17話 マリアとトビー
ギルド本部のグランドマスターであるマックスからSランクのカードを無事に受け取ることができた俺達。ギルド本部も王家に対し俺たちの側に与するという言質もとれて、アダムス伯に良い報告ができそうでほっとした俺だった。
「ミナト、これでお仕事は全部終わった?もう双子山に帰るの?」
「ああ、とりあえず大きな仕事は終わったけど、もう少しやることがあるんだ。コタロウ、例の人の居場所は分かった?」
コタロウはその問いに軽く頷き、
「御意。すでに判明しております。私がご案内致します」
リンは肩の上で誰に会いに行くのかと尋ねた。
「ん~。俺も会ったことはないんだけど、オスカーがお世話になった人たちらしいよ」
「あ、ああ!もしかしてオスカーが弟みたいに思ってたってよく話してくれた子のことかな?」
「へぇ、リン、よく覚えていたね!」
「だってね、オスカーその話をしてくれる時すごく嬉しそうだったもん!」
リンがにこにことオスカーの話をするのがほほえましい。
ただ、俺たちが会いに行くことで先方に迷惑がかかることだけは避けたい。なるたけ偶然を装えればいいんだけどなぁ。
そして俺たちはギルド本部から出たその足で、王都の下町に向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達が訪れたのは街の肉屋さん。店内に様々なお肉が陳列され売られている。下町の個人経営っぽい佇まいだけど、ちゃんと冷蔵設備もあるな。さすが王都だ。
カウンターには若い女の人が一人、店番をしていた。
「ミナト様、彼女が、例の対象者です」
そう一言告げると、コタロウはすーっと路地裏に消えていった。
「あの、すいません。この店で一番いいお肉を塊で欲しいんですが」
さりげなく肉を買いに来ました、と言う態を装って彼女に話しかける。
「……い」
「……え?」
声が小さくボソッとしか聞こえない。耳をすますとようやく「はい」と言っていることが分かった。この人がオスカーが言ってたマリアって人?顔はすごく可愛らしい。でも、顔色が良くないな。身体もやせ細ってなんとも弱々しい感じだ……。ま、まさか誰かから虐待をうけているとか!?
「だ、大丈夫ですか?」
と、俺が言いかけたその時、崩れ落ちるように床に倒れ込んでしまった。え、嘘だろう!?
「て、店員さん、店員さーん!?」
慌てて声をかける。その声を聞きつけたのか、店の奥から男の子が飛んできた。もしかすると……いや多分、この子がトビーだな。
「姉ちゃん大丈夫か!?だから言っただろ、まだ店に立つのは無理だって!」
「でも、これ以上、店長に迷惑は……」
「いいから、寝てなって!……ごめんなお客さん。マリア姉ちゃんは今、ちょっと調子が悪いんだ。寝かしたら俺が注文を聞くからさ!」
「そんなことはいい。まずはマリアさんを店の奥に運ぼう!いいねトビー!」
俺はマリアを抱き上げ、店の奥の部屋に移動する。
「うん!……って、なんでアンタ俺と姉ちゃんの名前を知ってるんだよ!?」
「詳しい話はあとだ!この部屋でいいか?トビー何か敷くもの持ってきて!」
「お、オッケー!待っててくれ!」
そして、店の奥でマリアを寝かせて落ち着いた後、改めてトビーと向き合った。
「ありがとうな兄ちゃん、助かったよ。姉ちゃん以前より大分良くなったんだけど、調子が悪くなる日もあってさ……」
「いいんだよ。それより実はさ、君に渡したいものがあってこの店にやって来たんだ。俺はミナト。オスカーからの手紙を君たちに預かって来たんだ」
そう俺が言った瞬間、トビーの顔色が変わった。
「オ、オスカー!?兄ちゃん今、オスカーって言ったか!?」
「そう。オスカーからの手紙を……」
そして、こちらもオスカーという名前を聞いた瞬間、横になっていたマリアがガバッと身体を起こした。
「オスカーさんの手紙!?オスカーさんは生きているんですか!?」
「あ、ああ。もちろん生きてるよ!お、落ち着いてマリアさん!」
さっきまでとは違う鬼気迫る表情で、とび起きると俺に迫るマリア。その迫力に思わず俺は気圧された。
「オスカーさんは元気なんですか!?どうかお願いします、教えて下さい!!」
「お、落ち着いて!とにかく、これがその手紙なんだ。読んでみてくれ」
あまりの勢いに面食らいながら手紙を取り出す。震える手で差し出した手紙を読み始めるマリア。読み進めるうち、その目から涙が溢れ出してくる。
「ああ……。オスカーさん、本当に生きていたんだ。よかった……オスカーさん」
手紙を胸に押し抱き泣き崩れるマリア。
「兄ちゃん、オスカー兄ちゃんが生きてるってホントか!?」
「そうさ。今は西セイルスにいる。元気にしているよ」
マリアが落ち着いたところで近況を伝える。どうも公式にはセリシアとオスカーは王国に対する叛逆罪で処刑された事になっていたようだった。(あの土ガニの大量発生は処刑とは無関係な事件として処理された模様)
「そっかあ!本当に生きていたんだな!へへっ!それならそうと、もっと早く知らせてくれればよかったのにさ!ああ、でも生きてるって言う訳にはいかないよなぁ……。そっかぁ。良かったなぁ、オスカー兄ちゃん……」
そう言って嬉しそうに鼻をすするトビー。
「今は西セイルスのバーグマン領で軍の指揮官をやっているよ。あ、二人に言っとくけどオスカーは罪なんて犯していない。あれは冤罪さ。誓って叛逆者なんかじゃなかったんだよ」
「分かってるって!あのオスカー兄ちゃんが悪いことなんかするはずないもんな!なぁ、マリア姉ちゃん!」
「うん……うん!」
泣きながらも嬉しそうに笑うトビーとマリア。
「あの!ミナトさん、これからすぐに手紙を書くのでオスカーさんに渡していただけますか!?」
「え、でも身体のほうは……?」
「大丈夫です!」
そう言うや急いで部屋を出ていくマリア。
「……マリア姉ちゃんは、オスカー兄ちゃんが捕まった日からずっとふさぎこんじまってさ。見ていられないくらいボロボロになっちゃったんだ。落ち込んで、食事も満足にとれなくって。せっかくオスカー兄ちゃんに病気を治してもらったってのに、また病気になっちまったって……。でも、でもこれからはきっと姉ちゃんもきっと快方にむかうよな……へへっ」
心底ほっとした、といったトビー。バーグマン領でのオスカーの話をしているとマリアが戻ってきた。
そして、俺に一通の手紙を差し出す。
「これをオスカーさんにお渡しください。……そして、マリアが喜んでいたとお伝え下さい。また会える日を楽しみにしていますと」
「分かりました。確かにオスカーに伝えます。きっとオスカーにまた会えますからね。それまでに体を労わって、元気なマリアさんになっていて下さい」
「……はい、はい!もちろんです!」
「俺も早く会いたい、って言っといてくれよな!」
最初にみた弱々しかったマリアの姿とは違い、塊肉を買って店を出る頃にはマリアの笑顔は生きる力と気力が戻っているように見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達は王都を出発し、ノースマハへの帰路へつく。
「ミナト、あの二人ものすごく喜んでいたね!お手紙渡せてよかった!」
「ああ、あの手紙はマリアの心にとって一番の特効薬だったみたいだな」
二人から、オスカーがいかに街の人達に頼りにされていたのか分かった。やっぱりどこにいても頼りになる男だよなぁ。それがちょっと誇らしい。
「やっと双子山に帰れるね。えへへ、エリス達待ってるだろうね~!あ、ラナの待ってるのはお土産かな?」
「ははは、今回は最初にいっぱい買い込んだし、きっと満足してくれるさ!」
全てが思い通りってわけじゃなかったけどなんとか頼まれた任務は全てこなせた。セインの件は残念だったけど、これで俺も胸を張ってバーグマン領に帰れるぜ。
そして俺たちは王都の東門から往路と同じように乗合馬車に乗り込み、ローザリアを後にした。車窓から見えるローザリアを囲む城壁が段々と小さくなっていく。
「楽しかったね、ミナト!今度はみんなで来ようね!」
往路のようにフードを被り子供に変装したリンが笑顔で話す。今回はコタロウとツバキも同行し、俺を挟むように座っている。この二人がいればどんな賊でも相手にならない。うむ、この安心感よ。
俺達を乗せた馬車は大きなトラブルもなく数日後、コネーハ山脈を越え、デンバーの街へとたどり着いた。ここで行きと同じくボーラの宿屋に泊まり、もう一度温泉の喜びをかみしめた。ああ、離れがたいぃぃぃ~!
そして、夜が明けた早朝。俺達は西に向かう朝一番の乗合馬車に乗る為に停留所にやって来ていた。
「ツバキ。今回は色々お世話になった。安心して旅ができたのは君達耳目衆の働きがあってこそだ。本当にありがとうな。」
「いえ、ミナト様を御守りするのが我らの役目。大した事はしておりません。それにとても素晴らしい旅でしたわ、主様」
ツバキはこれから新たな任務に就くため護衛はコタロウだけとなる。彼女とはここでお別れだ。
「それじゃ俺達は先に双子山に戻るよ。ツバキ、サクラ達が帰ったらお土産を渡しといてくれな」
「はい。あの二人も喜びますわ。それに私にまで……ご配慮感謝いたしますわ」
「ははは、ちょうどいい物があって良かったよ」
サクラとスミレはボーラの宿屋でも会えていなくて、まだ帰還していないみたいだった。任務が大変なんだろうか。二人が戻ったらツバキから王都で買ったお土産を渡してもらうつもりだ。
彼女達にはハンカチを買った。花の刺繍が入った可愛らしいデザインだ。ちょうど桜とすみれの花に近い物が売っていた。こっちの世界にも桜やスミレがあるのかも知れない。今度探してみようかな。
そしてツバキにも椿のデザインが彫り込まれたつげ櫛買った。これなら普段使いしてもらえるし任務にも荷物にならないと思ったからだ。
「主様。今回の旅、本当に楽しかったです。こんな幸せな思い出ができるなんて思わなかった。一生の宝物ですわ」
「うん、俺もだよ。本当にありがとな」
「リンもすごーく楽しかったよ!また一緒に旅をしようね、ツバキ!」
「ええ。主様の事、頼んだわよリン」
「うん、まかせて!」
リンの頭の上でブロスも身体を上下に揺すっている。ブロスも俺も、今回の王都への旅ではアーサーから手を出されることがなかった。不気味であるが、俺たち個人にかかずらっているより王の座を手中に収める方が先だと考えていたのかもしれない。やっぱりアーサーが騒動を起こすわけにはいかない戴冠式ギリギリで俺が動いた事は、そういった意味で絶好のタイミングだったと言えよう。うん。
「ミナト様、そろそろ出発の時刻です。参りましょう」
「分かった。それじゃツバキ、また双子山で会おうな」
「はい。道中お気をつけて」
「バイバーイ、ツバキ!」
笑顔で手を振るツバキに見送られ、俺達は乗合馬車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
乗合馬車を見送るツバキに、コタロウから念話が入る。
『ツバキ。ではあとは手はず通りに』
『ええ。私は再び王都に戻りますわ』
『ああ。今回の件で我らは王都でかなり暴れた。おそらく我らの拠点も知られたはず。これからアーサー側のシャドウ達が大挙して押し寄せてこよう。しかし、我らの数にも限りがある。それほど多くの配下を割くわけにもいかぬ』
『重々承知しております。王都は我らにお任せください。必ずや拠点を守り抜いてみせますわ』
『うむ。例の日までなんとしても絶対に護り抜かねばならぬ。あとは、引き続き例の流言を抜かりなく広めよ。頼むぞツバキ』
『ええ。必ずや吉報を届けてみせます』
そして、念話を切ったツバキ。その目には、主君ミナトの為、そして西セイルスの為に、命を掛けて任務を遂行する覚悟が宿っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日間、乗合馬車にゆられた俺達は無事、バーグマン領にたどり着いた。ノースマハに戻った俺達はまず、ルカのもとを訪れ、帰還の報告を済ませると、冒険者ギルドに足を運んだ。
「無事にSランクへ昇格できたみたいね。おめでとう、そしてよくやったわミナト君」
「まったくだ。お前はノースマハ、いや西セイルスで最強の冒険者だぜ、ミナト!」
「いや、そんな訳ないじゃないですか!?」
ノースマハの冒険者ギルドでは、クローイとルークが俺の帰りを待っていてくれたみたいだった。その二人に無事Sランクに昇格できた事を話すと、二人とも満面の笑みで祝福してくれた。
「ははは、しかし、グランドマスターから直々に、しかもサシでの対面とはなぁ。お前が評価されている証拠だ」
「いや、結構大変だったんですよ?王都に着いた早々から監視されて、一歩間違えば殺し合いになるところでしたよ」
「まぁ、実力を測りたいっていうのも分からなくもない。SランクってのはAランク以上の強さはもちろんだが世間に認められるような大きな実績を残した者にしか与えられないからな。そうそう出るもんじゃないからこそ、それに見合った実力が本当にあるのか確かめかったんだろう」
「ははは、そう持ちあげられるとこそばゆいんですけどね……。ところで、やっぱり凄い人だったんですかギルドマスターのマックスさんて?」
「もちろんだ。その昔……俺がまだ駆け出し冒険者だった頃、「鋼の翼」と「白き稲妻」はセイルスを代表する冒険者パーティの双璧だったからな。ハロルドとマックス、どちらが強いかよく話題にのぼったもんだ。いや、懐かしい思い出話だぜ」
「ほぇ〜、そんな人だったんですね」
「そうだ。あの魔物の大量発生以来、ずっとグランドマスターの座にいるからな。まさに文武に優れた非常に有能な人物だ」
ルークの話にクローイが頷く。
「ただそれは不幸でもあるのよ。彼が有能過ぎるあまり、後継がなかなか育たなかったの。結果、ずっとグランドマスターの座から降りることなく今日まできてしまった。まぁ、そのおかげでセイルス王国の冒険者ギルドは他所の国に比べて、比較的安定した運営ができてきたのだけれどね」
「はぁ〜、そういう事情があったんですねぇ。でも歳は重ねてましたけど、今でもかなりの実力がありそうでしたよ。マックスさんは」
「そりゃあ、あの英雄ハロルドと肩を並べる程の猛者だったからな。今でも剣技なら俺でも太刀打ちできるか分らんしな」
「そんなにですか……。凄腕だったんですね。敵に回さないでよかった」
「そうだぜ。今回の件で本部が西セイルス側につくという立ち位置を決断させたのはなによりデカい。お手柄だぜ、ミナト!」
「あの、それでですね。その時にチラッと話がでたんですが、ルークさんのギルドマスター変更の申請は出されていない、とマックスさんがおっしゃってましてね……」
その瞬間、ルークの顔色がサッと変わった。
「……は?お、おい、クローイ。お前、まさか申請を出していないんじゃないだろう……な?」
恐る恐る尋ねるルーク。その顔にはあきらかに焦りの表情が浮かんでいる。
「ええ。今までの決裁書類は全て「マスター代理」として出させて頂いています」
「おおい!?それじゃ、今まで俺がずっと業務をサボってた扱いになるだろうが!?なんで申請しなかったんだ!?」
クローイがすまし顔で淡々と報告をするのと対照的にみるみる青ざめていくルーク。
「あら、あの騒動の時にしっかり言いましたよね?「私はあくまでもマスター代理です。これが解決したらマスターに復帰してもらいますから」って」
「な、な……んだと?」
「私はあくまでもあの騒動の時、限定の臨時マスターですから。それにそもそもマスター交代にはあなたの直筆書類が必要です。申請をだすのは私ではなくルーク。あなたの役割ですよ」
にっこり微笑むクローイ。そして、二の句が継げないルーク。
「ねぇ、ミナトなんだか怪しい空気になってきたよ」
「そうだな。巻き添えにならないうちに退散しよう」
嵐の予感渦巻く二人を置き去りに被害が及ばないうちにさっさと退散する。
そして、双子山への帰路、竜神川に架かる橋を渡っていると向こうから見知った顔が歩いてきた。




