいるような柔和な副官には不思議と、つい本音の一つも吐きたくなるのだ。
「なに、隊長は普段から癖の強いマージナイツ隊員達を御しているんです。それに比べれば大した苦労はありませんよ」
こともなげに話すフェルナンドに、セインはため息とともに反論した。
「フェルナンド、北ナジカ軍はうちのじゃじゃ馬たちとは違うのさ」
しかし、彼は一見戦場には不向きな、この副官をことのほか信頼していた。
性格は穏やかだが、その行動は常に冷静沈着であり、自分が置かれている状況を正確に分析でき、その的確な助言でセインの片腕に相応しい働きを示していた。そういえばオスカーも一見すると優し気な男だが、ただ優しいだけでは千騎将に上り詰めることはできない。部下に指示する分だけ自分もそれ以上に行動で示さなければならない。フェルナンドもまたそうして実績を積みセインの下についた。ただ、彼は自分で補佐の方が向いていると判断しているらしく、副官という任に満足しているようだ。
「しかし、ドミンゴ将軍しかり、奴らの体たらくには呆れてものも言えん。普段はふんぞり返っているくせに自分がいざ矢面にたつ事態になると病と偽り、責任を他人に押し付ける。元々セイルス王国に侵略されたナジカの民の不満は暴発寸前だ。そのような中で先陣を切る北ナジカ軍を率いるなどいくつ生命があっても足らんと考えたのだろう。まぁ、他人の命ならいくら無くなっても構わないと考える輩は引っ込んでくれた方が民の為ではあるがな」
「北ナジカ軍の中には、あからさまに我らに敵意の籠もった目を向けてくる旧ナジカ諸侯もおりましたからね。我らは後ろにも目を付けないといけませんね」
フェルナンドは辺りを見回しながらそう小声でつぶやいたが、その口調はまるでいいお天気ですね~といっているような暢気さがある。本当に変わった男だ、とセインは思う。
「……これまで王国は旧ナジカの民を酷使し過ぎたからな。セイルス王国に併吞された北ナジカは王族の一人スレイアム公に支配され、保護領という名の元に重税が課され搾取され続けた。そのスレイアムが王家に対し反乱を起こし、そして敗れた。その際、アーサーが放った大魔法により多数の兵士も巻き込まれ犠牲になった。その兵士の大半は北ナジカの民なのだ。恨みが溜まりすぎている。気配探知だけでは心もとない程だ」
スレイアムを倒した皇子アーサーを旧ナジカ国民は当初は歓迎した。重税を課していた王族が排除され、聡明といわれていた皇太子が直接統治するとされたからだ。実際に皇子側は「旧ナジカ国民を解放する」と喧伝し、ナジカの人々の支持を集めてもいた。そして、アーサーは戦いに勝利した。
しかし、「これで生活苦から解放される」そう思い、歓迎した人々の期待はすぐに裏切られる事になる。アーサーの命を受け現地に送られた将軍達は「ナジカ地方の再建」の名の元に王族となんら変わらない所業で人々から重税と収奪を始めたのだ。今もナジカの民は王国から虐げられ続けている。
「王都に居ると王国の民全てが繁栄と平和を享受しているように錯覚するだろう。しかし、地方に目を向ければそれがいかに誤った認識であることが分かる」
「はい。旧ナジカ国民の王家に対する怨嗟の声は日に日に高まっておりますね。いつ支配者に対する叛乱が起きるか分かったものではありません。王族が支配した地域で例外なのは西セイルスくらいですから」
「西セイルスの民衆にとって、王家は遠い存在なのだろうな。王都どころか自領からも出ることなく一生を終える者も多い。おそらく彼等にとって、王とはセイルス王ではなくアダムス家こそが自分たちの「王」という認識なのだろう」
「なるほど……。では、現在、西セイルスの民は自らの王が不当に拘束されている、と思っている訳ですね」
「ああ。彼等の大半は「我らの賢公が謀反など企むはずがない。これは何かの間違いだ。きっと何かしらの陰謀に巻き込まれたのだ」と思っている。ゆえに今回の拘束、さらに西征に憤っている者が多い。アダムス家が王家と敵対しても表立ってアダムス家を糾弾する声は上がっていないようだ」
「つまり、それほどアダムス家の統治能力が優れており、民衆の支持を得ている。ということですか。……手強いですねぇ」
「ああ、手強い。西セイルス軍は兵の士気も兵装も格段に向上している。まともに戦えば、今までの戦以上に戦死者が出るだろう。そうはさせたくない。同じ国民の血が流れる事は許しがたいことだ」
セインはちらりと後ろを振り返り、後ろを行軍する北ナジカ兵に目をやる。再び、セイルス王国側の人間に率いられ戦場に向かう北ナジカの兵士の怒り、恨み、怨嗟の声を背負う重さ、だが、今は彼らもセイルス王国の民なのだ。捨て石などでは決してない。少なくともセインはそう思っている。
「貴方の後ろはお任せください。私の命に代えても貴方に傷一つつけさせません」
いつもの笑顔でそう宣言した副官にセインは、
「ハハハ。その心配には及ばんよ。それより新婚のフェルナンド殿に何かあったら新妻殿に合わす顔がない。……ダニエラが泣くと厄介なんだ。幼いころ彼女が泣くと事あるごとに俺が悪戯したのだろうと責められてなぁ。ようやっと素晴らしい伴侶に恵まれて幸せになり、俺のせいにされなくなって安堵していたのだ。副官がケガをしたのは上官がしっかりしてないせいだって泣かれると、また俺が泣かせたとまわりに責められるんだぞ。本当に困るんだからな」
と、軽口で返した。ダニエラはフェルナンドの妻であり、またセインの幼馴染で元マージナイツ隊員でもあった。その彼女が後輩と結ばれたことに喜びと共にまるで妹が嫁いだ兄のような一抹の寂しさも感じていた。
「フフッ。隊長、ダニエラも解っております。セイン隊長をお守りすることが一番大事なことだと。むしろそれができなかったら私が彼女に泣かれてしまいます。大義は我らにあります。マージナイツの心もまた我らと共にあります」
「大義、か……。戦いにおいて大義や正義ほど厄介なものはない。本来、人の数だけ大義や正義はあるのだからな」
フェルナンドは微笑みながら無言で頷いた。
「いいかフェルナンド。戦乱を巻き起こし、街を焼き、民の命を奪い、人々が必死に築きあげてきた物を奪い去る。これのどこに正義があるというのだ?戦争における大義などというものは兵士達を戦場に駆り出し、殺し合いをさせる為の詭弁にすぎん」
「はい、大義や正義など戦乱に巻き込まれる民衆にとっては、なんの価値もないでしょうね。極端な話、日々の生活を保障してくれさえするのであれば、支配者は誰でも構わないかもしれません」
「我々は軍人だ。軍人は戦って勝ちを獲てこそ、その価値を認められる。しかし、それは他人の領土に土足で踏み入り、命を奪い、財産を掠め取る行為に他ならん。それが我らに課せられた宿命であるのは理解している。しかし、それを正義などという妄言で正当化する事はマージナイツに所属する者として断じて容認できぬ」
「「マージナイツはセイルス国民と共にある」それこそが我らマージナイツの根幹ですからね」
「その我らが自国の民を傷つけ、街を破壊しようというのだ。我らの存在意義を我らが否定するようではマージナイツも先はない」
「城で何かあったのですか隊長?」
「……何もない。しかし、セリシア先生ならばあのような時、どのように判断されたのかと考えてしまう」
城で起きた忌まわしい出来事。少なからず自分が関わり、そしてアダムス伯に対してあのように対処してしまった事に後悔はない。いや、先生でもきっとあの場ではそうするであろう。
「どうでしょうか。私にはしかと分かりかねませんが、先生ならきっと民の事を一番に考えるでしょうね」
「……お前もそう思っているのだろう?フェルナンド」
「ええ、そうですね。違いありません。私も先生の教義に賛同してマージナイツを志した人間ですから。王族の反乱から続く今の王国の状況には思うところが無い訳ではありません」
「そうだな。……しかし、今は目の前の任務を遂行しよう。後で東セイルスの諸将と打ち合わせを行う。大休止の際に集まるよう声をかけておいてくれ。それと、夜に私の寝所へ来るように。戦いの前にゆっくりと語りあいたい。開戦後ではそのような時間もとれぬだろうからな」
「何か良い「茶菓子」でも手に入りましたか?」
「ああ、極上品だ。お前も大きな衝撃を受けるだろう。二人でじっくり味わおうと思ってな」
「……承知いたしました。ご相伴に預かります」
そう言うとフェルナンドは後方へと下がっていった。
「……さて、相手は賢公、そして恩師と親友か。数は勝っていても一筋縄ではいかんな。この不毛な戦い、如何にして損失を抑えるか……」
独り言ちながら、王都に置いてきた懸念を振り払い、これから始まる戦いに考えを巡らせるセインだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それと同じ頃、ノースマハの街からも一軍が出陣していた。
ついに「その時」がやって来た。アダムス家より参陣の命令が届いたのだ。
集まった群衆の声援に見送られ、バーグマン家当主ルカが率いるバーグマン軍5000がアダムス軍が待つワイダの街に向け、ノースマハの東門をくぐっていく。
先鋒を務めるのは3000のリビングアーマー部隊。そして、バーグマン兵が続く。その中には魔法を扱う魔術騎馬隊も含まれている。
「ミナト、留守番は任せたよ」
「ああ。騎士団を頼むぞオスカー!」
出撃前のオスカーとがっちり握手を交わす。彼はバーグマン軍所属のリビングアーマー部隊、通称ミナト騎士団の指揮官だ。いざ戦いになれば、この騎士団が先鋒として敵にあたるのだ。
「君の騎士団は最強だからね。フフ。王軍にだって引けをとらない。なにせ不死の軍団なんだからね。それに今回はセリシア先生も従軍してくれるし。勝利の報告を楽しみにしててくれ」
今回のバーグマン軍にはセリシアさんも魔術騎馬隊を率いて参戦する。
「へ~、セリシアさんも馬に乗れるんだな。でも、あの歳だと戦場は大変なんじゃ……?」
するとオスカーは首を横に振った。
セリシアさんは貴族のたしなみどころか、マージナイツでも指折りの乗馬技術を持っているらしい。きっと馬もこの人に逆らってはいけないと本能的に判断しているのだろう。わかります。
「無事に帰ってきてくれよオスカー。君にもしもの事があったら……」
「心配いらないさ。僕はまだまだやる事がある。君と一緒にミサーク村をもっと豊かにするっていう目的がね。それに僕がいないとミナトも仕事が捗らないだろうしね」
「そうなのよ~。オスカーがいないと俺の仕事が溜まりまくって困る~。早く帰ってきてくれよ!」
「ハハハ。分かっているよ」
冗談めかした別れの言葉を交わし、オスカーは馬に跨りると笑顔で手を振って、俺達の前から立ち去った。
……オスカー、無事に帰ってきてくれよ。
その間にも、バーグマン兵が隊列を組み、次々と出発していく行進する兵士達が身に纏う鎧が陽光に鈍く反射し、輝いているように見えた。
バーグマン軍は指揮官から末端の一般兵に至るまでベルド合金でつくられた防具を身に着けている。物理攻撃のみならず魔法にも鉄壁の防御力を誇るミスリル製の防具と同等の性能を有し、なおかつ軽量という鍛冶師ベルドの渾身の逸品だ。
そして最後にバーグマン本陣のルカの隊が出発する。ヒューゴ率いる近衛兵に護衛されたルカも愛馬に跨っている。その傍らには寄り添うようにドッグウルフのポン太が付き従っていた。
「ミナト、バーグマン領をしっかり守ってくれよ」
「はい。エリスも残りますし、双子山にはハロルドさんもいますから。最強の布陣で守り抜くので安心してください!」
「頑張ってね、ルカ!もし敵がバーグマン領に来てもミナトとリンがいるからね!あ、作戦はミナトが考えているから、こっちもだいじょーぶだよ!」
「ははは、そうだな!ミナトとリンに任せておけば安心だ!」
「ん、ルカ、これ」
最後にラナがルカに何かを渡していた。
「これは?」
ルカがラナに尋ねる。
「お守り。作った。ルカを守ってくれるように」
「そうか、ありがとう。ラナ。君だと思ってこれをずっと持っているよ」
ルカは木彫りの、もしかして狸の顔?みたいな物を大事そうに握りしめた。
「ん」
こっくりと頷いたラナ。ふと見ると手が傷だらけだった。頑張って彫ったんだな。えらい、えらいよぉぉ~ラナ~!!
俺が感涙にむせぶ中、ルカは出陣して行った。見送った俺たちは、みんなルカとバーグマン軍の勝利と無事の帰還を祈っていた。
そして、出発前のセリシアから「ちょっとしたサプライズを用意したの。きっとミナト君もびっくりするわよ」と言われたんだけど、この非常時にびっくりするサプライズ?聞いても「楽しみにしててね」ってニコニコするだけで教えてくれなかったし。いったいなんだろ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから三日後、俺はノースマハの領主の館にいた。ルカの配慮で会議室の一室を司令本部にあててもらったのだ。
「失礼致します」
ドアがノックされ俺の副官に任命されたシンアンが入室してきた。
「ミナトさん、お客人が見えられました。なんでも火急の用件のようです。客間にてお待ちです」
「お客?分かった。すぐ行く」
急ぎ客間に行くと、そこには意外な人物がいた。
「あれ、ギースじゃないか。いったいどうしたんだ?」
客間にいたのはオーサム男爵の次男ギースだった。しかし、様子がおかしい。何があったのか顔が蒼白になっている。
「すまんミナト!大変な事が起きた!!」
「えっ?大変な事?」
「親父が……親父が王家側に寝返ったんだ!もうじきオーサム軍を連れてこの街を占拠しにくるぞ!」
「なんだって!?」




